「先制攻撃しか道はない!」
宇宙空母クリシュナのブリッジ。ホロディスプレイが青白く揺れる中、私はフランツさんに力強く進言した。
「惑星アーバレストの正規軍に、今すぐ奇襲を仕掛けるべきです!」
さんフランツの顔が、ディスプレイの光に照らされて曇った。
「カーヴ殿、話は脱出ではなかったのか?」
その声には、疲弊と迷いが滲んでいた。
「逃げるにも緻密な戦略が必要です。敵に打撃を与え、こちらの退路を確保する。それが最優先なのです! ご許可を!」
私はホロコンソールを叩き、戦術シミュレーションのデータを呼び出した。
「……むう」
フランツさんは渋い表情で沈黙した。
人類共通の脅威「マーダ」を前に、同胞同士の争いを避けたかったのだろう。
だが、そのとき、セーラさんが突然、鋭い声を張り上げた。
「カーヴ、攻撃を開始しなさい!」
「了解!」
かくして、クリシュナの後部甲板から戦闘用艦載機が次々と射出された。
地球連合が誇る「銀翼の悪魔」、量子推進の重戦闘機が、アーバレストの赤茶けた大気圏に飛び立ったのであった。
☆★☆★☆
「こちらリーダー機、全機、攻撃モードに移行!」
『了解!』
今回の作戦に参加したのは、私、ブルー、ポコリンの三人――正確には、三機の量子推進式の亜光速戦闘機「サンダーボルト」。
全長18メートルの流線型機体は、ナノマシンで構成された外装と、量子位相エンジンを搭載する地球連合軍の最新鋭機だ。
「全機、散開!」
第一攻撃目標は、アーバレストの軍事中枢施設。
昨日まで同盟を結んでいた戦友であり、未来の同志であったはずの場所だ。
だからこそ、フランツはこの作戦に難色を示した。
確かに、「マーダ」という人類の敵を前に、内輪揉めは愚策かもしれない。
だが、私はライス家の軍師であり契約傭兵だ。人類全体の正義を背負う存在ではないのだ。
その時も、戦術AIである副脳のニューラルネットワークは、氷のように冷徹に計算を重ねていた。
【システム通知】……地下司令部施設、探知完了。前方2キロ、深度50メートル。
「了解!」
即座に、ナノ分解バンカーバスターを選択。
機を急降下させ、分子崩壊弾を連続投下した。
砂漠の地表に、量子爆発のクレーターが次々と開いたのだった。
亜光速戦闘機「サンダーボルト」は、空母搭載型ながら驚異的な性能を誇る。
量子位相エンジンは光速に迫る加速を可能とし、電磁防壁は小型レーザー位なら無効化する。
主武装は、20ミリ重粒子ガトリングビーム砲。
戦車の装甲を紙の如くに貫く高エネルギー粒子弾を、毎秒6発射出する死の使者だ。
さらに、両翼の兵器格納ベイには、約10トンの対地高性能弾が搭載されていた。
その高性能弾は、アーバレストの施設を炎の地獄に変え、黒煙の柱は上空に突き上がっていた。
【システム通知】……赤外線誘導対空ミサイル、検知。
副脳の警告と同時に、機体を急旋回。機を大きく捻り対空ミサイルからの回避を試みる。
その行為で天地上下が激しく何度も入れ替わった。
更には、ねじれる様な旋回Gにより背骨が軋み、眼前が真っ赤なスクリーンと化す。
その瞬間もナノセンサーが、敵の動向をリアルタイムで解析していた。
敵もこちらの奇襲に驚き、慌てて反撃に出たようだ。
……だが、反応は散発的。
明らかに、こちらの先制攻撃を予測できていなかった。
「ブルー、飛行場を叩け! ポコリン、戦車と地上部隊を殲滅しろ!」
『了解!』
『ポコ!』
二人に指令を飛ばし、私は主目標――アーバレストの宇宙港へ向かった。
この港を破壊しなければ、宇宙空間に逃れても追手が来る。
整備に費やしたリソースを思えば惜しいが、やむを得ない。
――ズドドドド!
ビームガトリングが唸り、重粒子弾が港の防御施設を貫く。
奇襲の効果もあり、ナノ複合装甲の対空タレットが紙のように砕け散っていった。
対空施設を破壊後、港湾施設に量子化分解弾をばら撒く。
爆発の衝撃波が同心円状に広がり、連鎖反応で施設を次々に消滅させる。
停泊中の宇宙船団も誘爆し、壊滅的な打撃を与えたのであった。
……これで、追跡はしばらく不可能だろう。
燃え盛る宇宙港には、逃げ惑う人影がホロセンサー越しに見えた。
私は作戦の成功に満足しつつも、自身の冷酷さに一抹の疑問がよぎった。
フランツさんの理想――人類の団結――こそ正しかったのではないか……。
「全機、応答せよ!」
応える二機の無事を確認し、上空で合流。
A-22基地への帰還を開始した。
背後には、アーバレストの軍事施設が煌々と赤く燃え盛っていたのであった。
☆★☆★☆
「ご領主様、急ぎ脱出を!」
「わかったわ!」
A-22基地に帰還するや否や、私はセーラさんをクリシュナのブリッジへエスコート。
お付きの侍女たちにも急いで搭乗を促した。
「……お嬢様を頼む、カーヴ殿!」
「お任せください!」
フランツさんと留守部隊が見守る中、クリシュナは対消滅エンジンの重低音を響かせ離陸。
A-22基地の秘密簡易ポートを後にしたのであった。
基地にはレイを防衛指揮官として残し、フランツさんを護衛させる。
トムには民間コロニーに潜伏し、暗号化通信で諜報活動を続けるよう指示した。
アーバレスト正規軍と反乱軍には壊滅的打撃を与えたはずだ。
シミュレーションでは、体勢を立て直した反乱軍から、3か月以上の防衛が容易に可能だった。
その間に政権奪還か総撤退かを決定する。
今回の作戦の主目的は、クーデター勢力が狙うセーラの身柄の安全確保だけであった。
「惑星アーバレストからの対空攻撃、なし!」
「了解!」
先の攻撃の成果により、クリシュナは無事に大気圏を突破。
衛星軌道を通過し、惑星アーバレストの重力圏を無事に脱出したのだった。