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第44話……アリジゴクと缶詰

「何しに来たかと問われれば、我が主は共に戦う盟友を求めている! 貴殿らは我が主の味方となってくれぬか?」


 私の大きな声は、砂塵にまみれた集落の広場に響いた。

 目の前には、風化したローブをまとった族長の老人が、鋭い眼差しで私を見据えている。


「味方、だと?」


 族長の声は低く、疑念に満ちていた。


「然り!」


 私は力強く頷き、ライス家の置かれた状況を簡潔に説明した。

 マーダ星人との生存戦争、孤立無援になるかもしれないライス家、そして新たな協力者の必要性。

 言葉を尽くし、一人でも多くの賛同者を得たいと訴えたのだ。


 族長は背後の長老たちとひそひそと話し合った後、ゆっくりとこちらを向いた。その眼には、試すような光が宿っていた。


「我々の盟友となる者は、強靭でなければならない。その力を証明できるか、若者よ?」


「望むところだ!」


 私は即座に答えた。

 ……しまった。つい勢いで口にしてしまった。


 だが、面倒な交渉を重ねるより、力で示す方が性に合っている。覚悟を決めた瞬間だった。


 族長は古びた羊皮紙を取り出し、広げてみせた。

 そこには、巨大な昆虫――アリジゴクの姿が描かれていた。広大な砂の巣に潜むその怪物は、ラクダや人間を飲み込むほどの凶悪な存在らしい。

 絵図からは、そいつの禍々しい顎と、砂漠を呑み込むような巣のスケールが伝わってくる。


「我が見届けよう!」


 族長の脇に立つ屈強な若者が名乗りを上げた。筋骨隆々のその男は、族長からの目付け役だろう。私の戦果を確かめるために同行するという。


「では、こちらへ!」


 私は若者を手招きし、愛機【サンダーボルト】の後部銃座に案内した。この機体は元々二人乗り用に設計されており、また一人であっも、戦術コンピュータと連動した副脳が、精密な戦闘を可能にしてくれる。



「行くぞ!」


 私は操縦桿を握り、エンジンを始動させた。濃い砂塵が舞い上がる中、蒼く澄んだ空へと機体が飛び立つ。


 後部座席の若者は、初めての飛行に戸惑いながらも、目を輝かせていた。


【システム通知】……目標探知開始


 【サンダーボルト】の戦術コンピュータが、赤外線センサーと生体リンクした私の副脳を通じて、目標の探索を開始した。

 約2時間後、広大な砂漠の只中で、怪物の存在を示す熱源を捉えた。


「な、なんだこれは……!」


 機体を低空飛行に移し、目標に接近した私は絶句した。眼下には、直径40キロにも及ぶ巨大なすり鉢状の巣。

 その中心で、数百メートルはあろうかという芋虫型の生物が、巨大アリジゴクに襲われていた。


 アリジゴクの顎は、それだけで500メートル近い大きさだ。砂を巻き上げるその姿は、まるで地獄の化身のようだった。


「くらえ!」


 私は機体を急降下させ、高性能爆弾を投下。爆炎が巣の周囲を包み、砂塵が空を覆った。

 さらに、操縦桿のカバーを跳ね上げ、ビームライフルのトリガーを引く。

 光弾が次々とアリジゴクの硬質な表皮に着弾し、赤黒い体液が飛び散った。

 だが、楽観は禁物だった。


「ちっ!」


 アリジゴクは瞬時に砂の中へ潜り、姿を消した。センサーの予測では、その潜行深度は100メートル以上。

 【サンダーボルト】の火力では、地中に隠れた怪物の完全な破壊は難しい。


「何をやってる! さっさと倒せ!」


 後部座席の若者が叫ぶ。私の焦りを察した彼は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


 その瞬間――。

 空を裂く十数条のエネルギー光線が、巣の中心へ殺到した。


 莫大な砂塵が巻き上がり、アリジゴクの巣を瞬時に破壊。剥き出しになった怪物の巨体が、陽光の下で蠢いていた。


「今だ!」


 私はビームライフルを連射し、ハードポイントに残る対艦ミサイルを全弾叩き込んだ。

 アリジゴクの断末魔の咆哮が砂漠に響き渡り、ついにその動きが止まった。


「お、お前……天空の神の力を操るのか!?」


 若者は震える声で叫んだ。おそらく、上空からのエネルギー光線を指しているのだろう。


 ……すまない、実は【サンダーボルト】の火力では足りず、密かに母艦クリシュナに援護射撃を要請していたのだ。


 だが、この若者に正直に話せば面倒なことになりそうなので、黙っておくことにしたのだった。



「間違いない。この者はただ者ではない!」


 若者は族長に報告した。巨大アリジゴクの討伐と、謎の光線の一件を、興奮気味に語り尽くす。

 証拠として持ち帰った表皮の破片も、族長の信頼を固める決め手となった。


「勇者よ、試すような真似をして詫びる! どうか許してほしい!」


 族長は頭を下げ、集落の民も一斉にひれ伏した。


「いや、お気になさるな。それより、わが主に会って頂けるか?」


 私は穏やかに返した。


「無論だ!」


族長は目を輝かせ、快諾した。



 翌日、母艦クリシュナの貴賓室で、セーラ殿と族長の会談が行われた。双方の繁栄を約束する友好条約と軍事同盟が締結され、この砂漠の惑星は正式に「サンドマン」と名付けられた。


 サンドマンの軍事力は微々たるものだが、ライス家にとって新たな同盟勢力の誕生は、外交上の大きな一歩だったのだ。



 「セーラ殿、これは絶品ですな!」


 族長が目を丸くして叫んだ。


「でしょ? この缶詰もイケますわよ!」


 セーラさんは族長に笑顔で答える。

 盛大な晩餐を予定していたが、物資不足のため、クリシュナに積載されていた地球製の缶詰でのパーティーとなった。

 軍用高級糧食とはいえ、この世界では珍しい風味に、皆が舌鼓を打った。


「勇者殿、この魚をもう一缶頼む!」


族長が豪快に笑う。


「了解! ブルー、鯖カレー缶を追加だ!」


 私は料理長に指示を飛ばした。

 クリシュナの物資庫には、こうした缶詰が山のように積まれていた。それぞれの味が、サンドマンの民が新たな世界の扉を開いた瞬間だった。

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