「宇宙空母クリシュナ、発進!」
『了解! 機関、第二宇宙速度へ加速!』
クリシュナは、マーダの不可視ミサイルへの対抗策もないまま、整備を終えて惑星アルファの軌道ドックを離れた。
星系間を二度のワープで駆け抜け、ユーストフ星系の外縁へと舞い戻ったのだ。
「こちらクリシュナ、A-22基地、応答願う!」
『A-22基地、応答。どうぞ、クリシュナ!』
通信モニター越しに、A-22基地の活気ある喧騒が響いてくる。士気は高く、戦意が衰えた様子は微塵もないようであった。
「補給物資の搬送を予定通り遂行する!」
モニターに映るのは、基地副指令のトムだ。無骨な顔に笑みを浮かべ、軽快に応答する。
『了解! ご帰還を心待ちにしてますぜ、司令!』
クリシュナは速度を上げ、惑星アーバレストを目指し、第三宇宙速度を維持して航行を続けた。
惑星アーバレストの重力圏内では、マーダの艦艇が100隻以上も展開し、対する人類解放同盟軍の艦隊はわずかにそれを上回る規模で対峙していた。
両軍は長期間の睨み合いに備え、恒星ユーストフの電磁波を利用したエネルギー補給のため、惑星の昼側に陣取っていたのだ。
艦内プラントでは、簡易的な植物栽培によりビタミン類の補給も行われている。
クリシュナは、夜側の衛星軌道を利用し、敵の警戒網の隙を突いて接近。
マーダの主力艦との交戦を避け、同盟軍との連携が取れない中、単艦で慎重に進んだ。
夜側の軌道上は、敵の偵察艦と駆逐艦が数隻展開するのみで、警戒は比較的薄いようだった。
「よし、惑星降下の準備! 耐熱シャッターを閉じろ!」
『了解!』
「対電磁波ステルス航行、開始!」
『赤外線吸収システム、起動!』
戦術コンピューターとの緊迫したやり取りの中、クリシュナは隠密行動に移る。
艦体外殻には岩盤を隙間なく貼り付け、まるで隕石の如き様相で大気圏に突入。視覚的には自然落下物と見分けがつかない。
『高度2万メートル、逆噴射ブースターを起動しますか?』
「まだだ。5000メートルまで耐えろ!」
『了解!』
濃密な大気圏に突入する頃、隠蔽用の岩盤は摩擦熱で焼き尽くされ、クリシュナの銀色の艦体が赤く輝いていた。
『現在、A-22基地上空。高度1500メートル!』
「逆噴射ブースター、出力最大! 重力制御装置、稼働!」
『了解!』
赤熱する艦体を震わせ、クリシュナはA-22基地近隣の海面に突入。巨大な水しぶきと波紋を広げ、一度は海中に没した後、補助動力で浮上し、基地の岸壁に無事着岸した。
「敵影は!?」
「敵影なし!」
索敵担当のコンポジットからの報告に、私は安堵の笑みを浮かべた。
突入作戦は見事に成功したのだった。
「よし、積み荷を降ろせ!」
「了解!」
クリシュナの船倉は、A-22地区への補給物資で満載だった。新設された居住コロニーの需要も考慮し、燃料タンクや格納庫にまで物資を詰め込んでいた。
「急げ!」
マーダの脅威を念頭に、夜の間に積み荷を降ろすべく、基地職員と船員が一丸となって作業に当たった。
「司令、久しぶりですな!」
出迎えたのは、レイとトム。現在の基地司令役を務める二人だ。
「基地の防衛、頼んだぞ!」
「物資さえ届けてくれるなら、いつまでだって守り抜きますよ!」
トムの皺だらけの顔が、にこやかにほころぶ。
A-22地区は、かつての荒廃した砂漠とは異なり、見張り台や砲台、そして塹壕と鉄条網で固められた要塞と化していた。
それはレイとトムの尽力の証だった。
「……で、司令。帰りはどんな算段で?」
「……ああ、それなんだが、全く考えてない!」
レイの懸念はもっともだった。惑星への降下は自由落下と隕石偽装で可能だったが、宇宙空間への離脱は重力に逆らう強大な推力を必要とする。
隕石偽装など論外だった。
離陸すれば、即座にマーダの索敵網に捕捉されるだろう。敵は少数とはいえ、あの謎のミサイルへの対抗策は依然として皆無だったのだ。
まさに「行きは良いが、帰りは地獄」だ。
「…まぁ、何とかなるさ!」
「なるんですかね?」
不安げなレイの肩を叩き、私は懐かしいA-22基地の面々と再会を祝った。
仲間との再会を喜びつつ、束の間の休息を味わった。
――翌朝。
「機関、始動!」
『エンジン出力、大気圏脱出モードへ移行!』
積み荷を降ろし軽量化したクリシュナは、けたたましい轟音とともにエンジンを唸らせ、岸壁から外海へ進む。
短い時間で出力を最大化させ、一気に大気圏を脱出する算段だったのだ。
「敵影確認! 偵察機だ!」
「!?」
……だが、離水の瞬間、マーダの航空機に捕捉されてしまった。
基地からの対空砲で敵機は撃墜したが、既に連絡は行われたと考えるべきだ。
「クリシュナ、発進!」
惑星アーバレストからの単艦での決死の脱出が、こうして始まった――。