「敵影確認! 小型艦2隻、接近中!」
「戦闘配備! 全砲塔、砲撃戦用意!」
宇宙空母クリシュナは、惑星アーバレストの大気圏を抜けた瞬間、敵艦の追跡に遭遇した。
暗黒の宇宙に浮かぶ敵の船影は、鋭い刃のようなシルエットの小型駆逐艦だった。
「主砲、斉射!」
「了解!」
クリシュナの主砲塔が唸りを上げ、青白いエネルギー光条が虚空を切り裂く。
瞬く間に敵艦2隻は炎と破片の奔流に飲み込まれ、宇宙の闇に消えた。
……だが、敵の追跡はこれで終わりではなかった。
「新たな敵影、確認! 中型巡洋艦1隻、反対方向に小型駆逐艦3隻!」
「敵砲撃、来ます!」
「応戦しろ!」
クリシュナは左右から迫る敵艦に挟撃された。彼我の空間はプラズマの閃光と爆発の轟音で埋め尽くされ、数十秒の間に戦場は混沌の坩堝と化した。
「敵艦、ミサイル発射!」
例のミサイルがクリシュナに迫る。その軌跡はセンサー上に明滅し、不気味なまでに不規則だった。
「対空レーザー、迎撃開始!」
「左舷対空砲、準備完了!」
だが、次の瞬間――ミサイルの反応が消えた。センサーにも、私の副脳にもその痕跡はなく、ただ空間に虚無が広がるばかりだった。
「何!?」
直後、轟音と共に艦体が揺れた。
「左舷被弾! ミサイルです!」
衝突部をモニターで確認すると、ミサイルは爆発せず、装甲に食い込むように蠢いていた。
その姿はまるで有機的な生命体のようにうねり、クリシュナの装甲を侵食するかのようだった。
「敵ミサイル、装甲と同化しています!」
「外殻装甲、即時分離! 放棄しろ!」
指令を下すと同時に、装甲ブロックが分離。次の瞬間、切り離されたブロックとミサイルが融合し、眩い爆発を起こした。
「何だ、あの兵器は……!?」
敵のミサイルは単なる爆薬ではなかった。何らかの方法で姿を消し、迎撃を回避するだけでなく、装甲と物理的に融合し、侵食する未知の技術だった。
これが数に勝る戦力を持つ人類側が、各地で苦戦を強いられる理由だったのだ。
「敵ミサイル、さらなる接近!」
「構うな! 敵艦を優先しろ! 被弾ブロックは即分離、ダメージを最小限に抑えろ!」
クリシュナは全火力を敵艦に集中。消えるミサイルへの迎撃を諦め、回避行動に全力を注いだ。
艦体は右へ左へと急旋回し、凄まじい重力加速度が私の体をシートに押し付けた。
ミサイルが刺さるたび、装甲区画を切り離し、薄皮を剥ぐように艦の外殻を捨てていった。
それでも、クリシュナの多層装甲は健在だった。重要な中枢区画を守りつつ、敵の猛攻を凌ぎ、時間を稼ぐことに成功した。
「主砲命中! 敵駆逐艦3隻、爆沈!」
「巡洋艦も大破、炎上!」
「よし、全速離脱だ!」
「機関全速、第三宇宙速度突破!」
クリシュナは惑星アーバレストの重力圏を振り切り、ユーストフ星系外縁へと脱出した。
虚空に響くエンジンの咆哮が、辛くも生き延びた我々の執念を物語っていた。
☆★☆★☆
「旦那、不発弾がありますぜ!」
「何だと!?」
ユーストフ星系を脱出し、ワープ準備のために艦の点検を進めていた矢先、ブルーの報告が私の副脳に届いた。
船外活動用の宇宙服を纏い、現場に急行すると、そこには装甲にめり込んだまま停止した例のミサイルがあったのだ。
「全員、退避しろ!」
汎用ロボットのコンポジットたちを遠ざけ、私はミサイルの制御系に接続を試みた。
右腕から生体伝導コネクタを伸ばし、慎重に弾頭に突き刺す。
爆発の危険が脳裏をよぎり、背筋に冷や汗が流れた。
――20分後。
【システム通知】……ハッキング成功。
副脳がミサイルの制御を掌握したことを告げる。どうやら、危機を回避できたらしい。
「ブルー、ミサイルは停止した。分解をを頼む!」
「了解しました!」
ミサイルはブルーの手で解体され、クリシュナの戦術コンピューターによる解析に回された。
氷の大地へクリシュナは満身創痍の状態で惑星アルファへ向かった。
あれから二回ほど敵と遭遇し交戦。そのため装甲のほとんどを失い、艦体は剥き出しの骨組みのようだった。
修理が可能な唯一の場所は、惑星アルファに眠る古代の宇宙船、アルファ号だけだったのだ。
☆★☆★☆
「着陸開始!」
「了解!」
極寒の風が吹きすさぶ氷の大地に、アルファ号は静かに佇んでいた。
太古の文明の遺産とも呼ぶべき巨大な船体は、長い眠りについたかのように機能を停止していたのだ。
クリシュナは無事に着陸を果たし、氷の大地にその巨体を横たえた。
「邪魔するぜ」
「いらっしゃいませ!」
私はアルファ号の一角にあるウーサの店を訪れた。古びたカウンター、錆びた椅子、点滅する照明――この店には不思議な魅力があった。
「ウイスキー、ロックで。煙草も頼む」
「はい、かしこまりました」
紫煙が漂い、アルコールの香りが意識をぼんやりとさせる。この感覚に身を委ねるのが、最近の私のささやかな贅沢だった。
『旦那、解析が終わりましたよ!』
ブルーの声が通信越しに響く。私は明け方まで飲み続け、ろれつが回らなくなっていた。
「うぅ……、何の話だっけ?」
それでも、ミサイルの解析は一定の成果を上げていた。あとはこの未知の兵器への対応策をどう構築するか――それが次の課題だった。