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第1節・幕間 まどろみの庭に、風が吹く

「……ふわぁ。昨夜、資料を見すぎたかなぁ」


ベンチの背にもたれ、軽く背筋を伸ばす。

木々の葉がこすれ合い、朝の風がほのかに涼しさを運んでくる。

中庭の空には淡く雲が流れ、穏やかな陽射しが石畳を優しく照らしていた。


エリーナが、湯気の立つ軽食や食器を丁寧に卓へ並べている。

まだ少し眠たげな顔をしていたが、準備を終えると、ぱっとこちらを振り向いて、満面の笑顔を浮かべた。


「アグニス様、朝だよ! ほらほら、元気出してっ!」


(元気なのは君の方だよ……)


しっぽをぶんぶんと振りながら、勢いよく飛びついてくる。

そのあまりの勢いに、思わず笑みがこぼれた。


「おはよう、姫君たち。まぶしい朝に、まぶしい姫たち──おっと、誰かさんの視線が痛いので退散、退散!」


レオンが、植え込みの向こうから陽気に声をかけてくる。


「レオン、うるさい。……紅茶、持ってきた」


入れ替わるようにエリザが現れ、五人分の湯呑みを盆に載せて静かに卓へ置いた。

いつもの飄々とした笑み。どうせまた「たまたま通りかかっただけ」なのだろう。


皆の顔を見渡しながら、ふと空を見上げる。


中庭の向こう、屋敷の屋根の先に、翼竜の影がゆるやかに滑るように近づいていた。

風にたなびく綺麗な金色の長い髪と翼竜の姿で、遠目でもすぐに分かる。

後ろに大きめのバスケットが積まれているのが見えた──きっと、お茶会用の食事を用意してくれたのだろう。


吹き込む風が緑の葉を揺らし、朝露を帯びた草の香りがかすかに漂っていた。


レオンがエリーナのしっぽをつつき、エリーナが「やめてっ」とむくれる。

その隣でエリザが、涼しい顔で紅茶を口に運ぶ。


エリーナの顔を見つめていると、ふと一つ思い出した。

そういえば、この前エリオットが帰ってきたらしいけど、どうだった? 元気そうだった?


私には弟がいて、名をエリオットという。帝都ルミナスの学生で、最近は顔を合わせていないので、少し気になっていた。


「お菓子……くれました!」


俯き加減で体を少し揺らしながら、にっこりと可愛い笑顔で、そう返事してくれた。


弟もエリオットも人見知りなところがあるが、

お互いの距離感は心地よさそうで、何よりだ。


昔はこの庭で、兄弟、家族、そして仲間といつも過ごしてたな。


変わらない、いつもの朝。


少し騒がしくて、少し温かくて。

そして、どこか風が気持ちいい。


静かに、ゆっくりと流れていく日常。


けれど──

それぞれの時間は、それぞれに、確かに進んでいる。


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