「……ふわぁ。昨夜、資料を見すぎたかなぁ」
ベンチの背にもたれ、軽く背筋を伸ばす。
木々の葉がこすれ合い、朝の風がほのかに涼しさを運んでくる。
中庭の空には淡く雲が流れ、穏やかな陽射しが石畳を優しく照らしていた。
エリーナが、湯気の立つ軽食や食器を丁寧に卓へ並べている。
まだ少し眠たげな顔をしていたが、準備を終えると、ぱっとこちらを振り向いて、満面の笑顔を浮かべた。
「アグニス様、朝だよ! ほらほら、元気出してっ!」
(元気なのは君の方だよ……)
しっぽをぶんぶんと振りながら、勢いよく飛びついてくる。
そのあまりの勢いに、思わず笑みがこぼれた。
「おはよう、姫君たち。まぶしい朝に、まぶしい姫たち──おっと、誰かさんの視線が痛いので退散、退散!」
レオンが、植え込みの向こうから陽気に声をかけてくる。
「レオン、うるさい。……紅茶、持ってきた」
入れ替わるようにエリザが現れ、五人分の湯呑みを盆に載せて静かに卓へ置いた。
いつもの飄々とした笑み。どうせまた「たまたま通りかかっただけ」なのだろう。
皆の顔を見渡しながら、ふと空を見上げる。
中庭の向こう、屋敷の屋根の先に、翼竜の影がゆるやかに滑るように近づいていた。
風にたなびく綺麗な金色の長い髪と翼竜の姿で、遠目でもすぐに分かる。
後ろに大きめのバスケットが積まれているのが見えた──きっと、お茶会用の食事を用意してくれたのだろう。
吹き込む風が緑の葉を揺らし、朝露を帯びた草の香りがかすかに漂っていた。
レオンがエリーナのしっぽをつつき、エリーナが「やめてっ」とむくれる。
その隣でエリザが、涼しい顔で紅茶を口に運ぶ。
エリーナの顔を見つめていると、ふと一つ思い出した。
そういえば、この前エリオットが帰ってきたらしいけど、どうだった? 元気そうだった?
私には弟がいて、名をエリオットという。帝都ルミナスの学生で、最近は顔を合わせていないので、少し気になっていた。
「お菓子……くれました!」
俯き加減で体を少し揺らしながら、にっこりと可愛い笑顔で、そう返事してくれた。
弟もエリオットも人見知りなところがあるが、
お互いの距離感は心地よさそうで、何よりだ。
昔はこの庭で、兄弟、家族、そして仲間といつも過ごしてたな。
変わらない、いつもの朝。
少し騒がしくて、少し温かくて。
そして、どこか風が気持ちいい。
静かに、ゆっくりと流れていく日常。
けれど──
それぞれの時間は、それぞれに、確かに進んでいる。