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第6話「好きなんかじゃない、たぶん」

 聖斗は、かなのいない部屋で、ずっと天井を見つめていた。

 静まり返ったワンルームに、時計の秒針がやけに響く。




「……やばいな」




 小さく呟いて、額を押さえる。

 ひとつの確信が、彼の心の奥で形になりかけていた。




 ──俺は、高木かなに、情が移ってる。




 最悪だった。

 彼女は“セフレ”。それ以上でも、それ以下でもなかった。

 お互い、深入りしない関係だったはずなのに。

 あのプリンひとつで、あの小さな笑顔ひとつで、全部が崩れてしまいそうだった。




(やめたほうがいい。こんな関係、もう潮時だ)




 だけど、思考のブレーキがかからない。

 頭の中には、バスタオル姿でプリンを差し出す、かなのあの笑顔だけが、何度もリピートしていた。





 一方その頃——かなは家に帰る途中、コンビニの袋をぶらさげたまま、歩道橋の上で立ち止まっていた。


 夜の風が冷たい。






 体はあったかいのに、心はどうしようもなく寒かった。

 翌日。

 聖斗はかなを部屋に呼んだ。


 でも、何を話すか決まっていなかった。

 「もう終わりにしよう」と言うつもりでいたのに、顔を見た瞬間、喉がつまった。




「おじゃましまーす……」


 いつもより少し明るめのトーン。

 でも、その笑顔の奥には、何かを探るような目があった。




「なあ、かな」


「うん?」


「俺ら……このままじゃダメだと思う」




 一瞬、時間が止まった。


 かなは小さく瞬きをして、何かを飲み込むように微笑んだ。


「……そうだね」




 あっさりとした反応に、逆に聖斗が戸惑った。

 でも、そのあと彼女が放った言葉が、心を刺した。




「でもね。終わったからって、わたしの寂しさは消えないよ」




 その声が、震えていた。

 笑っていたけど、涙ぐみそうな笑顔だった。




「聖斗のこと、好きとかじゃない。……たぶん。でもね、あなたのやさしさに触れるたびに、“わたしも人間なんだ”って思えたの」




 そんなの、ずるい。

 そう思った。


 このまま突き放すこともできる。

 でも、目の前にいる彼女を拒絶したら、自分の心も何か大切なものを失ってしまう気がした。




「……プリン、ある?」


「うん。買ってきた。カラメル濃いやつ」




 そう言って、また微笑む彼女に、聖斗は深く息をついた。




「じゃあさ、とりあえず……もうちょいだけ、この関係、考えさせてくれない?」




 彼女はこくりとうなずいた。

 その目は、ほんの少しだけ、涙でにじんでいた。




 そして——二人は黙って、プリンを食べた。

 甘くて、苦くて、泣きたくなる味だった。

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