聖斗は、かなのいない部屋で、ずっと天井を見つめていた。
静まり返ったワンルームに、時計の秒針がやけに響く。
「……やばいな」
小さく呟いて、額を押さえる。
ひとつの確信が、彼の心の奥で形になりかけていた。
──俺は、高木かなに、情が移ってる。
最悪だった。
彼女は“セフレ”。それ以上でも、それ以下でもなかった。
お互い、深入りしない関係だったはずなのに。
あのプリンひとつで、あの小さな笑顔ひとつで、全部が崩れてしまいそうだった。
(やめたほうがいい。こんな関係、もう潮時だ)
だけど、思考のブレーキがかからない。
頭の中には、バスタオル姿でプリンを差し出す、かなのあの笑顔だけが、何度もリピートしていた。
一方その頃——かなは家に帰る途中、コンビニの袋をぶらさげたまま、歩道橋の上で立ち止まっていた。
夜の風が冷たい。
体はあったかいのに、心はどうしようもなく寒かった。
翌日。
聖斗はかなを部屋に呼んだ。
でも、何を話すか決まっていなかった。
「もう終わりにしよう」と言うつもりでいたのに、顔を見た瞬間、喉がつまった。
「おじゃましまーす……」
いつもより少し明るめのトーン。
でも、その笑顔の奥には、何かを探るような目があった。
「なあ、かな」
「うん?」
「俺ら……このままじゃダメだと思う」
一瞬、時間が止まった。
かなは小さく瞬きをして、何かを飲み込むように微笑んだ。
「……そうだね」
あっさりとした反応に、逆に聖斗が戸惑った。
でも、そのあと彼女が放った言葉が、心を刺した。
「でもね。終わったからって、わたしの寂しさは消えないよ」
その声が、震えていた。
笑っていたけど、涙ぐみそうな笑顔だった。
「聖斗のこと、好きとかじゃない。……たぶん。でもね、あなたのやさしさに触れるたびに、“わたしも人間なんだ”って思えたの」
そんなの、ずるい。
そう思った。
このまま突き放すこともできる。
でも、目の前にいる彼女を拒絶したら、自分の心も何か大切なものを失ってしまう気がした。
「……プリン、ある?」
「うん。買ってきた。カラメル濃いやつ」
そう言って、また微笑む彼女に、聖斗は深く息をついた。
「じゃあさ、とりあえず……もうちょいだけ、この関係、考えさせてくれない?」
彼女はこくりとうなずいた。
その目は、ほんの少しだけ、涙でにじんでいた。
そして——二人は黙って、プリンを食べた。
甘くて、苦くて、泣きたくなる味だった。