「お通夜が一件、お葬式が一件。慌ただしいね」
「明後日は
慌ただしく朝が過ぎ、昼近くになると葬式の準備を手伝うためにと綜真が葛木家にやってきた。今日はもう手伝ってもらう事なんかろくにないのに、と思ったけれど、颯希としては話ができる相手が居るのは嬉しい事だ。
だってもう、大人たちといったらこちらの葬式の手は最小限にしてみんな出払ってしまっているのだもの。状況のわからない颯希は退屈と言う他ない。
「裏盆踊りって何? 盆踊りみたいにみんなで踊るの?」
「いや、違う。さかさまさまに神楽舞を捧げる日なんだ。踊るのは“巫女”……男だけどな」
そんな所もさかさまなの? と聞けば、綜真は軽く肩を竦める。
この村は、とことんまでに「さかさま」なものらしいとわかると、違和感があったものも受け入れるしかなくなってくるなと、颯希は思う。
巫女さんが男と聞いても「そりゃそうか」と思うし、巫女さんが一人で踊るのも盆踊りの「さかさま」だから納得だ。
あとわかった事と言えば、その裏盆踊りという行事がこの村ではとても大事にされているものであるという事くらいか。
そのために、今日亡くなったという日田さんという人はろくにお別れもしないままに火葬される事になったというのだから、相当だ。まぁ夏場だし、諸々の安全を考えたら火葬を急ぐのは悪い事ではないのかもしれない。
それでも、遺族側の事を考えるともうちょっとゆっくりお別れをしたいもんなんじゃないのかなと、颯希は思う。
「その日田さんのお家に、赤い花が咲いてたんだって。それでじーちゃんたちも大騒ぎしてた」
「そうか……」
「ねぇ、何でこの村じゃあ赤はダメなの? 裏盆踊りの時期だから?」
「……颯希は、10年前の事はほんとに覚えてないんだな」
「10年前?」
「お前の家族がここから去った夏も、村ではいっぱい人が死んで、その時はあちこちに赤い花が咲いてたんだよ」
10年前、と言われても、颯希にはよくわからない話だ。
颯希はもう誕生日を迎えて17歳になった。10年前の夏と言えばもう7歳になっているはずだが、その頃の記憶は本当にないのだ。
幼馴染み的な立場になるのだろう綜真としては残念な気持ちだろうが、そんな嫌な時期があったのなら別に覚えてなくてもよかったのかもしれない。
そう言うと、綜真は苦笑しながら縁側に置かれていたメロンを一欠片手に取った。
綜真が「差し入れ」と言って持ってきてくれたメロンはよく冷えていたが、こういう時は普通スイカなんじゃないかなと、つい思う。が、スイカは赤だからきっとこの村ではダメなんだろう。
そういえば、朝に食べたお魚にも鮭の選択肢はなかったし、こういう田舎の家庭菜園には必ずあるトマトも見た記憶がない。
ここまで徹底されていると逆に感心してしまうな。颯希は、自分もメロンを一欠片手にとって汁がたっぷりの甘い果肉にかぶりついた。
「10年前は、十燈兄も真っ白じゃなかったんだ」
二欠片目。パクリとかじって、庭を眺めながら綜真は言った。
10年前に、十燈は何かを観てしまった事で視力を半分失って、髪の色もすっかり抜けてしまったのだと。それまでは病弱ではあったけれど、あんなに彫刻じみた白さではなかったのだと、綜真は言った。
「アレ以来、さかさまさまへの奉納舞は十燈兄が踊ってる。さかさまさまに見初められたんだ、って」
「見初められるって……女の子に言う言葉じゃないの?」
「よくわからねぇ。でも、十燈兄はさかさまさまに見初められて、だから印花にも選ばれたんだって、大人たちはみんな喜んでた」
なんだか、ゾッとしてしまう。だって、【さかさまさま】というのはこの村の神様なんだと、母が言っていた。
神様に見初められるなんて、それって……よくある昔話やホラーなんかでは、神様に連れて行かれるっていうのと同じような意味を持っているんじゃないのだろうか。少なくとも、颯希はそう思っていた。
それとも、そういう部分もこの村では「さかさま」なんだろうか? だとすると、神聖な儀式とかそういう感じなのだろうか?
ダメだ、わからない。考えちゃいけない部類の事なのかもしれないけれど、気になるものは気になるのだ。
だが、赤がダメな理由はなんとなくわかった。颯希がジロジロ見られるのもヒソヒソされるのも、颯希の目が赤いからだろう。
まぁそんな大事な時期に赤い目のよそ者がいきなり来たら警戒もされるか。
別に来たくて来たわけじゃないんだけど、と、もう何度思ったかわからない事を思い返してメロンをかじる。来ないで済むなら、颯希的にはその方がよかったのだ。なのに母が、「子供の頃おばあちゃんに可愛がられてたでしょ」なんて、覚えてない事を言って無理に連れてこさせたのが悪い。
これでも学校ではバスケ部のエースだし、夏休み中にも練習はあるのに。
「印花っていうのは、さかさまさまに選ばれた印、みたいなもの? なんか、マジでそういうのあるんだね」
「そう……だと思う。でも、印花の事はあんまり人と話しちゃいけないって言われてるから、俺もそれ以上の事は知らねぇ」
「うちのじーちゃんも言ってた。印花の事を話すと、印花に呼ばれっちまうぞ、って」
「同じだ。印花が前に出たのは相当昔だったらしくって、村の老人どもが敏感になってるんだろ」
「縁起がいい事なんだよね?」
「……多分な」
今までの話しの中で、縁起が良さそうな話なんかは少しもなかった。
逆に不気味な雰囲気の方が強いから、「印花が出て良かったね!」なんてとても思えない。それが【さかさまさま】に選ばれた印なのだと言われたら、余計だ。
颯希は、小学校に上がる前までとはいえこんな村で暮らしていたのが信じられないくらいの気持ちになっていた。
だって、颯希の性格からして気になる事は何でもツッコんで聞くし、不思議だと思う場所には冒険だって言ってしまうのだ。そんな颯希に、隠し通せていたというのが凄い。
逆に子供相手だから隠せていたのだろうか?
子供の頃、なにかあったんだろうか。颯希は頭の悪い方ではない。
この髪と目の色のせいでヤンキーだとか思われるのを嫌って、勉強と部活は真面目に取り組んできたのだ。勿論記憶力もいいし、子供の頃のこととは言えすっぽり忘れているというのには違和感がある。
なにかあって忘れているのだろうか?
でも、そんな凄いパワーを持っているなにかに遭遇した記憶なんかは、やっぱり無いのだけども。
「お」
「あ」
メロンを黙々と食べながら考え込んでいると、庭を囲んでいる垣根がガサガサと揺れて、僅かにある隙間から小さな犬が顔を突っ込んできた。
麻呂眉のある黒い毛の犬。昨日の夜に月城家に行く途中で見かけた犬だ。
「リュウ! だめ!」
「勇太じゃないか。またリュウは首輪すっぽ抜けちまったのか?」
「わ! わかさま、ごめんなさい!」
「ごめんなさいするなら、この家の人にだよ」
遠慮なく庭に入ってきた犬を追いかけて来たのは、小学生くらいの男の子だった。膝小僧に絆創膏を貼られている、見るからにやんちゃ坊主なその子は、庭に入ってきて犬を捕まえると素直に「ごめんなさい!」と頭を下げた。
可愛い。
犬の方も男の子に抱えられながら尻尾をブンブン振っているし、敵意も害意もなさそうだ。
颯希はにっこり笑って「いーえー」と言うと、犬に首輪をつける男の子にメロンをすすめる。犬がメロンを食べていいのかはわからなかったので聞いてみると、リュウはキャベツが好きだよ!なんて可愛い事を言われたので台所からキャベツを持ってきてやった。
「ありがとう! おねえちゃん!」
「どういたしまして。ちゃんとお礼言えて偉いね」
「えへへ。裏盆さんにはお行儀よくするんだって、ばーちゃんと練習してるんだ!」
「そっか。裏盆って大事みたいだもんね」
「うん! リュウといっしょにね、いいこにするの! そしたらね、お菓子もらえるんだよ!」
リュウはキャベツを口いっぱいに頬張って、何度も尻尾を振っていた。……まるで、明日が来るのを楽しみにしているみたいに。
にっこり笑顔で元気に言う少年と、元気に返事をする可愛いわんこ。その姿に、颯希はこの村に来て初めて心があたたまったような気がした。