今日も僕の足は当たり前のように海沿いの道を行き、相も変わら閑古鳥が鳴きに鳴いているバッティングセンターへやってきた。先輩以外、他にお客さんを見たことはないが経営的に大丈夫なのか?
すぐ傍に海水浴場があるから海帰りの人がもう少し遊んでいこう、なんて来そうなものだがどうなのか。もしかしたら日中は大盛況なのかもしれない。
僕が日中、ここに来るかはまた別の話ではあるんだけど……。
そうして自動ドアをくぐる。
気だるげな受付のお婆さんへ会釈をして何時も先輩が待つバッティングコーナーのベンチへ足を運ぶのだが──そこには誰もいなかった。
「今日はまだか……」
いつも先にいるのが当たり前だっただけに少し驚きだ。
さて、どう時間を潰そうか。
ひとまず適当に自販機でジュースを買ってベンチへ座る。蒸し暑さを払うコーラの刺激に癒されながらぼうっとネット越しのバッティングコーナーを眺める。
最近の曲だろうか?
耳馴染みのない店内BGMを聞きながら財布を開いてみる。1プレイ二十球五百円。果たして安いのかどうか。
試しに遊んでみようか……。
でも空振り連発しているところで先輩が来たらそれはそれで恥ずかしい。しかし多分今後の人生でバッティングセンターで遊ぶなんてことはないかもしれない。
記念に1ゲームだけでも遊んでみるか。
いつもここで雑談しているのだ、お店にお金を落とさないと流石に店長から怒られてもおかしくない。
「一回だけやってみるか……」
腰を上げネットへ手をかけた途端、
「あれ、今日はキミが先だったんだ」
その声が唐突にやってくる。
「ん、遊ぶところだった?」
「い、いえ……そんなことないですよ」
「そう? でも入ろうとしてたし、わたしのことは気にしなくていいよ」
「いえいえ。彼女優先ですから」
「ふーん。彼女優先ね~」
ベンチへ腰を下ろした先輩が頬杖を付きながらジト目でこちらを見やる。気まずいというか、もう遊ばないと許されない気がして困る。
しかしそれでも──多分ボールが当たることはないだろう。そんなところを人に見られるのは死ぬほど恥ずかしい。そんな羞恥に比べればこの気まずさは大したダメージではない。
だから何事もなかったように先輩の隣へ腰を下ろす。
「いいの?」
「はい。財布見たらお金なかったので」
本当はあるけど嘘も方便。優しいウソ、僕に優しいウソ。
「ふーん」
そして先輩の興味も失せたらしい。これはなんとありがたい事か。
「ちょっとキミに相談……相談じゃないんだけど、聞いてほしい事あってさ」
「は、はぁ。なんです?」
「うん、あのさ……海ってどう思う?」
失った興味の代わりに向けられた疑問。
しかし相変わらず突拍子がなくて要領を得ることができない。
「えっと……どう思うも何も。海になにか思ったことと言うか感情ないですね」
「えぇー、こんなに海に近い町なのに?」
「まぁ高校入学のタイミングで引っ越してきたので……あっ、めっちゃ自転車錆びるの早いなって思いました。マンションの駐輪場に止めてたんですけど……一年で使い物にならなくなりましたね」
「あぁー。わかる、車とかもすぐ錆びるってパパが行ってたよ。ってそうじゃなくて!」
「違うんですか……!?」
「全然違うよ!」
もぉ……!
むぅっと白い頬がかわいらしく膨らむ。
むくれていてもやはり流石は美少女。その顔すらもかわいいと思えてしまうのはズルい。最早狙っているとすら思えてしまう。
とまぁそんなことを思っていると、先輩がスマホを差し出した。
「これ見て!」
「はぁ……えっとグー〇ルマップですね」
「うん、この先の海水浴場なんだけどさ……これを見て何か思わない?」
「何かって言われても……」
砂浜と海が表示された衛星写真だが、思う事。
これはなぞなぞか?
それとも何か重大な謎が隠されてるとでもいうのか。
「わからないかぁ……と言うか、キミってちゃんと海行ったことある?」
「海水浴ってことですよね……もうずいぶん昔にありますけど」
「じゃあわかるはずなんだけどなぁ」
小さく溜息してこちらを見やる。
「砂浜から海まで遠すぎない?」
「はぁ……そういう構造だから仕方ないと思いますけど」
「そう言う事じゃないの! 海に行くまでの道中で砂だらけになって海で流す。で帰りも濡れてるからまた砂だらけになる! 往復で砂を浴びるのどうなのってこと」
「でも更衣室の傍に水道ありますよ」
「違うんだよ、違うんだって彼ぴっぴくん……」
「なんですか、その呼び方」
伝わらないのがもどかしいのか。
綺麗な銀色の髪をめちゃくちゃに掻きまわすのだが、海一つでここまでなれるのはそれほどまでに思い入れが深い証拠なのか。
凛としていながら堂々とした佇まいの先輩がこの時ばかりはどうしても自分よりはるかに年下の子どもに見えてしまう。
それがどこか微笑ましく、頬が緩んでしまう。
「そんなにおかしい事言った?」
「いえ、先輩の子どもみたいな一面がレアだったので」
「そうかな? まぁいいや……わたしが言いたいのは楽しむために大変な思いをするのはわかるけど、楽しんだ後に大変な思いをするのは変だよねってこと」
「うーん……とは言え海ってそれ込みみたいなところありません?」
「それがなければ海がもっと楽しくなるのになぁ……」
あーあ。
パタパタと足を遊ばせながら天井を仰ぐ。
そこまで深刻に悩むほどなのか……。
「先輩、そんなに海が好きだったんですね」
「ん、普通だよ。普通普通」
「えっ?」
「ん?」
「普通なのにその悩み……海大好きすぎる人の悩みですよそれ」
「違うって。海が好きな人は砂浜とかの道中なんて考えないよ。中途半端に好きだから粗が目立つって言うか気になるだけ」
「まぁ……そうかもしれませんけど。熱量が大好きな人ですよもう」
「さっき何となく海に行って思っただけだし。だからローファーの中が砂だらけでさ」
そうして躊躇なくローファーを脱いだかと思えば、中に溜まっていた砂をネットの先、バッティングゾーンへ落とす。
「もうじゃりじゃり。ローファーでもこれだもんね」
「でもこの時間の海って危ないですよ」
「そう? 田舎だし平気だって」
「田舎だからですよ」
「そうかなぁ……まぁ一緒に行く人もいなかったしさ」
「……じゃ、じゃあ一緒に行きます?」
思わず口を付いた言葉へ途端に恥ずかしくなってしまう。耐えられず先輩から眼を逸らすのだが──目線が間違いなくこちらへ向いているのがわかってしまう。
「キミからデートの誘いが来るなんて驚いたよ」
「……別にそんなんじゃないですよ」
「キミとはここでしかデートしないと思ったからね」
「気が向いたらでいいですよ」
「そうだね。気が向くのを楽しみにしてるよ」
さっきまであんなに子供っぽい様子を見せていたのに、今は年下を見守るお姉さんのような空気に早変わり。それがますます気まずい。
だがこのむず痒い感覚は不思議と嫌いじゃなかった。