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第15話『6月13日 大人と子供の狭間の味』

 やはりと言うべきか──。

 例え約束をしていなかったとしても、変わらず先輩はいつもと変わらず同じベンチに座っていた。ガラガラの店内、心地いいエアコン、やる気があるのかないのか。今日も煙草を片手に過ごす店長。

 今日と昨日の狭間にある静寂を割くように先輩がコンビニ袋を漁る。

「何食べてるんですか?」

「うまい棒」

 隣へ座る僕へ子どものような笑顔を浮かべながらコンポタ味のそれを見せつける。僕も小学生くらいの頃にお世話になった世界一美味しい棒だ。

 しかし最後に食べたのはいつだったか……。

 もう何年も口にしていない気はするが、それでも自然と口の中へその味が広がる。それだけ食べたのか、駄菓子の強みなのか。

 サク、サク。

 黒のスカートへ粉末が落ちるのも何のその。ただ夢中で口に運ぶ続け、半分ほど食べたあたりでペットボトルのお茶を傾ける。

「水分持ってかれますよね」

「それねー。でもそれも醍醐味みたいなところあるよね」

「ジュースとセットですからね、駄菓子って。随分食べてないですけど」

 何気なく返した相槌に先輩がピクッとうまい棒を握っていた手を口へ運ぶ寸前で止めた。変なスイッチでも押してしまったのか、両眼を見開いた先輩が僕の方を向き、

「それ! それなんだよ!」

 グイッと前のめりに、顔を近づけた。

 今にも握った手の中でうまい棒がこなごなになってしまいそうだが──そんなことはお構いなし。

「駄菓子って美味しいのにさ。なんか食べなくなるよね」

「え、えぇ……まぁそうですね。いつの間にかポテチとかに変わって、カップ麺とかになり……」

「そうなんだよ! キミも昔は毎日食べてたでしょ」

「そりゃもう……。毎日放課後になったら駄菓子屋に行ってましたよ」

「じゃあ最後に食べたのはいつ?」

 先ほど考えたことではあるが、改めて考えてみたところでやはり記憶は朧気だ。

「多分……小学生くらい? 覚えてないんですよね」

「わたしも何となくコンビニに行ってさ。懐かしくて買っちゃったんだよ、こんなに!」

 ガサガサ。

 傍らのコンビニ袋を膝に置いて口を開く。

 そこには先輩も舌鼓を打っていたうまい棒の味違いはもちろん、風船ガムにグミ。チロルチョコによっちゃんイカ、たらたらしてんじゃねぇよ。

 どれもこれもお世話になった仲間たちだ。

「懐かしいですね、全部食べてましたよ」

「でも不思議だよね。いつの間にか食べなくなっちゃうからさ」

 美味しいのになぁ……。

 ポツリと呟きながらうまい棒を食べ進める。

 そして残っていた半分が無くなった頃、僕にも袋を差し出した。

「キミも食べなよ。一人じゃ無理だからさ」

「いいんですか?」

「うん」

「じゃ、じゃあありがたく」

 そうして手にしたのはたらたらしてんじゃねぇよだ。

 歯ごたえのあるピリ辛味のなにか。早速封を開けて一口頂く。噛めば噛むほど旨味が溢れる定番の駄菓子。よくこれと一緒にコーラを飲んでいたものだ。

 しかし今手元にあるのは冷たいお茶。

 僕も大人になりつつあるという事か。

「子どもの頃はこれだけ駄菓子あったらもうお祭り気分だったなぁ」

 チロルチョコを口へ運ぶ。

 舌で転がしているのだろうか、ゆったり細める笑みが子どもみたいでかわいらしい。コロコロと楽し気な音を奏で、程なくしてお茶で流し込む。

「先輩って子どもの頃はどんな子どもだったんですか?」

「ん、急にどうしたの?」

「駄菓子食べてたらふと思っただけですよ」

「そうだなぁ……どんな子どもって聞かれると難しいなぁ」

「なにして遊んでました?」

「ゲームもしてたし男友達と混ざってドッヂボールとかもしてたかなぁ。お兄ちゃんの友達とだけどさ」

 懐かしそうに次のお菓子を弄り、再びうまい棒を手に取る。

 しょっぱい、甘い、しょっぱい──無限に続く駄菓子ループだ。

「女友達いなかったかなぁ……。おままごととかは幼稚園くらいの頃はやってたと思うんだけど、男の子と遊んでる方が多かったかなぁ」

「結構わんぱくだったんですね。足に傷あるって聞いてから思ってましたけど」

「まぁね。そう言うキミはどうなの?」

「そうですね。友達とゲームとかカードやることが多かったですね。スポーツとかは苦手で……インドアばっかでした」

 故にオタクみたいなところもある。

 そして先輩もそんな僕の幼少期に納得しているのか、大して驚く素振りも見せない。しかし退屈層と言うよりかは妙に楽し気なにやけ顔だ。

「そんなに面白いですか?」

「と言うか……なんだろう。キミは子どもの頃も今と変わらないんだろうなって」

「流石に変わったとは思いますけど……」

「でも想像できるな。キミがどういう子どもだったのか」

「なんかそれはそれで照れますね」

 誤魔化すようにお茶を一気に煽って顔の火照りを冷ます。一方で先輩は次のお菓子に手を付けることはない。

「でも駄菓子と同じなのかな……」

「ん、なにがです?」

「小学校の頃の友達と関係って続いてる? わたしは中学でもあれなんだけど」

「そうですね……」

 いつから疎遠になったか。

 転向した今、連絡を取り合う友達は居ないが──最後はいつだったか。

 今日はやけに昔を振り返る。駄菓子の味がそうさせているのか、それとも今よりも過去が輝いているからこそ、惹かれてしまうのか。

「まぁ元々友達がそんなに多いわけでもなかったですからね。小学校、中学と連絡を取り合う人間はいないですね」

「そんなもんだよねぇ」

 はぁ。

 寂し気な溜息が落ちる。

 そして新たなうまい棒を手に取り、包装を向く。サクッと心地よい音を聞くが、そこに先ほどまでの快活な覇気はない。

「駄菓子と一緒なのかもしれないね。いつの間にかいなくなる。ケンカ別れしたわけでもないけど、なんかもったいないなぁって思うよ」

「連絡とってみます?」

「知らないからなぁ。でもだからなんだよね」

 なにか自分の中で合点が言ったのだろう。

 先輩が僕を見ながら困り眉を寄せながら笑う。

「少し大人になって駄菓子を食べなくなるように……きっと昔の友達と会わなくなる。駄菓子を食べるときだけみんなに会える、そんな風に思うんだ」

「詩的ですね。でもわかります」

 遠い昔の記憶。

 当時どんなことを思って生きていたのかはわからない──ただ過去があるから今がある。後悔は多いが、それでも先輩とこの時間を過ごせる。

 ならばその後悔は無駄ではなかったのかもしれない。





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