「キミは子どもの頃の将来の夢ってなんだった?」
「えっ……急ですね」
今まさにバッティングセンターへ入りベンチへ腰かけた途端、先輩は待ってましたとばかりに切り出した。
汗が引くよりも早い質問、いつから温めていた話題なのか。
コンビニで買ったコーラを煽りながら数秒考えてみる。
「どれくらい子どもかってなると難しいですけど、社長って書いた気がします」
「社長かぁ。憧れてたんだ」
「今思うとバカ丸出しですけど、社長ってお金持ちのイメージあるじゃないですか」
「そうだね。わかるよ、実際そんなことないんだろうけど」
「それにデカいビルの屋上に棲めると思ってましたから。なんかカッコイイなって」
「あるある。子どもってそんなもんだよね」
そして回答は見事正解、先輩が望んでいた種類の答えを言えたらしい。
その一方で先輩はどんな夢を抱いていたのか──ふと目をやると「わたし?」と小首を傾げた。そして次の瞬間照れくさそうに頬を染めて目を逸らす。
「でも子どもとは言えちゃんとしてるなぁ」
ポツリと漏らした。
もしかしたら先ほどの解答は間違っていたのかもしれない。苦笑する先輩だが、どこか楽しそうだ。雪のような白い肌が照れに赤く染まるのが新鮮で見ていて僕まで楽しくなってしまう。
先輩の弱点はここにあったのかもしれない。
「それで先輩はどうなんですか?」
このまま間を空けては逃げられてしまうと追撃すると、眉が困り寄る。「えぇー」と言いたげな半開きの唇に期待だけが膨らんでいく。
「僕も言ったんですから。別に子どもの頃の夢なんですから現実味がないのは当たり前じゃないですか」
「そうだけど、そうだけどさぁ」
「と言うわけでどうぞ」
「……じょ」
今何と言ったのか?
小さく動いた唇はなにかを唱えていたが、音になっていないのか全く聞き取ることができなかった。それほど恥ずかしいのか、俯き気味の先輩の顔を覗いてみる。濃紺色の影越しに交差した目線は困惑に揺れていた。
そして諦めたように息をついて、
「魔法少女!」
今度は真っ直ぐ僕を向いて──それはもう羞恥を払うように大きな声で言い直す。その目は拭い切れぬ照れに濡れており、もう今にも爆発してしまいそうなほど顔が真っ赤だ。
「へ、変でしょ?」
「……そうですか?」
「小学生のころの夢だけど……流石にもうちょっとあると思うんだけよね」
「そうですか……?」
ライダーになりたいと言っていたクラスメイトなんて幾らでもいた気がする。あくまで男の話だがら女の子となるともう少し地に足を付いた将来を描いていたのかもしれない。
だが今となって考えれば、それでも非現実的なのだろう。
「別にクラスメイトに仮面ライダーになりたいとか普通に居ましたよ?」
「でもそれは実写だからまだいいじゃん。魔法少女ってアニメだし……」
「それは関係ないと思いますよ。俳優になって仮面ライダーになる、声優になって魔法少女役になるとか……叶え方も色々ありますし」
「だけどさぁ……」
恥かしぃ……。
真っ赤な顔を手で仰いだり、お茶を飲んだり、息を付いたり。
羞恥を拭おうと必死な先輩がどこか微笑ましい。
「まぁいいじゃないですか。先輩のかわいい夢、ほっこりですよ」
「馬鹿にしてぇ……。それじゃあ今のキミの夢は?」
「い、今ですか……」
急に現実と言う容赦ない銃口が向けられ、息を呑む。
「急にどうしてそんなことを……」
「だって子どもの頃の夢って現実的には難しくてさ。少しずつ現実的な夢に変わるじゃない?」
「まぁ一理ありますけど……」
今は週明けの学校に行けるかどうか、それすら不安で目を逸らしているのに──それよりも遥か先の将来の事なんて全く考えられない。
理想は宝くじで三億当てて引きこもり継続。
しかしそんな優しい将来はないようなもの。現実的なこととすれば、少しの勇気を振り絞って学校に行き、どうにかこうにか大学へ進学。必死の思いで就職を決めて……もし許されるなら先輩と結婚。
そんな将来があるならどれだけいいのか、救われることか。
思わず溜息がつく。
「そ、そんなに深刻に悩んじゃうかぁ」
「そ、そうですね」
そして思った以上に溜息が深くなってしまった。
「将来のこと考えると……このまま引きこもりじゃダメだなって思って死にたくなるんですよ」
「な、なんかごめんね」
「いえ……」
臭い物に蓋をするように──ふと漏らしてしまった不安に先輩が一歩引く。
羞恥に染まっていた赤い顔がいつの間にか雪のような白さを取り戻していたが、僕のリアクションにおろおろと困り眉を寄せている。
「キミが学校に来れば……学校デートできるんだけどね」
「……それは魅力的ですね」
「気が向いたら来ればいいよ。まぁできれば卒業までには……」
「が、頑張ります」
「うん。じゃあ将来の不安な話は終わり!」
そして強引に話を閉めた先輩に感謝だ。
「じゃあこれからの話にしよう」
「こ、これから……?」
それは結局話題が変わっていないのではないか?
僕の不安を払拭するように八重歯を覗かせて笑う。
「夏休みもうすぐじゃん!」
「あぁー」
「わたしからしたら高校最後の夏休みだしさ! 思いっきり遊びたいわけよ。進路も進学じゃないし、みんなより遊び放題!」
イェイ!
ご機嫌なピース顔があまりにも眩しい。
しかし夏休みがもうそこまで迫っていたとは──引きこもりあるあるの一つである曜日感覚、日付感覚の喪失がここまでひどいとは。
「先輩は夏休みやりたいこととかあるんですか?」
「えぇー。なんだろう、なにがいいかなぁ。まずは花火でしょ」
「花火大会いいですね」
「それもだけど手持ち花火も! わたしは手持ち花火の方が夏を感じられて好きだなぁ。それにキミも一緒に楽しめるでしょ?」
「えっ」
「人がいっぱいいるところ平気?」
「あぁ……どうでしょう」
正直自信がないからありがたい。
「彼女として彼氏と過ごす初めての夏でもあるからさ」
「なるほど……」
「あとは海とか。この前一緒に行こうって誘ってくれたし丁度良くない?」
「夏ですからねぇ」
海なんて歩けばすぐそこにある。
果たしてどれだけ地方から集まってくるかはわからないが、都心からかなり離れている場所だ。集まるにしてもたかがしているんじゃないかと楽観的に思ってしまう。
それに──海に行けば水着が見れる。
例え先輩とまだ恋愛ごっこみたいな関係が続いていたとしても。水着姿が見たくないかと言われれば、見たい方に天秤は一瞬で傾く。
普段冬服で過ごしている先輩の夏らしい装い。
楽しみだ。
「エッチなこと考えてる?」
「……そんなことないですよ?」
「そう? まぁわたしは日焼けすると真っ赤になるからパーカーとか全然着るけど」
「えっ!?」
「エッチなこと考えてた?」
「……そんなことないですよ」
「そう? まぁいいや」
「でも海なら近いしいいかもですね」
「でしょ? それで海の家でぼそぼその焼きそばとかかき氷食べて……」
「言い方」
「誉め言葉だよ。あれは海の家とか屋台でしか味わえない夏の味なんだから」
「そうですけど」
ん?
先輩が小首を傾げるあたり悪気はないのだろう。
それどころか足をパタパタ遊ばせながら楽しそうな笑顔を結ぶ。
「海の家いいなぁ……」
「本当に好きなんですね」
「嫌いな人いるの!?」
「好きとか嫌いって感情を持つほどじゃない気がするなって」
「えぇー。もっと楽しまないと。だって夏だけなんだよ?」
「それはそうですけど」
「仕方ないな。わたしがキミに海の家の楽しみ方を教えてあげる」
「はぁ……まぁ期待しておきます」
「期待してる?」
「少しだけ」
「まぁ無いよりはいいか……」
将来の事でもベクトルが近いとここまで楽しみに変わるらしい。
いつの間にか僕の胸に広がっていた不安の雲は薄れ、先輩の笑顔が熱い日差しのように差し込んでいた。