「実は今日、部屋の掃除をしまして……いいものを見つけたので持ってきました」
「おぉ、なになに?」
いつものバッティングセンター、いつものベンチへ座るや普段使うことのないリュックを下ろして懐かしのゲームハードを取り出す。
発売されて間もなく二十年を迎えるらしい持ち運びタイプのゲーム機だ。据え置き気が当たり前、と言うか最早ゲームはPCでやるのが普通と言っても過言でない昨今、最早化石と言っても不思議ではないだろう。
横長の黒いボディで中央に液晶、左右にスティック系とボタンが配置されたものだ。
「懐かしい~。これおにぃが持ってたよ」
「僕も世代じゃないんですけど……いつだったかな。くじ引きかなんかで当てたような……」
「へぇー。まだ動く?」
「もちろん。充電もばっちりしてきましたんで」
そうして名機、PSPを先輩へ渡す。
「わたしはゲーム始めたのが遅かったからあまり知らないけど、ゲームをやるためだけって考えるとなんかいいよね」
「今はPC、スマホが普通みたいなところありますからね」
「ソフトなに入ってるの?」
「なんだったかなぁ。ぼくのなつやすみはめっちゃやってたのでそれかも?」
「いいねぇ~。動画で見たことあるよ、プレイするのは初かも」
ふふふ。
大人っぽい顔ではあるが、好奇心に満ちた猫のような眼差しが爛々に輝いていた。そしてPSPを起動。間もなくして待機画面へ入るのだが、やはり入っていたのは『ぼくのなつやすみ』だった。
小学生の主人公が親戚が暮らす田舎へ夏休みの間、お世話になって懐かしい暮らしを体験するというものだ。
「でも田舎暮らしって中々体験できないからこういうゲームって嬉しいよね」
「ここも十分田舎ですけど……それ以上ですからね」
いざゲーム開始。
待機画面からゲームのクレジットへ画面が切り替わり──そしてゲーム画面へと変わろうとした途端、
「あっ!」
「えっ!?」
プツッ。
虚しい音と共に画面が暗転してしまった。
「電池切れ……?」
「家出る直前まで充電繫いでたんですけどね」
「うーん……おかしいなぁ」
それから先輩は何度も電源バーを上げては下げてまた上げてを繰り返す。しかし待てど暮らせど僕と先輩の顔を映す液晶に生気が戻ることはなかった。
「バッテリーの劣化かな……ずっとしまってましたから」
「かもしれないねぇ……。楽しみだったんだけど残念」
僕へPSPを返して溜息を一つ。
しかし名残惜しいのか、その眼差しは僕の膝にあるゲーム機に釘付けだ。
「めっちゃ遊びたそうですね」
「そりゃキミが好きなゲームだからね。キミがどんな思いで遊んでたのかぁとか気になるんじゃん」
「な、なるほど」
「あと最近のゲームってグラフィックも音も綺麗だし、リアルじゃん? 昔の少し荒いけど味があるのを久しぶりに体験したかったなぁって」
しみじみ、懐かしそうに呟く。
だが先輩の意見には全く同意だ。
今はソシャゲはもちろん、主流になっているゲームは何から何までクオリティ面が圧倒的に違う。どれだけ遊んでも終わりがないと錯覚するほどにプレイ時間も膨大だ。
スマホで遊び、PCでも遊び。
もうゲームに追われていると言っても過言ではない──だが、逆にそれは一つのタイトルをすり減る勢いで遊ばなくなった裏返しでもあるのだろう。
「小中学生の頃は同じゲームいっぱい遊んでました。クリアしたら最初に戻って」
「あぁー、なんかわかるかも」
「今はソシャゲが中心で……何と言うかゲームなのに作業感が強まったというか。インフレも酷いですし」
「ガチャ文化……悪い文明だよ」
「商売だから仕方ないって割り切って入るんですけどね。ただなんというか……きっとソシャゲって短い時間でササっと遊べるのが売りだったと思うんですよ。それが今はソシャゲのデイリーに追われる日々……」
「立ち位置入れ替わっちゃったねぇ」
先輩も覚えがあるのだろうか。
スマホを見つめながら眉を寄せて苦笑する。
「ガチャとかデイリーとか……わたしは結構めんどくさいなって思っちゃうけど。面白いの多いからなぁ」
「まぁ退屈しないってのはいい事だと思いますけどね」
「自分のペースが大事だよ」
うんうん。
それは自分に言い聞かせているようにも聞こえてクスリと笑ってしまう。そんな僕を他所に先輩は宙を眺めて何か考えているのか。しばしの沈黙の後、閃いた様に好奇心に満ちた猫目を僕に向ける。
「今日からわたしも課金システム始めようかな」
「先輩の課金システム?」
「うん、例えば手を繋ぐのは300円とか」
「マジです!?」
「そんな大きな声出さなくても。嘘だよ」
「いや……300円で手を繋げるの安いなって」
「そっち?」
なに言ってるの。
クスクス楽し気に笑いながら続ける。
「その程度の課金は何とも思わないなら……デイリーで毎日キスとか」
「ミッションなんですか?」
「クリア報酬はわたしが嬉しくなる」
「……メリットしかないですね」
「じゃあミッションにする?」
「軽いですね」
「こういう特別を当たり前にしたいって乙女心をキミに理解してほしいだけ」
「な、なるほど」
「だから……はい」
そうして薄目を閉じてキス待ち顔で僕へ向く。
色白なのか、病に侵されているが故なのか──雪のような肌、その頬へ手を当てる。ビクッと肩を弾ませたが、僕の体温へ気付いてかその表情が緩んでいく。
色素の薄い唇が室内光を跳ね返し、官能的なテカりを魅せる。その輝きへ誘われるように、口から心臓が飛び出そうな緊張を押し殺して近づく。
「んっ……」
か細い吐息が咲く。
触れた頬の冷たさが嘘のように温かく、柔らかい。粘膜を通じて一つになる高揚感はやはり現実でないと味わうことができないのだと確信させられる。
そして終わりもまたゲームよりも呆気なく訪れてしまうのだ。
「ふぅ……」
息が持たず、どちらかともなく唇が離れる。
名残惜しさに唇へ触れると、先輩の頬が赤く染まった。
「もう一度、する?」
その誘いに無言で応じ、また繋がる。
これが特別を当たり前にするという事なのか──叶うならばこの時間が永遠に続けばいいのにと心から思ってしまった。