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第74話『8月11日 繋がってる夜』

『今日は検査入院だから行けないや』


 先輩からのチャットが届いたのは今日の日中。一日が始まって早々に予定がなくなったと言うのに──律儀に今日も僕は誰もいない夜のバッティングセンターへ足を運んでいた。

 自動ドアをくぐっても、当たり前ではあるが先輩の姿はない。

 わかっていたことではあるが──もう何度見れるかわからないその光景がそこにないだけで、少しだけ落ち込んでしまう。これなら暑い中、家に居ればよかったと思う反面、僕はもうこの夜を一人で過ごす術を忘れてしまっているのかもしれない。

 だから居ないとわかっていても先輩の幻影を求めてここに来てしまった。

 やることもなければ待つ人もいない、ただ一人の時間を空虚で埋めるために。

「暇だな……」

 店内の自販機で飲み物を買ってベンチへ腰を下ろす。

 退屈でやることもなく、ただただ時間だけが浪費されていく──相変わらずよくわからない、きっと最近の曲であろう店内BGMが眠気を誘う。欠伸を噛みしめながら、ジュースを傾ける。

 これはもしかしたら訓練なのかもしれない。

 先輩が居なくなってから一人で過ごすための訓練。そう思うとこの時間にも意味が生まれる気もするが、考えたくないことだ。

 僕と先輩の間で残された時間はあとどれくらいなのか……。

 一人になると考えてしまう事をジュースを一気に煽って掻き消す。

「もう帰ろ……」

 帰って朝までゲームでもしよう。

 やりたいゲームも溜まってるし、読みたい漫画、見たいアニメだって積み上がっているんだ。一人での過ごし方は忘れているだけ。しかし一度触れてしまえば簡単に思い出せるだろう。

 大丈夫、大丈夫なんだ。

 負の感情へ飲まれそうになるのを誤魔化すように両頬を思い切り叩いて、腰を上げる。そうして店の外へ出ようとした途端、ポケットの中でスマホが震える。

 確認してみるとメッセージが届いたところらしい。

 その相手は言うまでもない。

「先輩……?」

 一人に慣れる予行練習だと思っていた──しかし例え近くにいなかったとしても一人にしてくれない。


『今日もいるの?』


 ただ一言のメッセージに顔が緩んでしまう。


『先輩がいないので退屈ですよ』

『私いないの知ってたじゃん。まぁ居そうだなぁって思ったけどさ』

『習慣なので落ち着かなくて』


 例えここに先輩が居なかったとしても、普段みたいに会話している気がして無意識にベンチへ腰を下ろしていた。目線はスマホの画面、しかしメッセージのやり取りをしているだけでその声まで聞こえてきそうで安心してしまう。


『今って消灯時間じゃないんですか?』

『夜更かししたい夜もあるんだよ。と言うかこの時間はキミと居るのが当たり前だから寝れなくて。キミもじゃないの?』


 お見通しだったらしい。

 理解のある彼女と言うのはこういう事なのか。すぐ傍で見られている気がしてつい苦笑してしまうのだが──次ぐチャットにすぐ表情はフラットなものへ戻ってしまう。


『でもいい機会かもね。一人の時間って大事だからさ』


 きっと考えすぎなのかもしれない。

 ただ簡潔な一文に血の気が引いていく感覚を覚える。微かに聞こえていた店内BGMが曖昧なものになり、冷房で適温なはずなのに背中へ嫌な汗を感じる。何かが詰まったように呼吸が苦しい。

 先輩にその気がなかったとしても──やはりこれは一人残された予行練習なのかもしれない。途端に気が重くなり、溜息が落ちる。

 先輩は今どんな顔で僕とチャットしているのか。

 チャット画面の端へ表示されている通話アイコンを押しそうになる。

「病院だもんな……」

 電話をかけたとしてもこの時間じゃ出てはくれないだろう。それに病院だ、通話なんて無理話である。

 ただどうしても声が聞きたくて仕方がない。

 押すか、我慢するか。

 通話アイコンへ指を掲げた状態で考えること数秒。

 怒られるだろうか──だとしても声が聞けるなら。

「すみません……!」

 マナー違反を承知で通話アイコンを押した途端、


『ちょっと待って』


 ひそひそと先輩の声が聞こえ、すぐに切れてしまった。

 それから新しくチャットが届くこともなく──待つこと数分。先輩から着信が入った。

「も、もしもし……。あ、あの……すみません」

『何となく電話してきそうだなぁって思ってたよ』

「なんか……声が聴きたくなったので」

 あまりにも情けない自分に笑えてしまう。

 先輩も同じことを思っているのだろうか。

 スマホの向こう側で小さく笑い声が聞こえる。

『キミは寂しがり屋だね。検査入院だからすぐ退院するのに』

「わかってるんですけど……何と言いますか。あとどれくらい先輩と一緒の時間を過ごせるかなって思ったら……」

『寂しくなっちゃったんだ』

「ま、まぁ……情けない話ですけど」

『普通じゃない?』

「だからって入院中に電話なんて……この時間ですし」

『それはそう。見回りの看護師さんに見られたら怒られそうだし』

「ほんとすみません」

『別にいいよ、この状況も面白いし。なんか……キミの弱いところを見ると安心するって言うのかな。なんだろう』

 ふふ。

 この状況を心から楽しんでいるのかどうか。

 周囲を気にする様子はそのままに笑い声がゆったり僕の耳元へダイレクトに響く。愛おしく、今一番欲しかったものだ。

『キミに頼られてる気がして嬉しいんだよね。病人だからって気を遣われるよりもずっと嬉しい』

「弱いだけですよ。僕は先輩になにかしてもらってばっかりですから」

『そんなことないよ。いつも通りでいようとしてくれてるだけで、どれだけ救われてるか。急にしっかりしすぎなくていいんだから』

「はい……」

『さて、あとどれくらいで見つかるかな」

 そしてやはりこの時間が楽しいのだろう。

 クスクス笑いながら続ける。

『まだ眠くないしさ、見つかって怒られるまで付き合ってよ』

「もちろんです!」

『じゃあそうだなぁ。なにから話そうか』

 そうしていつもより少し遅い時間ではあるが──僕と先輩のいつもの時間が始まる。隣に居なくても、声を聞くだけで傍に感じられる。

 この時間を噛みしめながら、話始める。

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