その質問は突然降ってきた。
「キミは天動説と地動説……どっち派?」
「えぇ……そんな連邦派? ジオン派? みたいに聞かれても……」
全く意識したこともなく、つい答えに悩んでしまう。
そして例えで出したがガンダムの知識も大してない──ただ連邦とジオンが争っている程度の知識だ。
つまり、今僕は雰囲気で会話をしている。
「うーん……ロボットはわからないけど」
「まぁ先輩が最近なんのアニメ見たかはわかりましたよ」
「それでキミはどっち派?」
「そうですね……」
そしてそのアニメは僕もリアルタイムで視聴するくらいには好きな作品だ。
先輩発信でアニメの話題が出てくるのが少し嬉しい。
「でも地動説ですかね……。と言うか考えたこともないのでそうとしか言いようがないというか。そんなにそのアニメハマったんですか?」
「まぁね。なにかのために命を懸けられるって凄いじゃん?」
「そりゃそうですけど……」
これまでそう言った「なにかに命を懸ける」テーマの作品は見てきた。その度に心を、胸を熱くさせたが──いざテレビから目を離すと冷静になってしまっていた。
僕とは無縁のこと。
フィクションだからこそ、そこまで我武者羅になることができるだけで──もしも、それがリアルならばどこかで折れてしまうのが一般的だと。
ある種、自己防衛と言える感情に飲み込まれるのだ。
「先輩はなにかそういうのあります?」
「今のわたしに聞くかなぁ……」
「あっ、いや……そういう意味じゃなくて」
「ふふ、わかってるよ。でもそうだなぁ」
いつものバッティングセンター、いつもと変わらないベンチ、いつもと同じ時間。そこで先輩がぼんやり宙を眺めながら考える。
気のせいか、僕の考えすぎか──昨日よりも顔色がまた悪くなっているように思えるのは気のせいだろうか。一度そうと思ったら最後、そうとしか思えなくなる。
こうしている今も先輩の時間は終わりへ向かっていく。
そこで考えるのがこの話題で果たして正解なのか。微笑を結ぶその横顔に後悔の色は伺えないが──それがどれだけ残酷なことか。
「わたしもこれまでそういう……なにかに命を懸けたことってないかな。そうしたいって思えたことも多分ないんだよ」
「でも普通はそうですよね」
「うん。普通に毎日何となく生きて、何となく進学して……きっと普通に就職して結婚って思ってたから。でもそう思えたのも最近でさ」
ポツリと呟き、苦笑に眉を寄せる。
「もしかしたらわたしはなにか偉大なことをやるんじゃないかって期待したこともあったんだよね。熱量も気合も気概もないけどさ……」
「あぁ……」
痛いほどその想いがわかってしまう。
きっと僕や先輩だけじゃない──人間誰もが一度は思う事なのかもしれない。自分は特別で、今は本気を出していないだけ。
しかし次第に気付かされる。
自分は特別な人間なんかじゃなく、どこにでもいる普通の人間。
普通に生きて普通に死んでいくのだと。
「わたしは特別じゃないって気づいても落ち込まなかったんだよね。そんなもんか、くらいで」
「まぁ……ある意味逃避ですからね」
「だからなにか命を懸けてやるっていいよなって思えるんだと思う」
「昔、部活やってたって言ってましたけど……それはそうでもなかったんですか?」
「まぁ強制だったしねぇ。だからそんなに真面目じゃなかったよ。なんとなく」
「想像できます。でも先輩はらどこでも上手くやってけそうですけどね」
「まぁ楽しかったしね」
ふふ。
遠い昔に思いをはせているのか、その笑顔は僕ではなく遠い過去を見つめていた。そして何か思い残したことでもあるのか、程なくして溜息が落ちる。
「でも……今思うともう少し全力でやってもいいかなって思うんだよね」
「あるあるですよね」
「うん。もし全力でやってたら違うわたしになってたかもしれないしね」
「でもなにかに熱中するなら今からでもいいんじゃないです?」
「今からかぁ……それならキミに熱中ってことで」
「……照れますけど、じゃああるってことで」
ノータイムで普通のリアクションで返されてしまい、顔が熱い。少しでも冷静になろうとペットボトルのジュースを喉へ流し込む最中も、先輩は顎へ手をついてぼうっと正面を見つめていた。
「でもきっとそう言う事じゃないんだよね……将来の夢、みたいな。なんかそういうのがあれば変わったのかな……」
「もしもの話はわかりませんけど……。だとしたら僕は先輩と会えないかもしれなかったんですよね」
「確かにね。でもさ、やっぱり考えちゃうんだよね。もうすぐ死ぬって相変わらず現実味はなくてさ……漠然と恐怖だけが先にあるんだよ。人生が終わろうとしている中で、わたしはなにを残したのかなって。生きてる、生きてた痕跡と言うか、人生の意味と言うか……」
ぽつぽつと色んな言葉を、感情を込めて呟く。
嬉しいのか、悲しいのか、楽しいのか、哀れんでいるのか。
言葉の節々に込められた想いを取り零さないように耳を澄ませ、その一つ一つを大事に胸に収める。
「キミはなにかある? 生きてる意味みたいな」
「意味、ですか……。引きこもりに聞きます?」
「だとしても、だよ。キミにはキミの正義があって今の生活をしてるわけじゃない? そこに意味があると思うんだよね」
「意味、ですか……。みんながそういうのを持ってるわけでもありませんからね。自分が納得して終われたら。今はそう思ってます」
それも嘘かもしれない。
ただ綺麗な言葉を並べただけ──今の僕は父親のお金でただ生かされているだけ。いや、死んでいないだけだ。
まだ正確には自分の人生を歩んでいるわけじゃない。
ただ漠然と日々を生きてきたツケ。それが今の僕なのだから。
「納得、か……。それが一番かもしれないよね」
ふふ。
先輩はただ小さく笑い、自分の手のひらをジッと見つめる。
そしてただ一言──。
「納得して終われたらいいな……」
そう呟くのだった。