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第30話『――ボス戦――』

「最後にもう1度、ボス部屋の仕組みを説明する」


 パワーレベリングのかいあって、レベルアップした莉奈りなは恐怖心と戦いながらも思い通り戦えていた。

 そして今、僕たちはボス部屋へ繋がる階段に辿り着いて上っている。


「小賢しい話だけど、ボス部屋に入った瞬間にステータスが全て1に戻される」

「それ、何度聞いても理不尽だね。せっかく頑張ってレベルを上げても、それじゃ全然意味ないもん」

「本当にその通り。初見で情報を仕入れていないと、ほぼ必ず負ける。そして、何度攻略を試みても、戦闘中にステータスを確認する余裕はないからね」

「身体能力も落ちるってことは、もう地上で生活している人たちと一緒ってことだよね」

「うん。動きに鈍くなるし、攻撃の威力も弱くなる。モンスターの攻撃はかなり痛いし」

「そうだよね……相手は普通のモンスターじゃなく、ボスなんだから――って考えると、さすがに考える時間はちょうだーいって感じかな」


 無理もない。

 冒険者や探索者になって必ず通過しなくてはならない難関だ。

 そもそも、ボスへ挑むかどうかも自主的に判断できるし、心の準備を整える時間だって設けられる。


 しかし今の特殊な現状で、それは叶わない。


 さすがに強引な攻略はできないしやりたくないと思っている。

 僕は既に攻略しているから問題ないが、莉奈りなにとっては全てが初めてばかりだから、精神面の負担がかなり大きいはず。


「撤退も視野に入れながら戦おう。時間の猶予はなくても、絶対じゃないし」

「ありがとう。でも、私だって頑張るよ。太陽たいようが私のためにいろいろ経験させてくれたわけだし。それに、最大の難所を突破できたら気は緩められないけど、地上に出られるんだから」


 生きる目的があるというのは、本当に活力をみなぎらせる。


 僕も、経験があるから、武器があるから、と余裕ぶっているわけにはいかないな。

 少なくとも、ここは・・・2人で切り抜けなくちゃいけない場所だから。


「もしかして、太陽たいようも同じになっちゃうの?」

「今の状態でどうなるかは試してみないとわからない、かな。一応、ステータスがそのままだったら状況が状況だから僕が倒すよ」

「期待……しちゃダメだよね。うん、わかった」

「常に離れないよう立ち回ろう」

「うん、頑張るっ!」


 僕は大扉に手をかけ、押し開く。


 そのまま中へ入ると、部屋の中心に【ファウルフ】と取り巻きの【ダイウルフ】が両脇に佇んでいる。

 しかし先手必勝とはいえ、まだ責めない。


 まずはステータス等の確認。


――――――――――――――――――――


 隼瀬はやせ太陽たいよう Lv11

 Hayase Taiyo

 HP100/100――――――――――

 MP100/100――――――――――


 体力  1

 防御力 1

 攻撃力 1

 俊敏力 1

 精神力 1

 知力  1


 振り値 11


――――――――――――――――――――


 まあそうだよね。


「莉奈、一緒に戦おう」

「うんっ」


 僕たちは前進する。

 できるだけ音を出さないよう、1歩、また1歩と。


 だけど油断はできない。

 さっきまで戦っていた通り、【ダイウルフ】は嗅覚も侮れないから、最後まで近づききることは無理だ。


 だから、ここからは一気に――!


「――っ!」

「――っ!」


 莉奈もしっかりとタイミングを合わせて駆け出し、弱点である頭部と胸部に剣を突き刺した。

 僕は直剣で背中から心臓へ、短剣で頭部を突き刺して討伐完了。


 ここまで大胆に動けば、当然【ファウルフ】は反応する。


『ンガァウゥ!』

「距離をとろう!」

「うんっ!」


 僕が莉奈の方へ移動し、間隔5メートルぐらい離れる。


「理不尽な条件だけど、ボス部屋特有の利点もある。あの咆哮でも、仲間が寄ってこない」

「なるほど、それはありがたい」


 右手に棍棒を握っている【ファウルフ】は、その場でブンッブンッと風切り音を立てて威嚇してきている。


「でも、理不尽な条件を押し付けられていることを忘れないで。こっちの攻撃は通りにくいけど、あっちの攻撃はとんでもない威力だから」

「うん……あれより、もっと大変なことになるってことだもんね」


 正直な話、僕の剣なら【ファウルフ】を時間をかけずに討伐できる。

 でも、それは自分だけが思い通りに動けたらの話。


 悠長なことを言ってはいられないけど、少しでも莉奈に経験を積んでもらいたい。

 それに、もしものときは僕がすぐ立ち回れるようにしておく必要がある。


 だから、僕がやるのは攻撃をさばいて防御。


「莉奈は攻撃に集中して。僕が攻撃をどうにかする」

「やってみる」


 ……莉奈の声と手が震えている。

 そうだよね、怖いよね。

 僕だって最初はそうだった。

 いくらパーティメンバーが居たとしても、やっぱり初めてのボス攻略は期待よりも心配と不安が勝っていたから。


 だから僕はそれら緊張を乗り越える一助をする。


「いくよ――」

『ンガアアアアアッ!』

「ふっ! はっ!」

『ガア! ガウ!』


 本当、ステータスが1の状態で戦うにはあまりにも強敵だ。


 攻撃手段が棍棒だけだと思わせておいて、空いている手で殴りかかってくるし、頭部は狼のソレだから噛みつきだってしてくる。

 かといって反撃してみると、厚い体毛で刃渡りが短い武器ではほとんど攻撃が通ることはなく、リーチが長い武器だと掴まれる可能性が出てきてしまう。


 そして、ステータスに頼り切っている戦い方を続けたら直面する問題――体力。


「はぁ!」


 攻防が長引けば長引くほど、前衛の体力はすぐに消耗していく。

 攻め切れないのはたしか。

 だからこそ、こうして1人が超近接で戦い続けたら隙が生まれる。


「莉奈!」

「はぁあああああ!」

「回避!」

『ガアアアアアアアアアア!』


 僕を無視して、背後から攻撃してきた莉奈へ、まるで邪魔な虫を払うかのように棍棒を振る。

 でも、莉奈はその攻撃を既に経験しているんだ。

 合図がある前には回避動作をとっていた。


 よかった、経験がしっかりと生きている。

 だったら僕も焦らず、何度も莉奈が攻撃できる隙を作り続けるだけ!


「はぁっ!」

『ガウワウ! ガァ!』

「まだまだ、はっ!」

「はぁあああっ!」

『ンガァ!?』


 取り巻きを初手で討伐できていなかったら、正直ここまで上手く戦うことはできなかった。


 それができたのも、莉奈が絶望的な状況でも諦めることなく立ち上がり、困難に立ち向かい続けて経験を重ねてきたからこそ。

 一度は恐怖に足が竦んでしまったけど、立ち上がって自分の意志で足を進めてきた。


 ――この戦い、間違いなく勝てる。


「莉奈、次で最後だ!」

「うん!」

「はぁ!」

『ガファファ』


 あえて短剣を握らせ、完全に動きを止める。

 勝った、と微かに笑みを浮かべているが――誘われたのはそっちだ。


「はぁああああああああああっ!」

『ガファ!?』

「正面からも――!」

『ガッ――グファ……――』


 前後から直剣を突き刺し、【ファウルフ】は完全に脱力して倒れ――消滅。


「やっ――やったぁ! やったよ太陽! 私たち――いや、私? わからないけど、勝ったんだね! 勝っちゃったっ」


 嬉しそうに飛び跳ねたり回っている姿を見ていると、昔の自分を観ているかのようだ。

 僕だけじゃないか、みんなそうだった。

 みんなで一緒に飛び跳ねて、ハイタッチして、踊ったり。


 そんな懐かしい記憶が蘇ってくる。


「おめでとう。良い攻撃だったよ。回避も良かった」

「えへへぇ、ありがとう。私、怖くて震えてたけど教えてもらったことをちゃんと活かせたよ。それに、太陽が攻撃を全部どうにかしちゃってたんだもん。これで何もできなかったら、恥ずかしくて探索者やめちゃうよ」

「ボス攻略、本当におめでとう。そして、お疲れ様」

「う、うぅ……わ、私……頑張った、頑張ったよぉ」

「う、うん。こんな部屋の中心で話しているのもアレだから、出入り口まで歩こうか」


 莉奈は、感極まって泣き始めてしまった。

 たぶん今まで緊張の糸がキリキリと音が鳴りそうなぐらい、ギリギリだったんだろう。

 それがたった今、緊張という名のストレスから解放されて押さえつけていた感情が溢れてきてしまったんだ。

 同じ歳で何を偉そうに、という話だけど、莉奈は本当によく頑張った。


 ……だけど、僕はこんなときに気の利いた言葉をかけてあげられない。

 ダンジョン攻略ばかりの日々だったから、という言い訳が通用するかわからないけど、単純にこんな状態の女の子へなんて言葉をかけてあげたらいいのかわからないだけ。

 紳士的な対応を心掛けるなら、何も言わずとも背中を撫でてあげるとか……?

 いやでも、そんな慣れないことをしたら気分を害しちゃうかもしれないし……どうしたらいいんだ……どうしたら……。


「……」

「ぐすんっ――すんっ」


 そもそもアレか、なんとかく逃げるために言ったけど場所を移動するのっておかしかったかな。

 少しでも気分が整理できたり、泣き顔を見られたりするのは嫌かなって思っての発言だったんだけど。


 わからない、わからないよ。

 こんな場面でどうするかなんて知識はないし経験もない。

 誰も教えてくれなかったし、教えてくれそうな人も居なかった。


 いったい何をしてあげるのが正解なんだぁあああああああああ!


「はっ」


 そんなこんな葛藤していると、出入り口の扉前に辿り着いてしまった。


 マズい、どうしよう。


「さすがに疲れただろうから……かっ、階段でちょっと休憩しちゃったりしない?」

「――ふふっ。太陽ったら、なんだか変なのー」

「いやあのこれはなんと言うかあれと言うかどうしようかなとか考えながら次のことを考えていたりして」

「変だよー、早口だし。私より呼吸が荒くなってるよ」

「そ、そう?」


 僕としたことが、平常心平常心。

 ダンジョンで数々の死闘を繰り広げてきたじゃないか。

 ボスだって何体も討伐したんだから、こんんんんんな状況で動揺してどおおおおおするっていうんだ。


 たしかに呼吸が苦しいような気がするし、動揺しているせいか顔が熱くなってきているような耳もついでに熱くなってきているような。

 落ち着け僕、落ち着け僕、落ち着け僕。


「――お疲れ様、いろいろとありがとうねっ」

「うん、お疲れ様」


 こうして、なんだかんだあったけど僕たちの最大の難所であったボス攻略は終わった。

 残る課題はまだまだあるけど、今は本当にお疲れ様だ。

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