宿に戻ってすぐ、
結果、地上へ帰る目的として掲げていた通り母親のところへ向かうことに。
僕は1日中自由時間になったわけだけど、まるで覗かれていたのかと錯覚するタイミングで受付嬢から連絡が来た。
そして今、とあるカフェの最奥席で向かい合って座っている。
午前10時ということもあり、周りに他の客は居ない。
「それで、こんな場所で話っていうのはどういう内容で?」
「いえ、お堅い話というわけではありません」
テーブルの上には、僕がココア、受付嬢がパフェとカフェオレが並んでいる。
この場の会計は経費になるから、ということらしい。
私情で会う食事ではない、という意味でしか捉えられないんだけど、お堅い話じゃないとすれば逆になんの話なのだろうか。
「まずは、これまでのいろいろを謝罪させていただきます」
「あまり心当たりがないのですが」
頭を下げられても、すんなりと受け取ることはできない。
まず本当に何についてなのかわからないというのと、いろんな考察をしていたことを悟られると今後がどうなるかわからないから。
「朝に連絡してくださったときです。あのとき、実は仕事をミスした後でして。暗い雰囲気で対応してしまい、申し訳ございませんでした」
「そうだったんですね」
え、これは何か意図があって誤魔化しているのか、上の命令でそう言うように仕向けられているのか。
僕は探りを入れずに純粋な反応を返すしかないけど。
でも、照れながらパフェにスプーンを入れている様子を見ると、そのままの意味で捉えたくなる。
「私、こうやって担当を任せていただいていますけど、立場的には下っ端もいいところなんです」
「そうなると、随分と厄介な役割を押し付けられちゃいましたね」
「いえいえ。実は、珍しく自分から立候補させていただいたのですよ」
「そうなのですか?」
「さすがに怖くなかったか、と聞かれたら得体の知れない人間相手ですから恐怖するところはありました。もしかしたら怖い人かもしれないし、そもそも言葉が通じないかもしれないですから」
「ですよね」
「でも私、すっごく異世界ファンタジーに憧れているのですっ!」
「は、はぁ」
こ、これは……初対面で顔を合わせたときの受付嬢そのままだ。
話を進めたいのか、パフェを食べ進めたいのかパクパク口の中へ運んでいるけど、ずっと目がキラキラと輝いてテンションが上がっているのが見てわかる。
「だから、自分の目で確かめたり関わったりしたかったのです」
「では望みは叶っている、ということですね」
「はい!
生粋の物好きとはこのことか。
さすがに、この様子を演技しているなら僕に見破ることはできない。
騙されているかもしれないとはわかっていても、もう疑う余地がないな。
「それで、手違いというわけではないのですが。口座の方へ追加でお金を振り込ませていただきました」
「え?」
「以前、活動資金として100万円をお渡ししました。ですが、本来の金額は1000万円だったようでして。そのことで上の人にお叱りを受けました。それが、朝の出来事です」
「なるほど」
これはいよいよ、受付嬢は素直に話をしている以外ありえなくなってきた。
上の目論見はまだ把握できないけど、この人は貴重な情報を握っているわけではなく、操り人形のように動いているだけなのかもしれない。
だったら、僕も勘ぐるのはやめにしよう。
「後ですね、配信の方が凄いことになってましたよ」
「配信の方ですか? 僕、あれから活動はしていないですよ」
「正しくは、配信の考察や流れがSNSなどで複数展開されている。という感じですが」
「どういうことですか?」
「なんと言いますか。太陽様が辿られた出来事や活躍、ご同行されているお方の成長が文字起こしされていたり、応援されている。という感じに」
「え」
「どうなされますか? 一時的にアーカイブを非表示にしたりできますが。お名前や個人の情報が含まれていましたから、情報が拡散される前に何かしらの行動はしておいた方がいいと思われます」
「……難しいですね。個人の情報とかは、僕だけならまだしも彼女にとってはマイナスでしかないですから、非公開の咆哮でお願いします」
「わかりました。今すぐに設定しますので、少々お待ちください」
受付嬢は、内ポケット付近から携帯端末を取り出して操作し始める。
「お願いします」
この世界に未だ馴染んでいない僕でも、個人情報の拡散に伴う危険性はある程度理解できる。
僕のことは、正直どうなってもいい。
なんせ、この世界に還ってきたところを報道されていたというのだから、もう手遅れだ。
それに副業として配信活動をしていくのなら、どちらにしても遅かれ早かれなわけだから。
これは本人だけの問題ではなく、ご両親にも関わることだし。
入院している母親に迷惑をかけてしまうかもしれない。
僕は……。
「お待たせいたしました。一応、配信サイトの規約上で切り抜き等の行為は禁止となっておりますので、大幅な拡散は防げると思います」
「ごめんなさい。いろいろとわからないですけど、対応ありがとうございました」
「あ、そうですよね。配慮不足でした、ごめんなさい」
「元々こちらの世界で生活していたのに、お恥ずかしい限りです」
「そこら辺は少しずつ慣れていきましょう。私も協力させていただきますので」
「お気遣いいただきありがとうございます」
こちらの世界が久しぶりということもあるけど、このココア美味しい。
どうせだったらお言葉に甘えて、他のものも注文してみようかな。
「私、お呼ばれしたら太陽様のところへ行っていい、とのことになりましたので本当にいつでもお呼びください」
「え? 通常の業務があるのでは?」
「あるのはありますが、作業量が減らされて簡易化されたのですよ。ですので、調べごとを頼まれても対応可能です」
……どういうことだ。
今回の1件から、監視体制を変えるということなのだろうか。
それに伴い、詳細を知らないこの人を利用して傾向を探ろうとしている?
待てよ、僕は一番ありえなさそうな可能性を完全に捨てていたけど、そういうことなのか?
「上の皆さん、とっても優しい人たちでして。いろいろと心配してくれるんですけど、太陽様についても心配なされているのです。『慣れない世界を行ったり来たりして、心身ともに疲れているのではないか』、と」
「……」
一番可能性がないと思っていたのに、まさかのまさか。
「なので、『少しでもサポートしてあげなさい』ということになりまして」
「そうだったのですね」
この組織の人たち、単純に良い人たち説。
完全にそう結論付けるにはまだ早いけど、一番濃厚になってしまった。
「あ、話の途中でごめんなさい。注文しようと思っているのですが、何か頼みませんか?」
「そうですね――」
肩透かしを食らった気分だ。
でも、今だけは肩の力を抜いてみようかな。
「僕もパフェとかケーキを食べてみたいです」
「ほうほう、いいですね。じゃあ私もショコラケーキを頼んじゃいます」
「ついでにメロンクリームソーダもお願いします」
「じゃあじゃあ、私はチーズケーキも頼んじゃいます」
「ふふっ。意外ですね、甘い物がお好きなのですか?」
「こういうの、あちらでは食べられなかったので」
「そういうことでしたか……では、ミルクレープケーキも追加しましょう」
「大丈夫ですかね」
「私も甘いものが大好きなので、大丈夫ですよっ」
僕も、今だけは少し休憩しよう。