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第34話『今後の方針は末恐ろしく』

「あの、僕はお金をそんなに持って来てないのですけど」

「大丈夫ですよ。飲食物は全部経費になりますので」

「いいんですかそれ」

「そう言われているので、何も問題ありません」

「でもその通りなら、これは経費に含まれないのでは」

「これはこれです」


 僕たちはショッピングモールに来ているわけだけど、ドリンクやクレープを食べて休憩したり、洋服店に立ち寄ったりしている。

 今は靴屋に来ているわけだけど、悪いことをしているわけではないし、これといって用事があるわけじゃないからいいのかな……?


「お仕事上、職場では制服にヒールと固定して服装なので、こういうスニーカーとかを履く機会が少ないのですよね」

「普段の休日はどんな感じなのですか?」

「ほとんど外出しないですね。妹とお話したり、ゴロゴロしたりです。ですので、こうしてお仕事として外出できるなんて最高な気分です」


 楽しそうにいろいろと目移りしているから、たぶん本当なんだろう。


 思えば、僕もこっちの世界に還ってきたんだから、こっちの世界での生き方に適応しなくちゃいけない。

 あっちの世界では、ずっとダンジョン攻略に勤しんでいたし、稼いだお金の使い方と言えば装備やら回復薬やらに費やしてばかりだった。

 今だって支給された衣類とか装備を使っているわけだし、こっちの世界でのお金の使い方を考え直そうかな。


 ん? それだと、あっちの世界と同じになるんじゃ……?


「見てくださいこの水色のスニーカー可愛いですよね」

「似合っていると思います」


 右に左に様々な靴が並んでいるわけだけど、ここは女性ものしかない。

 せっかくだったら自分の物も選んでみたいところだけど、一緒に店内へ入ったのに別行動するのも変だしね。


 でも、冷静に考えてみたら流されるように始まったデートなんて、初めてだ。

 あっちの世界でもそれに似た出来事はあっても、装備の新調をその枠に入れていいのかわからない。


太陽たいよう様も、靴を選びますか?」

「いえ、今日のところは辞めておきます。部屋に新品の靴があったら何事かと思われるかもしれないので」

「そういえば、私たちのことはお話していないのでしたら板挟みになって窮屈になってしまうかもしれませんね」

「支援金のことは話題に出しましたが、制度の方だと思われているようでして。それはそれで都合がよかったのですが、追加のお金はどうしましょう」

「そこの判断はお任せいたします。彼女に私たちのことを伝えてもらっても構いません。ですが、その代わりに太陽たいよう様と同じ役割を担ってもらうことになりますが」

「……」


 その件については、ずっと決めあぐねている。

 僕と一緒に行動していたら、前回同様にパワーレベリングをして強くなる手伝いができるし、莉奈りなの安全性を増すことが可能だ。

 でも、探索者としての経験が浅いままレベルアップし続けると、油断を招くことになるしそれに伴って危険性も増してしまう可能性だってある。


 それに加え、莉奈りなはちゃんとした生きる目的もあって家族との時間を大切にしたいはず。

 これからの活動は何をするかわからないけど、巻き込むかたちで同行してもらうのはさすがに気が引ける。

 まだ、これといって事情を話さないといけない状況になっていないから結論を急ぐ必要はないけど、常に頭の隅に置いておかないとね。


「わぁ~、このエメラルドカラーのパンプスも可愛い~」

「派手目の色が好きなんですか?」

「好みと言えばそうですけど。普段がお堅い感じの白と黒ばかりなので」

「なるほど」

「毎日着ていく服を考えなくて済むので、それはそれで楽なのでいいのですが」

「学校とかと一緒ですね」

「あ」


 受付嬢は、唐突に立ち上がったと思ったらパパパッと靴を持ち出してレジへ急行。

 僕はどうすればいいのかわからないから、とりあえず待機することに。


 今の流れで何か閃いたのか、それとも僕が触れてはいけない話を出してしまったのか。

 そういえば、凄く今更だけど受付嬢の名前と年齢を聞いていなかったような?

 いや、女性に対するこういった質問の仕方は一歩間違えたら大変なことになるからやめておこう、特に今は。


 あっちの世界で得た、痛い思い出とあのとき飛んできた頬への痛みを思い出していると、受付嬢は手ぶらで戻ってきた。


「お待たせしました。全部郵送の手配をしてきたので、このまま移動できます」

「手際が良いですね」

「まだまだデートは続きますからね。とはいっても、太陽様なら重い荷物ぐらいなんてことはないと思いますが」

「いえいえ、さすがに腕は2本までしかないので限度があります」

「それもそうですね。ではでは、お店を出ましょう」


 足並みを揃えて外へ出ると、受付嬢は肩を寄せてきた。


「僕、こういったとは実質初めてなのでエスコートとかできませんよ」

「それはそれで光栄でもあり、そこまでお気遣いなさなら大丈夫です。と言いながら、用件は別にあります」

「と言いますと?」

「彼女を訓練する場所と公開処刑の手順を思い浮かびました」

「それは興味深いですね」

「では、腕を拝借させていただきました」

「え」


 受付嬢は、まさかの僕の腕へ腕を絡ませてきた。


「ちょっ」

「太陽様って、初心なんですね。まあ、私も初めてですけど」

「見かけによらず、大胆なんですね」

「一言余計です。余計なことは考えず、このまま歩く速さを合わせて胸を張っていてください」

「わ、わかりました」


 さすがに胸の高鳴りが収まらない。

 しかも、左腕に絡まれているから心臓の音が聞こえているかも……と思うと、余計に意識してしまう。

 こ――こんなこと、あっちの世界では経験したことないですって。


「彼らを取り逃がさないためにも、そこまで時間はないと思っていただきたいです。ですので、ダンジョン入り口の施設をご利用ください」

「そこで、莉奈に訓練をつけると」

「はい。あそこは酸欠状態を防ぐ設備もあれば、こちらが用意する回復薬もお預けいたします。厳しさなどは太陽様に一任したしますので」

「至れり尽くせりですね。彼らには、どれほどの制裁を?」

「それもお任せいたします。ですが、蹴落とした相手に敗北するということはかなり屈辱的な仕打ちになると思います。それに加え、あちら側の配信を利用し、探索者が利用する各施設にある映像機器を、彼らの配信に切り替えます」

「随分と恐ろしい職権の使い方ですね」


 目には目を歯には歯を、配信には中継を――という意味なんだろうけど。

 容赦のなさは、再発防止と注意喚起の意味があるんだろう。

 まあでも、僕は僕で注意しないといけないことが間接的に伝わった。

 要するに僕が配信上で口を滑らせたり、他人に悪影響を及ぼす活動をしているのなら、いつだって同じ目に遭うということだ。


 これは、あっちの世界では起きえないことだから良い学びになる。


「しかし、逆を言えば敗北すれば一種の人間からは笑われ者になる危険性も含まれている、ということでもあります」

「……たしかに」

「突如始まった中継に、人々は傍観者であるでしょう。しかし、事情はやり取りの間で勝手に広まります。そして、そこからは傍観者は視聴者となります」

「見向きもしない人たちの心を掴み、味方にする。ということですね」

「はい、その通りです」

「そうすれば視聴者が今後の監視の目となり、彼らは肩身が狭くなり、悪事の抑制になる」

「素晴らしいです、太陽様」


 あまりにも恐ろしい作戦だ。

 失敗をしたら笑い者、成功したら事実の周知と今後の対策を同時にやり遂げられる。

 そして、さらに恐ろしいのが彼らの探索者資格の剥奪を行わないこと。


 実質的な社会的制裁をするにもかかわらず、野放し状態にされることで謎のプレッシャーを植え付けるということか。

 本当に恐ろしい。

 つくづく敵に回したくない組織だ。


「さて。今後の方針も決まったことですし、今日はまだまだ時間がありますのでデートの続きに戻りましょう」

「はい。一応ですが、何時までの予定ですか?」

「んー、夜ご飯までのフルコースで」

「わ、わかりました」


 この受付嬢、本当に日々の仕事は受付なのか?

 頭も体力も使っているというのに、これから数時間は余裕っていうんだから、さすがに疑っちゃうよ。


 そんなこんな考えても、受付嬢は話が終わったのに僕の腕を話してはくれないし、楽しそうにあちらこちらへ指を差しているし。

 まあでも――僕もいい息抜きになるし、残りの時間も楽しむとしよう。

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