冬の気配が濃くなるにつれて、セレフィーナの心は、静かに、けれど確実に凍りついていった。
向けられるのは冷たい視線、冷たい言葉、冷たい仕草。
それが、彼女に与えられる世界のすべてだった。
朝、孤児院の教室に入ったセレフィーナの白銀の髪に、何かが絡みついていた。
そっと指先で確かめると、それは噛みかけのチューインガムだった。
粘りついたそれは、引き剥がそうとしても取れず、かえって白い髪をぐしゃぐしゃに絡め取った。
繊細な糸のような毛先が何本も千切れて、床に落ちた。
その様子を見ていた子どもたちは、笑い声をあげた。
「見てよ、呪いの糸が切れた!」
「きっとあの髪、毒があるんだよ。触ったら死ぬって!」
声を上げたのは、リオ。十歳の少年で、いつも群れの先頭に立っていた。
セレフィーナは教室の隅の椅子に座ったまま、目を伏せていた。
一言も発せず、顔も上げず、まるで自分がそこに存在していないかのように。
笑われても、髪を切られても、押されても、彼女は何も言わなかった。
けれど、何も感じていないわけではなかった。
その痛みは、胸の奥で静かに沈殿していった。
やがて、小さな黒い染みのようになって、心の中をじわじわと染め上げていく。
その黒い染みは、名前のない想いとなって、彼女の奥深くで静かに広がっていった。
わたしなんて、いないほうがいい。
どうしてあの子たちは笑っているの?
どうして誰も助けてくれないの?
声にならない問いかけが、彼女の中でこだまを打ち続ける。
それは祈りではなかった。けれど、呪いでもなかった。
ただ“強く、静かに、思った”だけだった。
すると、周囲の空気が不自然に冷たくなることがあった。
教室の窓ガラスが白く曇り、吐く息は朝でもないのに真っ白になる。
静電気のような緊張が空間を満たし、誰もその理由をうまく説明できなかった。
ある昼休み、リオが階段から落ちた。
「誰かに背中を押された!」と彼は泣き叫んだが、そこに他の子どもはいなかった。
ただ、踊り場の角に立っていたのは、たった一人、セレフィーナだった。
誰も彼女が押した瞬間を見ていない。
だが、誰もが「きっとそうだ」と思った。
疑いではなく、確信のように。
それから、孤児たちは彼女に近づかなくなった。
その瞳に見つめられることを避け、目が合えば息を呑み、背を向けた。
「セレフィーナに睨まれたら、災いが起きる」
「呪われる」
「アイツは死神の娘だ」
そんな言葉が、空気のように院内に広がっていった。
数日後、リオの妹のマリエが突然鼻血を出して倒れ、高熱で入院した。
医師たちは原因を特定できず、彼女はうわごとのように「白い目が見てた」と何度も繰り返した。
その午後、セレフィーナは廊下の隅にひとりで立っていた。
目を閉じ、口元をかすかに動かしていた。
それは誰にも聞こえない囁き。祈りにも呪文にも似た何かだった。
けれど、彼女自身さえ、その意味を知らなかった。
ただ、“強く思う”ことが現実を歪めてしまう。そんな力が、確かに彼女の中には眠っていた。
夜になると、孤児院の空気が変わっていった。
電球が何の前触れもなく消え、暖炉が突然止まり、壁の奥からはすすり泣くような音が聞こえるようになった。
異変は日を追うごとに増え、誰もが見えない何かを恐れるようになった。
ある夜、セレフィーナに「人間じゃない」と叫んだ少女サラが、夢遊病のように歩き、二階の窓から落ちた。
雪に助けられ、命に別状はなかったが、目覚めてから彼女は何も話さなくなった。
その夜、セレフィーナは自分のベッドの上で静かに横たわっていた。
赤い瞳を伏せ、唇にはかすかな笑みのようなものが浮かんでいた。
だがそれは、決して喜びの笑みではなかった。
なぜ、こんなことが起きるの?
私は、何もしていないのに。
そう思いながら、彼女は胸に手を当てた。
そこには、まだ消えきらない温もりが、わずかに灯っていた。
けれどそれも、いつまで残るかはわからなかった。
世界は、彼女に氷のような孤独だけを与え続けていた。
そしてセレフィーナもまた、ただ静かに、それを受け入れ始めていた。