セレフィーナは、崩れゆく世界の中心で静かに意識を手放した。
灰と炎と沈黙の中で、彼女の小さな身体はまるで壊れた人形のように、そっと崩れ落ちた。
だがその瞬間、誰にも気づかれぬまま、一筋の光が空から降り注いだ。
それは陽の光ではなかった。
もっと柔らかく、もっとあたたかく、胸の奥を包み込むような光だった。
――救済の光。魂を癒す光。
セレフィーナの細い身体を、白い腕が優しく抱き上げる。
彼女の頬をなぞるように、静かな声が響いた。
「君をずっと見ていたよ。世界を憎んでいるね。
そんな記憶は……すべて、消してしまおう。
そして誰も君を傷つけない世界へ――僕が連れて行くよ」
その声は、凍えた心を溶かす春の風のようだった。
彼の声はまるで軽やかな音楽のように、頬を撫でる。
セレフィーナの周囲に、光が満ちてゆく。
悲しみも痛みも、ゆっくりと溶けていくようだった。
辿り着いたその場所は――どこまでも白く、どこまでも静かだった。
音もなく、風もなく、すべてがただ、やさしい沈黙に包まれている。
セレフィーナは、その無垢なる世界でそっと目を閉じた。
そして、眠った。
すると、不思議なことが起こった。
彼女のまわりの白い大地に、ぽつんと小さな花が咲いた。
淡い桃色、やさしい青、陽だまりのような黄色。
色とりどりの花が、まるで彼女の夢を祝福するように、そっと咲き始める。
それはまるで――
世界が、彼女に初めて微笑みかけたような景色だった。
やがて、彼女の長いまつ毛が微かに揺れた。
まどろみの境で、その光の中から、ひとりの青年が立っていた。
銀色のショートヘアは淡く光を反射し、澄み渡る空色の瞳が優しく彼女を見つめていた。
中性的で美しい顔立ちは、まるで天と地の狭間から現れた幻想のよう。
細身でしなやかな身体には無駄な力みがなく、ただそこに在るだけで、心を穏やかにする静けさをまとっている。
その背には、広げられた大きな白い翼――雲のようにやわらかく、神秘的な輝きを放っていた。
彼はまるで、空をかけるペガサスの化身のようだった。
この世のものとは思えない、けれどどこか懐かしい、そんな存在。
青年は、静かに彼女を見下ろし、微笑んだ。
そして囁く。
「おやすみ、眠り姫」
その言葉とともに、青年は空へと舞い上がっていった。
白い羽が、雪のように宙を舞う。
セレフィーナは、色づき始めた世界の中心で、静かに、今までで一番健やかに、眠り続けていた。
やさしさに包まれたまま。
何もかもから、ようやく解き放たれたまま。
それは終わりではなく――
新しい物語の、ほんの始まりだった。