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第9話 眠り姫

セレフィーナは、崩れゆく世界の中心で静かに意識を手放した。


灰と炎と沈黙の中で、彼女の小さな身体はまるで壊れた人形のように、そっと崩れ落ちた。


だがその瞬間、誰にも気づかれぬまま、一筋の光が空から降り注いだ。


それは陽の光ではなかった。


もっと柔らかく、もっとあたたかく、胸の奥を包み込むような光だった。


――救済の光。魂を癒す光。


セレフィーナの細い身体を、白い腕が優しく抱き上げる。


彼女の頬をなぞるように、静かな声が響いた。


「君をずっと見ていたよ。世界を憎んでいるね。

そんな記憶は……すべて、消してしまおう。

そして誰も君を傷つけない世界へ――僕が連れて行くよ」


その声は、凍えた心を溶かす春の風のようだった。

彼の声はまるで軽やかな音楽のように、頬を撫でる。


セレフィーナの周囲に、光が満ちてゆく。

悲しみも痛みも、ゆっくりと溶けていくようだった。


辿り着いたその場所は――どこまでも白く、どこまでも静かだった。


音もなく、風もなく、すべてがただ、やさしい沈黙に包まれている。

セレフィーナは、その無垢なる世界でそっと目を閉じた。

そして、眠った。


すると、不思議なことが起こった。


彼女のまわりの白い大地に、ぽつんと小さな花が咲いた。

淡い桃色、やさしい青、陽だまりのような黄色。

色とりどりの花が、まるで彼女の夢を祝福するように、そっと咲き始める。


それはまるで――

世界が、彼女に初めて微笑みかけたような景色だった。


やがて、彼女の長いまつ毛が微かに揺れた。


まどろみの境で、その光の中から、ひとりの青年が立っていた。


銀色のショートヘアは淡く光を反射し、澄み渡る空色の瞳が優しく彼女を見つめていた。

中性的で美しい顔立ちは、まるで天と地の狭間から現れた幻想のよう。

細身でしなやかな身体には無駄な力みがなく、ただそこに在るだけで、心を穏やかにする静けさをまとっている。

その背には、広げられた大きな白い翼――雲のようにやわらかく、神秘的な輝きを放っていた。


彼はまるで、空をかけるペガサスの化身のようだった。

この世のものとは思えない、けれどどこか懐かしい、そんな存在。


青年は、静かに彼女を見下ろし、微笑んだ。


そして囁く。


「おやすみ、眠り姫」


その言葉とともに、青年は空へと舞い上がっていった。

白い羽が、雪のように宙を舞う。


セレフィーナは、色づき始めた世界の中心で、静かに、今までで一番健やかに、眠り続けていた。


やさしさに包まれたまま。

何もかもから、ようやく解き放たれたまま。


それは終わりではなく――


新しい物語の、ほんの始まりだった。

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