魔族の国ナザガランの魔王城の玉座の間では、綿密な会議が開かれていた。
黒銀に光る鎧を身に付けた、長らしき人物が側近達の指揮を執っている。
「ガニアの谷へは
「は!」
「それと、西の…」
言い掛けて振り向いた拍子に軽くふらつく。
「魔王陛下!」
慌てて近くにいた一人が声を掛ける。
「…大丈夫、少し
魔王は机に手を置き、片方の手で冑の上から頭を軽く押さえる。
「いけません、昨日人間界に遠隔であの様な大きな防御魔法を掛けられたのですよ?お身体に触らない訳がないでしょう」
側近が怒った様に言う。
「しかし…」
彼が何かを言い掛けた時、急に玉座の間の扉が開かれて兵が飛び込んで来た。
「魔王陛下!大変です!勇者と名乗る者の急襲です!」
「何!負傷者は?」
「それが…剣は使わず殴る蹴るの大騒ぎで、物凄く強い女の子でして…」
「女の子?」
兵が言い終わらない内に後ろの者が激しく中に突き飛ばされた。
「何者!うわっ!」
側近達が剣を抜こうとするが、その前にぐいと掴まれて後方に飛ばされてしまう。
高く投げ上げられて落ちて行く側近から目を移すと、一人の少女がこちらを睨み付けている姿があった。
「…私は勇者、アリア=エルナディア。魔王、あなたは何故人間の村を焼いたの?」
「…勇者…アリア?!…俺が村を…?」
突然の勇者の登場に、驚いたのか魔王は言い淀んだ。
「何故村を焼いたと…聞いているの!」
アリアはここで初めて閃光の如く剣を抜き、魔王に斬りかかった。
ガィン…と鈍い音がして剣同士がぶつかった。彼も剣を抜いたのだ。
「ま、待て!」
「待たない!」
アリアは怒りに任せ、猛攻をかける。
風圧と衝撃波で玉座が割れ、柱に深い傷が付く。
魔王も剣技でいなしていたが、疲労のせいか脚元がふらついた瞬間、左下腹から右肩に掛けて鎧を突き切る程の攻撃を受けてしまい、膝から崩れ落ちそうになる。
「終わりよ!」
アリアが叫び、剣を振り上げてから、反動を活かして頭を目掛けて一気に振り下ろす。
魔王は咄嗟に頭を後ろへ反らした。
狙いを外した剣は額の端を掠め、その切先に引っ掛かった冑が外れて落ちた。
それは床の上でコロコロと転がって止まり、静寂が玉座の間を満たした。
そこには驚いた顔で止まっているアリアの姿があった。
鎧の下のワンピースとバニエが、遅れた様に揺れを止める。
剣は勢い余って床に大きく突き刺さっていた。
「…あなた、まさか…」
大きな瞳を更に見開いてアリアは言った。
その目には戸惑いと懐かしさが混ざっている。
「…ヴェイル…兄様…?」
冑の下から現れた顔は、威厳のある高年の魔王の姿などではなく、彼女程の歳の青年だった。
彼はふう、と息を吐いて言う。
「…やっと止まったか…今は俺が魔王なんだよ、アリア…久しぶりって言うべきかな…」
ちょっと殺されかけてるけれど、と魔王ヴェイル=ヴォルクリアは続けて言いたかったが、傷の痛みで堪らずその場に座り込んだ。
「あ…ヴェイ…ル…」
床にジワリと滲んで広がり出した彼の血を見て、アリアが我に帰った様に口に手を当て、狼狽えて数歩下がった。
その時、近くでブォンと音がして円形の魔法陣が現れ、中から屈強な鎧を身に纏った騎士が現れた。
「!」
一瞬で状況を判断したその騎士は、剣を引き抜きながらアリアを目掛けて突進して来る。
「やめろリューク!」
ヴェイルが叫ぶと同時にギィン!と金属がぶつかり合い、騎士は大きく後ろに飛び退いた。
見るとアリアと騎士の間に人の背丈程もある大斧を構えた女性が立っている。彼女の侍女のミレーヌだ。
「ミレーヌ…」
「…遅くなりまして申し訳ありません。アリア様」
そう言うと彼女はいとも簡単に大斧を一呼吸で振り抜き、戦闘体勢を取った。
戦場にはおよそ似合わないふわふわとしたゴスロリ調のドレスの長い裾が揺れる。
スリットから黒いタイツに包まれた脚と、太腿まであるソルレットが覗いた。
「…ミレーヌ…なのか?」
傷を押さえながら彼女を見たヴェイルが思わず言った。
「え?」
突然名前を呼ばれ、驚いた彼女は彼を見た。
「嘘…ヴェイル…様?」
「何?…どういう事だ?」
ミレーヌと相対した騎士が聞き返した。その時である。
「皆の者、武器を納めろ」
もう一つの魔法陣が現れ、中から威厳のある声と共に一人の騎士が現れた。
歩きながら冑を脱いで、敵意はない印として右脇に挟む。
年齢を刻んだその素顔の右眼の下には、ヴェイルと同じ王族の紋様が現れていた。
一堂も緊張を解き、武器を下ろす。
「魔王…グラディス=ヴォルクリア…」
アリアが彼を見て放心した様に言う。
「いや、今は『前魔王』だ。数ヶ月前に王位を息子に譲ったものでな…おや?」
グラディスは声の主に気が付き、足を止めた。
側近が駆け寄るヴェイルの状態にも目をやる。
「…これはこれは。賊にでも攻め込まれたのかと思っていたが、まさか人間の勇者とは…謁見の申請もなく、どの様なご用事でしたかな?」
アリアはすっかり萎縮してしまっていたが、
「…昨日、我が国に突然魔族の
と絞り出す様に答えた。
グラディスは暫しの間黙って彼女と側に立つミレーヌを見た。そして静かに言う。
「あなた方が来た国境からは分からなかっただろうが、…そこの窓から西を見てみて欲しい」
アリアとミレーヌは言われた通り、窓際に寄って恐る恐る外を見た。