ミレーヌとリュークは、2人で結界の破れがないか見に出掛けようとしていた。
「ミレーヌ」
「ハウエリア様」
彼女は声を掛けてきたハウエリアに気付く。
「出掛けるのですか?」
「はい。こうしている間にも襲撃があると大変ですので」
「そうですか。こちらへ」
ハウエリアはいつもの様に彼女の頭の少し上に両手を翳して唱えた。
「ハイエルフの祖、リーガレルタの祝福を」
祈りの光の魔法陣が現れ、聖なる光が降り注ぐ。
その様子を見ていたリュークが声を掛けた。
「ハウエリア様」
「はい?」
彼女がリュークに気付く。
「ヴェイルに『岩牛のリブ』を持たせてくださってありがとうございました。アイツの大好物なんですよ」
「いえ、こちらこそアリアを見て頂くのですもの。お好きなだけ持って行っていただいて良かったのですよ?トラフェリアの特産物ですし」
「……」
「さ、いってらっしゃいミレーヌ。気を付けるのよ」
ハウエリアはそう言うと、軽く会釈をして去って行った。
「ミレーヌ、先程までハウエリア様がおられた場所は何処だ?」
彼女が見えなくなったのを確認してリュークが小声で聞く。
「確か、地下の礼拝堂かと……」
「礼拝堂?何故だ」
「ルガリエル国王シュダーク様がそちらに時々お見えになるそうです。政治の指導や……王女の献上の件についてしつこく言われるとも言っておられました」
「なんだと?」
リュークの表情が厳しくなった。慎重に辺りを見回し彼女に言う。
「行くぞ。誰にも見られていない内に」
二人は礼拝堂へと急ぐ。
走りながらミレーヌが聞く。
「あ、あの……どういう事ですか?」
「あのハウエリア様は偽物だ。祈りの時の魔法陣の、古代エルフ文字の並びが違った。適当な光魔法で誰かが仕草を真似させた様に見えたんだ。だからわざと違う土産内容を言ってみてカマをかけたんだが……それが当たった。ヴェイルが持って帰った物は海産物だ。肉は持って行っていない。土産は彼女自身が用意させた物だから間違う筈はない」
「なんですって?」
「あっ!」
2人は礼拝堂の扉を開けると同時に、倒れているハウエリアを見つけて声を上げた。
「急げ!だが落ち着いて……」
リュークは彼女に駆け寄るミレーヌを背に辺りを見回す。
祭壇の中心部で、ルガリエルの国の魔法陣の気配を察知する。
必ず一対で置かれている筈のハイエルフの彫像も一体足りない。
ミレーヌは慎重に母の胸から生える花の茎を掴み、ヴェイルに教えて貰った術式を詠唱する。
「お願い……
大樹ユガドの植物は一瞬で霧と化した。
暫くして、ハウエリアの心臓が動き出し、目に光が戻った。呼吸も回復し意識を取り戻す。
「う……」
「ハウエリア様!」
「お母様!良かった……」
リュークとミレーヌが同時に言う。
ハウエリアがハッとして胸を抑える。
「大丈夫よ、お母様。ユガドの花は種ごと消え去ったわ」
ミレーヌの言葉を聞いて、はぁ、と息を吐く。
リュークが労う様に声を掛ける。
「いつか仕掛けて来るかもとは思っていましたが、こんなに早く動くとは……しかし上手く行きましたね」
「はい……でも、お、恐ろしかったです。シュダークの術のタイミングに合わせて、自分の身体に
「お陰で血管に植物の侵食が入り込まず除去が容易でした。お見事でした」
リュークが尊敬の意を込めて言う。そして視線をミレーヌに移す。
「シュダークがもう一度ここに来てハウエリア様のご遺体がない事に気付いてしまったら厄介だ。時間の問題かもしれないが……ミレーヌ、転移魔法で入って来れない様にこの礼拝堂の空間の封印が出来るか?」
「やってみます」
「あ、待ってください」
ハウエリアが言う。彼女は辺りを見回し、聖壇に2枚掛けてある飾布を1枚取った。
自分の髪を数本抜き、布に包んで祈る。
布が光り、花が咲いた植物が胸から突き出て倒れている彼女そっくりの人型となった。
「空間の封印よりこちらの方が自然です。この人形を放置しておきましょう。日が経つと朽ちて見える様にも細工してあります」
「お母様……」
「凄い……髪の毛だけでそこまで精巧に……」
ミレーヌとリュークが目を見張って言う。
ハウエリアははにかんで言った。
「胸の支えが取れたので……大聖女ですもの、これぐらいの事は、ね?」
リュークが頷き、更に提案する。
「あの偽物の人形には暫く動いていて貰わないと。ハウエリア様、あなたは何処かに隠れ住める場所はありますか?」
「ええ。暫く滞在出来る別城があるので数人の側近のみで向かいます。誰にも知られていない地下通路を使います」
「では急いでください」
「あの……」
ハウエリアが慎重に口を開いた。
「ルガリエル国王シュダークの真の目的は魔王ヴェイル様の討伐でした……詳細は話していませんでしたが、
「え……」
リュークの瞳に驚愕の色が見えた。