【前回までのあらすじ】
狂戦士『ウーヴル』の生き残り、ネガリダがリュークに仕込んだ根が暴走し、同時にトラフェリア城全体にも被害が及ぶ。その隙にアリアが攫われたが、ヴェイルが単独で全ての状況を救う。
この事件により、アリアの出自が本人に明らかにされる。
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更に遅い夜の時間の闇の中、トラフェリア城の尖塔の上に、人影が浮かんだ。
その者は魔法で書き上げた書簡である巻物を、空に向かって高く掲げた。
「魔王ヴェイル=ヴォルクリアより母、タイカーシア最高位魔術師パトラクトラ=ヴォルクリアへの伝令だ」
ヴェイルがそう言って暫くの後、暗闇から白い炎が現れた。
こちらに近付くと共にそれはフクロウの形になり、巻物を両脚で掴むと、また炎の形に戻って消えて行った。
「ナザガランと違ってトラフェリアの室内でこれやると火事になるな……」
彼はため息を付いて塔から飛び降りた。
次の朝、ヴェイルとアリアはお土産を入れて貰った袋を
アリアが残るリュークに言う。
「行ってきます。リューク様、お馬をお借りしますね」
「ああ」
「お母様とミレーヌを頼みます」
「おう、任せとけ」
「アリア」
ハウエリアがアリアの前に一歩踏み出し、彼女の首に菱形のアイスクリスタルが付いたペンダントを下げてやった。
「これを。……私だと思って肌身離さずに着けておいてね」
「わあ、綺麗。ありがとうございます」
喜ぶアリアを見つめ、淋しそうに微笑む。そして彼女の頭の少し上に両手を翳して唱えた。
「ハイエルフの祖、リーガレルタの祝福を」
祈りの光の魔法陣が現れ、聖なる光が降り注ぐ。
「ありがとうございます。お母様」
心なしか彼女の瞳が潤む。
「いってらっしゃい」
ハウエリアも切なそうな笑顔を浮かべて返す。
アリアが
「では、失礼します。アリアをお借りします」
そして2人は向きを変え、ナザガランへと
「ヴェイル様、嬉しそうですねぇ……」
ミレーヌが幸せそうに見送りながら言う。
「……光玉貝、アイツ大好きだからな」
リュークもポツリと返した。
「それにしても、国民にも誰にも知らせずにお2人をお送りして良かったのですか?一国の姫の出立なのに…」
「前の
それに今の絵面は完全に『魔王が人間の国の姫を「無理矢理」連れ帰ってしまった』絵面じゃないか。大騒ぎになるだろう……」
「……」
ミレーヌはリュークに言われてポカンとしていたが、暫くして小さく「あっ」と言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
2人を見送った後、ハウエリアは1人で城の地下に降りて行った。
螺旋階段を降り、通路を少し歩いて扉を開くと、そこには小さいながら荘厳な造りの礼拝堂があった。
長く赤い絨毯が祭壇まで真っ直ぐに伸びている。その両脇には祈りを捧げるハイエルフの像が並んでいた。
彼女が進む祭壇の中心に、1人の人物が立っていた。
ハウエリアは彼の前に恭しく膝を付く。
「ルガリエル国王シュダーク様。仰せの通り、アリアと魔王ヴェイル=ヴォルクリアを共にナザガランへ送りました」
その人物はゆっくりと彼女を見下ろす。
「……アイスクリスタルは持たせたのだろうな」
「はい」
彼は向きを変え、空を仰ぐ。
「魔王ヴェイル=ヴォルクリア。奴め、
ルガリエルの国王、シュダークの姿がみるみる年老いた。
しかし、すぐに元の若く精悍な顔付きのハイエルフに戻ると、苦々しそうに呟いた。
「だが……今度は逃さぬ」
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「シュダーク様」
「なんだ?」
ハウエリアがオドオドとして言う。
「……その、アリアが言い出さなければわたくしからナザガランに行かせるつもりでしたし、何もかも全てをあなた様の命に従いました……これでミレーヌの献上はご勘弁頂けませんか…?」
「……そうだな」
「では」
彼女の顔がパッと明るくなる。
「ハウエリア。私は一つ思い付いたのだよ」
シュダークが振り返って言う。
「はい?」
「……お前ではなく、私の言う通りに動く『ハウエリア』がいればいいのではないか、とな」
彼女を見つめる彼の目が、ギラリと光った。
「はっ?!」
ドクン……とハウエリアの中で何かの鼓動が聞こえ、彼女の目は光を失った。
ゆっくりと崩れて行く身体の胸元からは、大樹ユガドの種から生えた芽がスルスルと伸び、やがて可憐な花を咲かせた。
静かに地に臥したハウエリアから目を逸らしたシュダークは、並んでいるハイエルフの像の一つに術を掛けた。
像は途端に彼女そっくりの姿となり、彼の前に静々と歩いて来た。
「今からお前はトラフェリア国女王ハウエリア=エルナディアだ。傀儡となり私の命を聞け」
「はい」
「行け」
―傀儡人形が外に出て行ったのを見届けたシュダークは、倒れているハウエリアを一瞥し、魔法陣の中に消えて行った。