5人での話し合いの後、各自が分かれて準備をしていた夜の事。
リュークは廊下でふと、桟に頬杖を付いてボンヤリとしているアリアを見かけた。
彼女が見ている方向を向くと、庭園にあるガゼボでヴェイルがミレーヌに魔法を教えている姿があった。
彼は声を掛けた。
「…ナザガランに行く準備は出来たのか、アリア」
「はい?」
急な問い掛けにアリアが驚いて振り返った。
「…ああ、驚かせてすまない」
リュークも彼女の横に来て言う。
「二人を眺めているんだな…」
「…はい。いいなあって思って。あ、出立の準備は終わりましたよ」
アリアはそう答えるとまたガゼボの方に向き直り、ため息まじりにじっと2人を見つめた。
彼の目元が和らぐ。そして
「アリアもまた、機会があったら教えてもらうといい」
と返した。
「そうですね。でも私、魔法は基本体力、筋力強化系ばかりで…攻撃魔法は今ひとつ覚えられないって言うか…」
「ハハハ。それは教える術者がアリアの魔力に追い付けていないからじゃないかな。ヴェイルは教えるのも上手いから大丈夫だと思うぞ」
アリアがリュークを見た。
「ヴェイル兄様の事、信頼してらっしゃるんですね」
「ああ、そうだな…信頼しているのもあるけど…絶対服従、かな。オレは何があってもヴェイルの命令は聞く。どんな時のどんな事でも…」
彼もガゼボを眺め、目を細くして言う。
「どんな時のどんな事でも…?」
彼女がそう言って、少し雰囲気の変わったリュークを改めて見上げた。
しかし彼はすぐ元に戻り、アリアを見つめて気を取り直した様に聞く。
「思ったのだが、トラフェリアの王女でありながら、アリアには今まで護衛が付いていなかったのは何故なんだ?本人が強いから…なのか?」
「…それもありますけれど…ミレーヌが凄く強くて、彼女が護衛みたいなものだったので…
「まあな。オレ達は見た目ではほぼ分からないからな。しかし訓練戦を見ていたがアリアも相当なものだぞ?軍の中でお前に勝てる者はいないだろう」
彼女が身体を起こし、リュークに向き直って聞いた。
「…私って強いですか?」
「え?勇者だし、見ていても強かったけどな。…称号はドラゴンキラーなんだろ?」
「…まあ、確かに普通のトラフェリアの国民よりは強いでしょうけど。主に火山帯から来てしまう花崗竜や灰竜、山から人里に下りて来る楓ヒグマやアレクサンドラ狼なんかの駆除が多いですね。…今までは
「…」
彼は一瞬黙り、またガゼボの方を向いた。
ヴェイルとミレーヌがまだ魔法の練習をしている。
その様子を眺めながら、リュークはポツリと言った。
「…出来れば、アリアやミレーヌにはオレ達みたいになって欲しくはないな…」
「どういう事ですか?」
アリアが不思議そうに聞く。
彼が何処か、淋しげな表情を見せた。
―聞いてはいけなかったのだろうか…
彼女は少し心配になったが、リュークはそれを察したのかすぐに答えた。
「暫くナザガランとトラフェリアでは活発な国交はなかっただろう」
「…はい…」
「こっちがここ数年、いわゆる『お家騒動』でゴタゴタしてたんだよ。ヴェイルが魔王になった事で、やっと落ち着いて来たんだ」
「お家騒動…ですか」
「まあ、今はもう心配しなくても大丈夫だ。ナザガランはいい所だぞ?楽しんで来て欲しい」
「はい。ありがとうございます」
静かな夜の闇に、夜行性の蛍光蝶が優しい光を振り撒きながらヒラヒラと舞って行き、ガゼボの方まで飛んで行った。
蝶に釣られて顔を上げたミレーヌが、こちらに気付いて手を振った。