【前回までのあらすじ】
ウーヴル内部では新たな陰謀が動き出す。
一方ナザガランでの優しい時間の中、アリアはヴェイルの本心に触れて涙を流すが、ウーヴルの呪術によって命の危険に晒されてしまう。ヴェイルは彼女を救う為、罠と知りながらアリアを連れて単身ウーヴルの里に赴く。
待ち受けていたのは、彼に強い敵意を持った女性、ツガンニアだった。
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「ロキ……ア?」
首まで蔦に絡まれ苦しい息の下からヴェイルが声を絞り出す。
「そうだ」
ツガンニアが振り返った。
「……先の大戦は親世代の事だから事情は分からない。だがあの最後の日、当時幼な子だった私達5人は里に隠されたが、この娘の母親は止められたにも関わらずこいつを連れて行ってしまった。自分は後方支援に行くだけだ、赤ん坊のこの子にはまだ乳がいるからと。しかし合同軍は、兵士でもなかったその母親まで殺してしまった」
「……」
「年老いた守りの者と後で本拠地に行ったのだ。そこには敵の情けからか、遺体はきちんと並べられ、エルフが美しく土に還れるようにと倣う聖なる木、アガマドラスの樹皮を加工した菰が掛けてあった。けれどもそこにロキアの遺体はなかった」
彼女は目を伏せた。
アリアが哀しみの目でツガンニアを見つめている。
「隠しておいた5体の
森の動物が減っていたのもあって、あの日腹を空かせていた
「シュダークが……何と言って来たんだ?」
ヴェイルが聞き返す。
「『トラフェリアにはこちらがうまく保証する。だがお前達一族を滅ぼした人間になど遠慮をする事はない。
「なんだって……」
「私は躊躇した。いくらなんでもそれはどうなのだろうと思ったからだ。けれどもユガとトーダは喜んでしまい、勝手に
ツガンニアが怒りでぶるぶると震え、強く言った。
「だから私は、お前を殺す事に決め、シュダークに協力したんだ!」
ヴェイルは黙って聞いていた。
人の信じる物に正義や正解はないのかも知れない。現に自分は彼女の悲しみを増やしてしまっている…。
「お前が俺を憎んでいる事はよく分かった。しかしアリアの事は赦してやってくれ。彼女は何も悪くない。むしろ被害者なのは、お前自身が一番理解している事だろう?」
ツガンニアはアリアを見た。
覚束ない目をして、肩で息をする彼女には確かに憎しみの感情はなかった。
「いいだろう。クリスタルは外してやる。だが、解放するのはお前が死んだ後だ」
彼女はそう言うとアリアの顔に手を寄せ、術式を解除した。
額からアイスクリスタルが外れてツガンニアの手の中に握られた。
「魔王ヴェイル=ヴォルクリア。こいつの妖魔力に貫かれて死ぬがいい」
ツガンニアはクリスタルを握った腕をつと振り上げる。
その動作に合わせてオーロラの様な光が降り、神々しいエルフの剣が形成された。
「やめ……て……お願い」
アリアが弱々しく嘆願する。
ツガンニアは彼女を一瞥すると、浮かんだままの剣をヴェイルの無防備になっている胸に向けた。
ヴェイルも息を飲む。今、勿論逃げる事は出来る。
しかしここで逃げるとアリアはどうなる……ツガンニアはともかく、蔦を握っている2人の男が彼女をどうするのかは分からない。
考える間もなくツガンニアが勢いよく手を振った。
「やめてー!」
精一杯叫ぶ彼女の声を無視して、その剣は真っ直ぐにヴェイルの胸に向かう。
―—こいつは―—
その瞬間、アリアの頭の中に以前のリュークの声が響いた。
—―こいつは首を切り落とすか心臓をひと突きにでもされなかったら実質無敵なんだ……
「いやあああああぁっ!!」
アリアの絶叫も虚しく、エルフの剣は紛う事なく一直線に飛んで彼の心臓に突き刺さった。
衝撃と激痛が彼を襲う。
「……かはっ……」
血が上って来て堪らず口からこぼれてしまう。程なく見開いた黄金の瞳が光を失い、ゆっくりと閉じられると同時にガクリと首を垂れてしまった。
……大木に赤い筋が出来て流れ落ちて行く……やがてエルフの剣の鍔の辺りからも、真新しい血の雫が細い糸となってポトポトと落ちて行った。
―—耳を覆いたくなる様な悲壮なアリアの悲鳴が、静かな森に響く。
魔王ヴェイル=ヴォルクリアはその日、絶命した。