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第23話 ウーヴルの滅亡

 ツガンニアは動かなくなったヴェイルを見つめていた。


 暫くすると、アリアの方に向き直り、蔦を持つ2人の男に言った。

「……離してやれ」

 スルスルと蔦が緩んでドサリと彼女が落ちた。


 けれども立ち上がる力もなく、震える手で地を掴み、顔を上げた。

「ヴェイ……ル……」


 アリアはそのまま這って彼が磔にされている木の元まで行こうとしている。

 少しずつ、重い岩を引き摺っているかの様にしか進まないが、腕にようやくの力を入れ、歯を食い縛りズルズルと身体を進めて行く。


 その様子をじっと見ていたツガンニアだったが、ふわりとヴェイルの側に行き、指先で彼の首筋に触れた。そこには脈は感じられなかった。


 長い睫毛を携えて瞑る目元はもう動かない。……確実に死んでいる。

「……ヴェイルに触るな!卑怯者!」

 アリアが怒りに震えて叫ぶ。


 ツガンニアがムッとして、改めて指ですうっと彼の顔を触る。

「……こんなものか、魔王ってのは……」


 その時、

「……良い……タイミングだ……」

 ヴェイルの口元が不敵に微笑んで呟いた。ツガンニアがハッとする。


 彼の左側の空間がボウと光りだしたのだ。


 そしてヴェイルは眼を開け叫んだ。


「来い、リューク!」

「うおおおおおおっ!!」


 雄叫びと共に空中に転移魔法陣が現れ、同時に大剣を振り翳したリュークが中から突っ込んで来た。


「何っ?!」

 驚いて仰け反ったツガンニアをザバンっと斬る。


 激痛に顔を歪ませ、すぐに回復魔法を使おうとする彼女の肩を片手で押し掴み、浮力で自分が落ちて行くのを防ぎながら叫ぶ。

爆殺炎バクラウガ!!」

「キャアアァ!!」


 彼の詠唱で一瞬にしてゴオゥッ!と音がしツガンニアが爆炎に包まれた。燃え盛る身体が力を失いグラリと大きく揺れる。


 そのやや赤みがかった黄金の瞳で瞬時に次のターゲットを探し当てたリュークは、構わず大剣を横に振りかぶり叫ぶ。


「頭下げろアリア!焔旋剣ゴウガスレイ!!」

 アリアが咄嗟に頭を低くする。


 その上を上方から落下スピードを乗せて投げられた、火焔を纏った大剣が大きく回転しつつ通過した。

 それは彼女の後ろにいた2人の男のウーヴルの身体を瞬時に切り裂き、炎で包み込んでしまう。


 ツガンニアもドサンッと地面に落ちてしまい、彼女の浮力を利用していたリュークも落ちる。


「……ったく。何処の座標が自動で送られて来たかと思ったら……」

 着地したリュークが投げ返って来た大剣を掴んだ。


 ヴェイルを振り仰ぎ、初めてエルフの剣が刺さったままの姿に気付き、ギクリとする。

「え!?嘘だろ?!」


 しかし気配を感じハッとしてアリアに向きを変えた。

「アリア?!あ、コイツ!」

 アリアに向かって、全身に酷い火傷を負ったツガンニアが這って行っていた。


「……よせ、リューク。……もう……終わっ……た」

 ヴェイルが辛そうに言う。


 その声でもう一度彼を見上げたリュークが悲痛な声を上げた。

「お前こそなんて目に遭ってるんだ!待ってろ、今行く!」


 彼は大樹に足を掛ける。しかしヴェイルを捕える中腹が膨れ上がった形に阻まれ、なかなか登れなかった。


 常備している短剣を幹に突き刺し、腕の力で上がりその剣に足を掛け、掴めそうな所を探し、落ちそうになりながらもまた必死で手を伸ばして……


 一刻も早くヴェイルの側に行き、無惨に突き刺さっているエルフの剣をなんとか抜く事しか思い付かなかった程、彼は動揺していた。


 ツガンニアはもう這う事も出来なくなり、そのまま戸惑っているアリアに手を伸ばす。

 しかしその手は彼女に届く事はなかった。


 ふと笑って、語りかける……


「……すま……なかった……本……当は……お前が少し……羨ましかった……」

「ツガン……ニア…?」 

 アリアが驚いて返す。


「……愛してくれる……者がいて……良かったな……私の……可愛い……」


 ―—妹。

 最後の言葉は声には出ず、唇が動いただけだった。


 ―—ウーヴルの静かな里を風が吹き抜ける。

 それは事切れたツガンニアの額の髪を揺らし、目元の一粒の涙を静かに溢れ落ちさせた。



 ツガンニアが逝った事で、エルフの剣も大木の拘束も全て解け、登っていたリュークがバランスを崩して滑り落ちた。


 その上にヴェイルがゆっくりと力無く落下して来る。


 慌てて体勢を整えてギリギリで彼をしっかりと受け止め、座り込む。身体の酷い損傷を見ると自分のマントを外し、人目に触れぬ様に包んでやった。


 エルフの剣が無くなったので更に出血が酷くなり、そのマントにもジワジワと血が滲んで行く。

「ヴェイル……」


 驚きで言葉が続かない。彼の身体には脈がないのだ。これで何故生きているのだろう…。

 心臓を正確に貫かれてしまった様にも見えたのに…


「……痛い……」

 ヴェイルが両目を瞑って呻きながら言う。


「え」

 リュークは喉に血が詰まらない様に、腕の中で彼の身体をそっと横に向けた。


「……凄く痛い……貫かれた時はマジで気絶した……」

「当たり前だろう!死んでいない方がおかしいぞ。こんなになっても喋れてるし……お前はとうとう生物としての理を超えたのか?!」


「……声……デカい……頭に響くから……やめ……て……」

 ヴェイルは弱々しく言い、そのまま意識を失いぐったりと身体を預けてしまった。


「……ヴェイル?」

 リュークが固まる。


「ヴェイル……ヴェイル!……嘘だろオレのせいか?」

 反応のなさに驚いて揺すってしまう。


「……おい、待ってくれ……嫌だ……お前まで逝くな!」

 彼は思わず縋り付く様にヴェイルを抱き締めた。


 弟のロイを失った時の情景が一気に頭の中に蘇って行く……


 ―—ロイの時も俺は何も出来なかったのに…お前まで……――!

 どうしていいか分からない気持ちで、抱き締めて彼の頭を支えている自分の左手にうずめるように頬を寄せ、帰って来てくれと祈る……


 その時、彼の身体からほんのかすかに靄が昇り始めている事に気が付いた。


「……回復の……靄だ……まだヴェイルは……」

 リュークは顔を上げた。涙で滲みかけた視界にうっすらと昇る薄紫の靄が確かに映る。


 その目が、パッと希望を宿して見開かれた。



「リューク……お前も来ていたのか」

 突然声がしたので彼が振り向くと、転移魔法で現れたパトラクトラが立っていた。

 手には例の繊細な模様の装飾が施された箱を持っている。


「パトラクトラ様!来てくださったのですね」

 リュークの顔に安堵の色が浮かぶ。


「ああ。こちらにも強い衝撃が伝わったから心配になってな。グラディスに許可を取って来てみたのだが……」

 彼女は辺りを見回し、斬られた上に酷い火傷を負って横たわるウーヴル達の遺体に目をやった。


「お前が駆け付けて倒してくれたのだな。相変わらず良い腕だ。ありがとう」


「ヴェイルが、オレの魔法陣に初めて見る『スクランブルモード』で座標を転送して来たので……マズいと思って急行しました。この状態でよく送信できたなとは思いますが……」


 リュークはヴェイルを抱き上げてパトラクトラの元へ行く。

「……やはり酷い傷だな」

 彼の血だらけの胸元を見た彼女の顔が曇る。


 程なくパトラクトラの後ろに魔法陣が展開され、救護班の術師が現れてアリアに駆け寄り、回復魔法を掛けだした。


 他にも移動式の簡易ベッドをこちらに向かって運んで来る者がいた。

 リュークがヴェイルをそのベッドに乗せて聞いた。


「パトラクトラ様……ヴェイルはどうなってしまったのですか?」


「私が魔術『次空間維持ラルファクトレア』で魔王ヴェイルの弱点でもある心臓を抜き取り、別次元で損傷する事なくこの魔力を込めた箱に入れて保管していた」

 パトラクトラが大事そうに持っていた箱を横に置き、処置に入る為にヴェイルの服に手を掛けた。


 ポツリと説明をする。


「……身体から心臓を抜いた後は、私が魔力で作った仮の心臓に彼が自分で力を送って血液を循環させていたのだ。そして遠隔操作によって本物の心臓も維持させていた……だから……死ななかった……」


「そんな事が……出来るのですね」

 彼は思わず唾を飲み込んだ。


 パトラクトラには『次元の魔女』と言う二つ名がある。誰が言い出したのかは分からない。

 確かに王太后でありながら彼女の出自は明かされてはおらず、『失われた王朝の禁忌の力の遣い手』と言う噂もある。


 その能力は凄まじく、リュークも一度目にした事はあったのだが……この様な術式は聞いた事もなかった。


 彼女の手により、その場でヴェイルに心臓が戻された。


「これでいい筈だ……」

 無事に心臓が動き出し、傷口から先程よりも多くの薄紫の靄が出始めた。


 パトラクトラはリュークに顔を向ける。

「心配を掛けてしまったな。ヴェイルはお前に黙って逝く事はないから安心しろ。ただ、この子は自身の身体修復能力が特殊で、他人の回復能力を受け付けない。暫くは昏睡状態が続くかもしれないが……大丈夫だ」


「本当にヴェイルは……死なないんですね…?」

 リュークが悲痛な面持ちでパトラクトラを見て、ヴェイルに視線を落とした。


 彼女はため息と共に微笑み、重傷を負って眠る彼に再び向き直り、その頬にそっと手を触れた。


 そして自分にも言い聞かせるかの様に優しい声で答える。

「ああ、死なないよ。私が死なせはしない…。治療の手はなくとも魔力だけは送ってやれるからな。だからリューク、そんな泣きそうな顔をするな……」


「……」

 そう言われてもまだ、リュークは不安げにヴェイルを見つめて立っている。


 パトラクトラが更に言う。

「ほら、アリアを見てやってくれ。彼女こそ可哀想じゃないか」

「……はい」

 彼はやっとの事でそう言うと、顔を背けてアリアの元に行った。


 アリアは身体の回復を終えた。

「リューク様……ヴェイルは……ヴェイルは無事なんですか…?」

 半身を起こし、駆け寄って来たリュークに涙ながらに尋ねる。


「……大丈夫だ。アリアも辛かっただろう。頑張ったな」

 彼は精一杯の微笑みで返し、彼女に手を差し出した。


 アリアはウーヴル達の亡骸をリュークと共に、彼らが住居を構えていた大樹の元に埋めた。


 今では安らかな表情になったツガンニアの顔に、アリアは丁寧に土をかける。

 全てを埋め終えるとウーヴルの里の花を沢山摘み、その上に散らしてやった。


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