目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第12話 「帰宅部の歴史」

「なあ、風間。聞きたいことがあるんだけど…」


秋山翔太は、擦りむいた膝をさすりながら、ふと風間ルイに話しかけた。


「風間、なんでさ、今日だけあんなに派手にハイハイなんてやらせるんだよ?」


いつもは普通に歩いて帰ってるじゃん。


それに、正直俺ら帰宅部の歴史とかあんま知らないし。


風間はクールに四つん這いから起き上がり、深く息を吐いた。


「翔太、それなりに意味があるんだよ♡」


「意味?ただのイジメにしか見えねえけど…」


翔太が苦笑いしながら言うと、風間はニヤリと笑った。


「それじゃあ今日は、俺たち“帰宅部”の知られざる歴史を語ろうじゃないか♡」


「まず、普通の高校生にとって“帰宅部”とは何か?」


風間は教壇の前に立つ教師のように腕を組んだ。


「それは、誰にも属さず、放課後は好き勝手に帰るだけの集まり……いや、非集団だ」


「そうだな、放課後の自由の象徴みたいなもんだ」


翔太も膝をつきながら相槌を打つ。


「けど、僕たちはちょっと違う。僕たち“帰宅部”は、ただ帰るだけじゃない♡」


「何かやらかすために帰ってんだろ」


「……風間、そんな説明で大丈夫か?」


翔太の呆れ顔にも、風間は動じない。


「ふふ、これからもっと面白い話をしてあ・げ・る♡」


「約10年前、ここには普通の帰宅部があった」


風間の声が少し落ち着きを取り戻す。


「けど、どこもつまらなかった。みんな当たり障りなく帰るだけ。だが、ある日、元祖帰宅部長が現れたんだ」


「元祖帰宅部長?」


翔太が眉をひそめる。


「そう。名前は“斉藤和也”《さとうかずなり》」


風間は声をひそめ、まるで伝説を語るように話し始めた。


「和也は元陸上部。イケメンで頭もよく、放課後は必ず帰宅していた。だが彼は、帰宅がただの帰宅であることに満足できなかった」


「それで?」


「彼はこう言った。“帰宅も立派な部活動だ”と」


翔太は思わず吹き出した。


「マジかよ、それ」


「それが彼の革命の始まりだった」


「初めて“ハイハイで帰る”を実行したのも、彼だ」


「え?あれって風間のイタズラじゃなかったの?」


「いやいや、俺はただの継承者だ」


風間は誇らしげに胸を張った。


「斉藤和也は、ある日『普通に帰るだけじゃつまらないだろ』と言って、仲間と一緒に廊下を四つん這いで帰宅した」


「それって……相当目立ったんじゃない?」


「もちろん、教師には激怒されたし、廊下を走り回って大変だったらしい」


「でもさ、その意図はなんだ?」


「彼は、帰宅をもっと特別な時間にしたかったんだ。放課後の学校に“帰宅部”の意義を作りたかった」


翔太は少し考え込んだ。


「なるほどな。だから俺たちも、たまにああいうバカなことやらされるわけか」


「でもな、翔太。これは単なるイタズラやドSっぷりじゃない」


風間は真剣な顔で続ける。


「俺たちは“帰宅部”という名前に、学校に反抗するスピリットを込めてるんだ」


「反抗?」


「そう、周りが部活や勉強でピリピリしてる中で、俺たちは『帰る』という権利を最大限に行使している」


「だから、いつもは普通に帰ってるけど、今日は特別な日なんだ」


「記念日みたいなもん?」


「そうだな。元祖帰宅部長の意思を引き継ぐための“帰宅部の日”」


翔太は驚いた顔で、初めて風間の話の深さに触れた。


「風間、そんな面倒なこと考えてたなんて知らなかったよ」


「それともう一つ、言っておくことがある」


風間は小声で言った。


「“普通言葉禁止令”は、実は斉藤が遺したルールなんだ」


「えっ?」


翔太の目が丸くなる。


「帰宅部では、必要以上に子どもっぽくなるのは禁忌。だけど、時々そのルールを破って『心の壁を壊す』儀式がある」


「だから風間はドSぶってるけど、実は部の精神的リーダーなんだな」


「そういうことだ」


翔太はゆっくりと膝を伸ばし、深呼吸をした。


「風間、これからも俺、帰宅部についていくわ」


「おう、僕たちは“普通じゃない帰宅部”だ。面白くなきゃ意味がない」


風間の目がキラリと光った。


「なあ、翔太。次は何やる?」


翔太は笑いながら言った。


「……またハイハイで帰るのは勘弁だけど、赤ちゃん言葉ならたまにいいかな」


「ふふ♡、次はみんなで歌いながら帰ろう♡」


翔太は思わず吹き出した。


「やべえ、ドMすぎるだろ!」


風間ルイと秋山翔太の帰宅部は、ただの“帰宅”ではない。


それは、放課後の自由を謳歌するための、学校生活の小さな革命。


「明日も、明後日も、俺たちは帰宅部だ」


翔太のその言葉に、風間は力強く頷いた。


「ばぶぅ、いや違う、行こう♡、翔太♡」


そう言いながら二人は笑い合い、ゆっくりと家路を歩いていった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?