「なあ、風間。聞きたいことがあるんだけど…」
秋山翔太は、擦りむいた膝をさすりながら、ふと風間ルイに話しかけた。
「風間、なんでさ、今日だけあんなに派手にハイハイなんてやらせるんだよ?」
いつもは普通に歩いて帰ってるじゃん。
それに、正直俺ら帰宅部の歴史とかあんま知らないし。
風間はクールに四つん這いから起き上がり、深く息を吐いた。
「翔太、それなりに意味があるんだよ♡」
「意味?ただのイジメにしか見えねえけど…」
翔太が苦笑いしながら言うと、風間はニヤリと笑った。
「それじゃあ今日は、俺たち“帰宅部”の知られざる歴史を語ろうじゃないか♡」
「まず、普通の高校生にとって“帰宅部”とは何か?」
風間は教壇の前に立つ教師のように腕を組んだ。
「それは、誰にも属さず、放課後は好き勝手に帰るだけの集まり……いや、非集団だ」
「そうだな、放課後の自由の象徴みたいなもんだ」
翔太も膝をつきながら相槌を打つ。
「けど、僕たちはちょっと違う。僕たち“帰宅部”は、ただ帰るだけじゃない♡」
「何かやらかすために帰ってんだろ」
「……風間、そんな説明で大丈夫か?」
翔太の呆れ顔にも、風間は動じない。
「ふふ、これからもっと面白い話をしてあ・げ・る♡」
「約10年前、ここには普通の帰宅部があった」
風間の声が少し落ち着きを取り戻す。
「けど、どこもつまらなかった。みんな当たり障りなく帰るだけ。だが、ある日、元祖帰宅部長が現れたんだ」
「元祖帰宅部長?」
翔太が眉をひそめる。
「そう。名前は“斉藤和也”《さとうかずなり》」
風間は声をひそめ、まるで伝説を語るように話し始めた。
「和也は元陸上部。イケメンで頭もよく、放課後は必ず帰宅していた。だが彼は、帰宅がただの帰宅であることに満足できなかった」
「それで?」
「彼はこう言った。“帰宅も立派な部活動だ”と」
翔太は思わず吹き出した。
「マジかよ、それ」
「それが彼の革命の始まりだった」
「初めて“ハイハイで帰る”を実行したのも、彼だ」
「え?あれって風間のイタズラじゃなかったの?」
「いやいや、俺はただの継承者だ」
風間は誇らしげに胸を張った。
「斉藤和也は、ある日『普通に帰るだけじゃつまらないだろ』と言って、仲間と一緒に廊下を四つん這いで帰宅した」
「それって……相当目立ったんじゃない?」
「もちろん、教師には激怒されたし、廊下を走り回って大変だったらしい」
「でもさ、その意図はなんだ?」
「彼は、帰宅をもっと特別な時間にしたかったんだ。放課後の学校に“帰宅部”の意義を作りたかった」
翔太は少し考え込んだ。
「なるほどな。だから俺たちも、たまにああいうバカなことやらされるわけか」
「でもな、翔太。これは単なるイタズラやドSっぷりじゃない」
風間は真剣な顔で続ける。
「俺たちは“帰宅部”という名前に、学校に反抗するスピリットを込めてるんだ」
「反抗?」
「そう、周りが部活や勉強でピリピリしてる中で、俺たちは『帰る』という権利を最大限に行使している」
「だから、いつもは普通に帰ってるけど、今日は特別な日なんだ」
「記念日みたいなもん?」
「そうだな。元祖帰宅部長の意思を引き継ぐための“帰宅部の日”」
翔太は驚いた顔で、初めて風間の話の深さに触れた。
「風間、そんな面倒なこと考えてたなんて知らなかったよ」
「それともう一つ、言っておくことがある」
風間は小声で言った。
「“普通言葉禁止令”は、実は斉藤が遺したルールなんだ」
「えっ?」
翔太の目が丸くなる。
「帰宅部では、必要以上に子どもっぽくなるのは禁忌。だけど、時々そのルールを破って『心の壁を壊す』儀式がある」
「だから風間はドSぶってるけど、実は部の精神的リーダーなんだな」
「そういうことだ」
翔太はゆっくりと膝を伸ばし、深呼吸をした。
「風間、これからも俺、帰宅部についていくわ」
「おう、僕たちは“普通じゃない帰宅部”だ。面白くなきゃ意味がない」
風間の目がキラリと光った。
「なあ、翔太。次は何やる?」
翔太は笑いながら言った。
「……またハイハイで帰るのは勘弁だけど、赤ちゃん言葉ならたまにいいかな」
「ふふ♡、次はみんなで歌いながら帰ろう♡」
翔太は思わず吹き出した。
「やべえ、ドMすぎるだろ!」
風間ルイと秋山翔太の帰宅部は、ただの“帰宅”ではない。
それは、放課後の自由を謳歌するための、学校生活の小さな革命。
「明日も、明後日も、俺たちは帰宅部だ」
翔太のその言葉に、風間は力強く頷いた。
「ばぶぅ、いや違う、行こう♡、翔太♡」
そう言いながら二人は笑い合い、ゆっくりと家路を歩いていった。
完