朝の八時、アラームがきっちりと鹿乃を夢の世界から呼び戻した。
目を開けると、隣にはもう誰もいなかった。
両親に気づかれないようにと、湊と約束していたのだ。
彼は毎晩、深夜十二時に来て、明け方五時にはきっちり帰る——そんな日々を、二人は五年間も続けていた。
でも、もうすぐ終わる。二人は「兄妹」に戻るのだ。湊は、もう隠れて来る必要などなくなる。
着替えを済ませて階下へ降りると、見知らぬ女性がソファに座っているのが目に入った。
母親が嬉しそうに手を振って、鹿乃を呼び寄せる。
「鹿乃、早くいらっしゃい。こちら、湊の
その女性——
「あなたが湊くんの妹ね。初めまして。でも、湊くんからよく話は聞いてるわ。あなたのこと、すごく褒めてたのよ。」
鹿乃の手がわずかに震えた。ちらりと湊を見たが、何も言わず、黙ってキッチンへと向かった。
お湯を注ぎ、コップを手にしたところで、湊がちょうど入ってきた。
彼は鹿乃の腰に手を回し、顔を近づけてキスしようとする。
鹿乃は慌てて顔をそむけた。
「やめて。彼女がいる前でふざけないで。」
湊は眉を上げ、軽く唇をかすめるようにキスした。
「怒ったの? 言い忘れてたけど、あの子はただの幼なじみだよ。小さい頃に海外に行ってて、数日前に戻ってきたばかり。親父が結婚結婚ってうるさいからさ、テキトーに見せかけで連れてきただけ。」
「俺の本当の彼女が誰か、鹿乃なら一番分かってるよな? な?」
鹿乃はしばらく黙ったまま聞いていたが、表情を変えず、軽くうなずくだけだった。
そのあっさりした様子に、湊の目がほんのわずかに驚きで揺れた。
彼はてっきり、また長々と宥める羽目になると思っていたのだ。
これまでだって、他の女の子がラブレターを渡してきただけで、鹿乃は見ていられないほど嫉妬して、目を腫らして泣いていた。
問い詰めても黙っていて、何度も何度もなだめて、やっと本音を吐く——そんな彼女だった。
それは、自分たちの関係が世間に受け入れられないと彼女が自覚していたからだ。
彼女は「恋人」として、正々堂々と彼の隣に立つことができないと、ずっと思っていた。
だから、問いただすこともしない。怒ることもしない。
ただ一人、布団の中で静かに悩むだけだった。
今回も、同じ流れになると思っていたのに、鹿乃はあまりに平然としている。
——その変化に、湊の心に、小さな疑念が芽生え始めていた。
湊が何かを言おうとしたとき、鹿乃はそれを遮るように、黙って水の入ったコップを手にしてリビングへ出て行った。
朝食ができあがると、家族みんなでいつも通りにテーブルについた。
窈子は湊の隣に座らされた。二人は笑顔を交わしながら、子どもの頃の思い出話に花を咲かせ、まるで親密な恋人同士のようだった。
窈子は数年間海外に住んでいたらしく、とろけそうな目玉焼きが好きだという。それを知った湊は、さりげなく自分の皿の目玉焼きを彼女の皿に移してやった。
窈子はすぐに小娘のように照れた表情を浮かべ、逆に自分が一口かじった目玉焼きを湊の皿に戻してやる。
湊は無意識のうちに鹿乃のほうを見た。
彼女は何事もなかったように、うつむいてお粥をすくっていた。まるで、さっきのやりとりなど目にも入っていないかのようだった。
やがて鹿乃が顔を上げてティッシュを取ったとき、湊は彼女からの目線を受け止めながら、その卵をひと口食べた。
その瞬間を見てしまった鹿乃は、静かにスプーンを置いて、席を立った。
上着を手に取るその動きから、出かけるつもりであることが見て取れる。
それを見た窈子はすぐに声をかけた。
「鹿乃ちゃん、どこか行くの? 私と湊くんもデートに行くところだったの。一緒に行こうよ?」
鹿乃が断ろうとしたその時、父親が口を開いた。
「今日は雨が降ってるんだ、湊に送ってもらいなさい。母さんも俺もその方が安心だからね。」
神崎叔父の言葉に、鹿乃もそれ以上は拒めず、しぶしぶ車庫へと向かった。
今日行く先はビザ申請所。つまり、湊に留学のことが知られてしまう。
考えれば考えるほど、どうしようもない。
——もう、いいか。知られても構わない。どうせ出発の日取りは決まってる。今さら彼にできることなんて、ないのだから。
やがて遅れてやってきた二人が車に乗り込んできた。
窈子は珍しく後部座席に座り、わざとらしく鹿乃に話しかけてくる。
鹿乃は気乗りしないまま、適当に相槌を打った。
車は静かに走り出し、雨音が徐々に耳に入ってくる。
ふいに、窈子が身を寄せ、囁くような低い声で言った。
「あなたが私を好きじゃないことはわかってるし、湊くんとあなたが