病み上がり、鹿乃が最初に取りかかったのは、これまで十年間にわたって神崎家でかかった全ての費用の整理だった。

彼女はカードを手に、机の前に座り、神崎家に住み始めてから現在までの支出を一つずつ書き出していった。学費から生活用品まで、合計三千万円。

父が生前に遺した財産と実家を合わせても、せいぜい二千数百万円ほど。さらにこの数年、学業の傍らアルバイトで少しずつ貯めた分を合わせても、カードの残高にはまだ十数万円の不足があった。

――出国までに何とか稼がなければ。

そう決意し、鹿乃は得意のカメラを手に、ネットで撮影依頼を受け付ける告知を出した。すぐに七、八件の依頼が舞い込んだ。ウェディングフォト、卒業記念……内容はさまざまだが、鹿乃は全て受けた。

朝から晩まで駆け回り、腰が痛くて真っ直ぐ立てない日もあったが、彼女は一言も不満を漏らさなかった。

母から聞いていた話が、心の支えだった。

――神崎誠司さんが私たちと出会う前に、すでに離婚していたこと。正式に再婚しただけで、私たちが誰かを奪ったわけではない。母も私も、家の富や地位を目的に近づいたわけじゃない。

だからこそ、鹿乃は去る前に全ての誤解を解きたかった。神崎湊に、自分たち母娘が金目当てで居座っていたと思われたくなかった。

だから、必ず借りを返すと決めたのだ。

五、六日かけて、ようやく30万円ほどを稼いだ。しかしこのペースでは到底間に合わないと焦っていた時――一件の大口依頼が舞い込んだ。

誕生日パーティーでの撮影依頼。報酬はなんと200万円。

ただし条件も厳しい。「依頼主は非常にこだわりが強く、満足してもらえた場合のみ支払う」というものだった。

それでも鹿乃は即決した。この機会を逃すわけにはいかなかった。

そして、パーティー当日。撮影の機材を背負って会場に着いた鹿乃が目にしたのは――見知った顔だった。

ティアラをつけ、ピンクのドレスに身を包んだお姫様のような姿の窈子。そして、その隣には漆黒のスーツに身を包んだ神崎湊。

その瞬間、鹿乃の胸に鋭い痛みが走った。

鹿乃の疲れ切った顔を見て、湊は眉をひそめた。

「なんでこんな仕事を受けたんだ？ お前の夢は一流のフォトグラファーになることだろ。家から生活費が出てないのか？」

「私はもう大人なの。好きでやってる仕事なんだから、引き受けたってだけよ」

その一言で、湊の表情が一気に冷たくなる。何か言い返そうとしたところで、窈子がすかさず間に入って場を和ませた。

「鹿乃、湊はただ心配してるだけよ。無理して体を壊したらって思って……そんな言い方したら、お兄ちゃん悲しむじゃない」

そう言って、彼女は鹿乃の手を取り、会場の中へと連れて行った。「あなたの撮影スキル、楽しみにしてるの」と柔らかく言いながら。

口ぶりは丁寧だったが、実際のところ、鹿乃には休む暇など一瞬もなかった。カメラを構え続けて指先が火を噴きそうなほど、次々に写真を撮らされる羽目になった。撮った写真は優に四千枚を超え、それでも名取窈子は満足せず、とうとう俯瞰の写真まで求めてきた。

彼女は重さ十数キロある機材を背負って三階まで登り、三脚を立て、ステージの中央を狙ってレンズを構えた。

ファインダーの中では、湊が歓声に包まれながらステージに上がり、神崎家の家宝だと言われるネックレスを名取窈子の首にかけているところだった。

窈子は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、わざと三階の鹿乃の方を見やってから、湊の胸に飛び込んだ。

鹿乃には、これが彼女の見せつけだとすぐに分かった。

窈子は今夜ずっと、湊の腕を取り、できる限りの甘いムードを演出して、鹿乃に対して愛情を誇示してきたのだ。

自分が飲んだシャンパンを湊の唇にあてて「味見してみて」と言ったり、ダンスに誘って見事なステップを踏み、周囲の客たちを「そろそろ結婚か？」とざわつかせたり、小声で「脚が疲れた」と甘えて湊にマッサージさせたり――。

そんな親密な写真ばかりが、すでに容量限界のメモリーカードに詰め込まれていた。

鹿乃はもう、何も感じなかった。ただシャッターを切り続けるだけだった。

だがその時、二人が抱き合う光景にカメラを向け、シャッターを押した瞬間――。

窈子が背伸びして、神崎湊の唇にキスをした。

鹿乃の指が止まった。

麻痺していたその目が、ほんの一瞬、焦点を取り戻した。そしてファインダー越しにその場面をしっかりと捉えた。

高画質で切り取られたその中で、湊も驚いたように目を見開いていた。

しかし、たった三秒後には、彼は窈子を抱き寄せ、後頭部に手を添えて、その浅いキスを深く、熱く――受け入れたのだった。