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第8話

鹿乃は彼に逆らいきれず、時間も迫っていたため、仕方なく湊の車に乗り込んだ。

だが、道の途中で彼は急に車を迂回させ、「ちょっと寄るところがある」と言い出した。

現れたのは――名取窈子だった。

その姿を見た瞬間、鹿乃の心はズシリと重くなった。

言いたいことはいくつもあった。父の納骨という大事な場に、なぜ無関係な人間を連れて来るのか。なぜそこまでして、二人は離れられないのか。

けれど、時間は迫っていた。鹿乃はそのすべてを飲み込んだ。

新しい墓地への道すがら、鹿乃は骨壺を抱えて、ひとり黙って先を歩いていた。

言葉は、なかった。

ようやく準備が整い、納骨の段階になったとき、湊のスマホが鳴った。

彼は画面を確認して眉をひそめ、何も言わずにその場を離れた。

鹿乃は気にも留めず、骨壺を納めようと身をかがめる。ところが――

名取が、彼女の前に立ちはだかった。顔には嘲るような笑み。

「湊ね、今日私と一緒に夕陽を見に行く約束してたの。

あなたを墓地まで送ったのは、ついでだったってこと、知らなかったでしょ?」

確かに、鹿乃は知らなかった。

だが、どうでもよかった。今はただ、父を安らかに眠らせることだけを考えていた。

鹿乃は名取の挑発を無視し、視線すら向けずに骨壺を抱えたまま進もうとする。

名取はそんな態度に、我を忘れた。

「向井鹿乃、あんた何様のつもり? 私が話してるのに聞こえないわけ?」

激昂した彼女は、突如として骨壺を奪い取り――

そのまま地面へと、思いきり叩きつけた!

ドンッ――

鈍い音と共に、壺は階段を転げ落ち、見るも無残に砕け散った。

灰色の遺骨が、あたりに舞った。

鹿乃の中で、何かが完全に壊れた。

「……お父さん!!」

叫びながら駆け下り、膝をついて泣きながら灰をかき集めようとする。

だが次の瞬間、突風が吹き抜け、彼女の最後の望みすら、あっけなくさらっていった。

どれだけ手を伸ばしても、指の間から灰はこぼれ落ちていく。

父は、骨になり、今やその骨すら守れなかった――。

怒りと悲しみが渦巻く中、鹿乃は震える手で立ち上がり、名取の前に立つと――

その頬を、全力で打ちつけた。

パァン――!

名取の白い頬が、一瞬で赤く腫れ上がった。

「名取窈子……それは私の父の遺骨だった。彼がこの世界に残した最後のもの……

それを壊したあなたは、地獄の底まで堕ちるがいい!」

打たれた名取は呆然とした顔で立ち尽くし、怒りに震えながらも、ふと視線を横に逸らした。

ちょうど湊が戻ってきたのを見て、突如――演技に転じた。

階段に身を委ねるように倒れ、転がり落ちていったのだ。

何も知らぬ湊がその場面を見て、慌てて駆け寄り、彼女を抱き上げる。

「鹿乃! お前、何をやってるんだ!」

「私が? ――彼女に何をされたか、あなたは見ていないの?」

湊は初めて見る鹿乃の泣き叫ぶ姿に、思わず動きを止めた。

その顔には、涙があとからあとから流れ続けていた。

湊の腕の中で、名取はすすり泣きながら訴える。

「湊……さっき、うっかり鹿乃のお父さんの骨壺を倒しちゃって……風で全部飛んじゃって……そしたら鹿乃が怒って、私を突き落として……血も出てるし、もう、痛くて……」

壊れた骨壺の破片が目に入り、湊の胸の奥に冷たいものが走った。

慰めの言葉を探した。けれど、口から出たのは――

「窈子は……わざとじゃなかったんだ……」

「――出ていけ!!」

鹿乃の叫びは、全身全霊をかけた一言だった。

湊が何か言いかけたそのとき、名取が彼の服を握って訴える。

「湊、痛いの……脚が……もしかして、折れてるのかも……」

湊は彼女を一瞥すると、何も言わずに抱き上げ、そのまま去って行った。


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