理路整然としたその一言に、鹿乃は思わず固まってしまった。
まさか初対面からたった一日半で、悠真が湊の性格や行動パターンをここまで把握しているとは思わなかった。ましてや、自ら「守らせてほしい」と申し出てくれるなんて、想像もしていなかった。
けれど、彼の言葉に含まれていた懸念は、まさに的を射ていた。
鹿乃は湊の性格を熟知している。今日のように一方的にやり込められたことを、彼がこのまま黙って受け入れるはずがない。必ずどこかで、再び彼女にからんでくるに違いない。
悠真の心配は、けっして杞憂ではなかった。
少し考えた末、鹿乃は「これから出かける時は事前に連絡する」と約束した。
その返事を聞いて安心したのか、悠真は彼女を伴って屋敷の中へと戻った。
二人でドアを開けた瞬間──
パンッ!
「 ようこそロンドンへ、鹿乃ちゃん!」
玄関先で礼花が炸裂した。
突如響いた音に鹿乃は大きく驚き、足をもつれさせて転びかけた。あわやというところで、隣にいた悠真がすぐに手を伸ばして支え、彼女の髪や肩に舞い落ちた紙吹雪を払ってくれた。
驚きで目を丸くした鹿乃の視線が、リビングへと移る。
そこには──金髪碧眼の外国人たちが大勢、楽しげに談笑していた。
「えっ……これは?」
戸惑いの声を上げた鹿乃に、理咲さんが笑顔で腕を取り、彼女を人々の前へと導いた。
「みんな近所の方たちよ。こっちがカレンさん、あちらがジョナさん……」
その夜、鹿乃は数えきれないほどの初対面の人たちと握手を交わした。
最初こそ緊張していたが、理咲さんが会話を上手く繋げてくれたおかげで、徐々に雰囲気に慣れていった。楽しく穏やかな空気に包まれ、自然と笑顔が増えていった。
ダンスを一曲踊り終えたところで、鹿乃は少し疲れを感じ、部屋の片隅に腰を下ろした。
華やかな空間の端で、静かに人々の様子を眺めていると、不思議と心に溜まっていた重苦しさがゆっくりと溶けていくのを感じた。
──その時。
さきほどまで姿を見せていなかった悠真が、二階から静かに降りてきた。
彼はグラスを二つ手にして、鹿乃のもとへ歩み寄り、そのうちの一つを彼女に差し出した。
「母が賑やかなのが好きでね。君にもご近所の人たちを紹介したかったんだ。疲れていたら、無理せず部屋で休んでいい。あの人たちは放っておいても盛り上がれるから。」
舞い踊る理咲さんの姿を見ながら、鹿乃は心から感心したように笑った。
「理咲さんの気持ちはすごく嬉しいです。私も楽しく過ごせていますし、疲れてもいません。みなさんがあんなに楽しそうにしているのを見てるだけで、私の気分も軽くなって……」
鹿乃の言葉に、悠真の口元にも穏やかな笑みが浮かんだ。
「それは良かった。人は前を向いて生きていくべきだよ。もう過ぎたことに悩んでも仕方がない。」
──その一言が、鹿乃の心に優しく沁み込んだ。
思わず、彼の顔を見つめる。
こんなふうに慰めてくれるなんて、意外だった。もっと、彼のことを知りたくなった。
「……実はね、ここに来る前、あなたのことちょっと苦手かもって思ってたんです。冷たそうだし、話しにくそうで……だからなるべく距離をとろうって。」
「でも、こうして会って話してみたら、全然違ってて──」
「たった一日半しか経ってないのに、今ではロンドンで一番信頼できて、いちばん近くに感じる人になってるんです。自分でもびっくりしてます。」
その素直な賞賛に、悠真の微笑みが少しだけ深くなった。
「そう言ってもらえるなら、光栄だよ。でも、前にあまり連絡を取らなかったのは……時差のせいで迷惑をかけたくなかったから。ネットじゃ伝わらないことも多いし、ちゃんと君が来てから、会って話そうと思っていた。」
ああ、そういうことだったのか──
鹿乃は、納得するようにうなずいた。
確かに、それが彼らしい配慮だと、今なら素直に思える。