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第21話

その後の二日間、鹿乃はずっと屋敷の中にいた。

理咲さんと幸次さんは共に仕事へ出かけており、家に残されたのは鹿乃と悠真の二人きりだった。

おそらく理咲さんの特別な計らいか、あるいはただ単に「退屈させたくなかった」だけか──悠真は、鹿乃を連れて家のあちこちを案内してくれた。

地下のワインセラー、屋上のテラスガーデン、三階にあるプライベートシアター、裏庭のプール──

ひとつひとつ見て回るたびに、二人の距離は自然と縮まり、ふと気がつけば夕暮れが訪れていた。

夜には、理咲さんが裏庭でバーベキューパーティーを開催してくれた。

「鹿乃ちゃん、あの子と小さい頃、あなたのお母さんってばね……」

お酒も入ってか、理咲さんは楽しそうに昔の失敗談を語ってくれる。向こうで炭を見守る幸次さんと悠真が、焼きあがった串焼きを運びつつ、空いたグラスに飲み物を継ぎ足してくれる。

柔らかな夏の夜風が吹き抜け、満開の花々が甘く香りを放つ庭。

ロマンチックなピアノ曲がスピーカーから流れ、鹿乃はゆったりとした気持ちで、今というひとときを心から楽しんでいた。

「こんな日がずっと続けばいいのに──」

ふとそんなことを思っていた矢先、スマホに母からのビデオ通話が入った。

「鹿乃?元気してる?」

母娘で軽く近況を交わしたところで、理咲さんが「こっち貸して~」とスマホを受け取り、そのまま画面の向こうの親友と盛り上がりはじめた。

鹿乃はひと息つこうと立ち上がり、冷蔵庫から缶コーラを取り出しながら伸びをひとつ。ふと視線を上げると、悠真と目が合った。

二人とも、自然と微笑み合う。

悠真が手にしていたのは、焼き立てのチキンウィング。

鹿乃は気取らず、その中から一本をひょいと取ってかじり始めた。

その様子を見ていた理咲さんが、すかさずスマホのカメラを二人に向け、爆笑した。

「ねえ依織、見てよ。うちの子たち、まだ会って二日しか経ってないのに、もうこんなに息ピッタリ!」

彼らが婚約していることを、理咲さんと母は当然知っていた。ただ、これまでその話題はあえて避けられていた。

だが今、目の前で繰り広げられるこの自然な光景に、理咲さんは嬉々として冗談を飛ばす。

その言葉に、鹿乃の頬はふっと赤らみ、慌ててコーラをひと口飲む。

悠真はというと、落ち着いた様子で画面の中の依織に挨拶し、「今度いつイギリスに来られるんですか?」と尋ねた。

まさかの質問に、依織も少し驚いた様子で、

「まあまあ、悠真がそんなこと聞いてくるなんて珍しいじゃない!何か特別な思いでもあるのかしら?」

と、にやにや。

悠真はそんな理咲さんの冗談を、顔色ひとつ変えず淡々と受け流す。

「鹿乃さんが、来月にはお母さまが来るって言っていたので、それで少し気になっただけです。」

「そうそう、私が言いました!」

鹿乃もすかさずフォローに入る。二人の様子を見て、スマホの向こう側にいる二人の母たちは顔を見合わせ、ほくほくと笑っていた。

そのとき、理咲さんが唐突に言った。

「そうそう依織、今度来る時は、あのとき交換した忘れずに持ってきてね~。もしかしたら、使う日が来るかもよ?」

──それが意味するものを、通話の大人四人は全員分かっていた。

それは、当時ふたりの親が交わした婚約の証。

けれど、その場で鹿乃と悠真は、お互いにとぼけたふりを貫いた。

雰囲気を変えようと、鹿乃はすぐ話題を切り替える。

「母さん、もし来るなら、持ってきてほしい物があるの。あとでリスト送るね。」

母娘でひとしきり言葉を交わした後、鹿乃が通話を切ろうとしたところで、母の声が再び聞こえた。

「そうだ、鹿乃。今日、お兄ちゃんの誕生日よ。ちゃんと電話してあげてね? それと──数日前、彼そっちに来て母親と誕生日を過ごしたと言ったわ。もしかしたら今ロンドンにいるかもよ?会って、一緒に食事でもしたら?」

……その言葉に、鹿乃はようやく思い出した。

もうすぐ──湊の24歳の誕生日だった。

一ヶ月ほど前までは、何をプレゼントしようか悩んでいたのに。

今は、すっかり頭から抜けていた。

でも、母の前ではあくまでを演じる必要がある。

鹿乃は静かにうなずき、「うん、わかった」とだけ答えた。

──湊が、今どこにいるのか。

本当は、考えたくもなかった。


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