その後の二日間、鹿乃はずっと屋敷の中にいた。
理咲さんと幸次さんは共に仕事へ出かけており、家に残されたのは鹿乃と悠真の二人きりだった。
おそらく理咲さんの特別な計らいか、あるいはただ単に「退屈させたくなかった」だけか──悠真は、鹿乃を連れて家のあちこちを案内してくれた。
地下のワインセラー、屋上のテラスガーデン、三階にあるプライベートシアター、裏庭のプール──
ひとつひとつ見て回るたびに、二人の距離は自然と縮まり、ふと気がつけば夕暮れが訪れていた。
夜には、理咲さんが裏庭でバーベキューパーティーを開催してくれた。
「鹿乃ちゃん、あの子と小さい頃、あなたのお母さんってばね……」
お酒も入ってか、理咲さんは楽しそうに昔の失敗談を語ってくれる。向こうで炭を見守る幸次さんと悠真が、焼きあがった串焼きを運びつつ、空いたグラスに飲み物を継ぎ足してくれる。
柔らかな夏の夜風が吹き抜け、満開の花々が甘く香りを放つ庭。
ロマンチックなピアノ曲がスピーカーから流れ、鹿乃はゆったりとした気持ちで、今というひとときを心から楽しんでいた。
「こんな日がずっと続けばいいのに──」
ふとそんなことを思っていた矢先、スマホに母からのビデオ通話が入った。
「鹿乃?元気してる?」
母娘で軽く近況を交わしたところで、理咲さんが「こっち貸して~」とスマホを受け取り、そのまま画面の向こうの親友と盛り上がりはじめた。
鹿乃はひと息つこうと立ち上がり、冷蔵庫から缶コーラを取り出しながら伸びをひとつ。ふと視線を上げると、悠真と目が合った。
二人とも、自然と微笑み合う。
悠真が手にしていたのは、焼き立てのチキンウィング。
鹿乃は気取らず、その中から一本をひょいと取ってかじり始めた。
その様子を見ていた理咲さんが、すかさずスマホのカメラを二人に向け、爆笑した。
「ねえ依織、見てよ。うちの子たち、まだ会って二日しか経ってないのに、もうこんなに息ピッタリ!」
彼らが婚約していることを、理咲さんと母は当然知っていた。ただ、これまでその話題はあえて避けられていた。
だが今、目の前で繰り広げられるこの自然な光景に、理咲さんは嬉々として冗談を飛ばす。
その言葉に、鹿乃の頬はふっと赤らみ、慌ててコーラをひと口飲む。
悠真はというと、落ち着いた様子で画面の中の依織に挨拶し、「今度いつイギリスに来られるんですか?」と尋ねた。
まさかの質問に、依織も少し驚いた様子で、
「まあまあ、悠真がそんなこと聞いてくるなんて珍しいじゃない!何か特別な思いでもあるのかしら?」
と、にやにや。
悠真はそんな理咲さんの冗談を、顔色ひとつ変えず淡々と受け流す。
「鹿乃さんが、来月にはお母さまが来るって言っていたので、それで少し気になっただけです。」
「そうそう、私が言いました!」
鹿乃もすかさずフォローに入る。二人の様子を見て、スマホの向こう側にいる二人の母たちは顔を見合わせ、ほくほくと笑っていた。
そのとき、理咲さんが唐突に言った。
「そうそう依織、今度来る時は、あのとき交換した
それは、当時ふたりの親が交わした婚約の証。
けれど、その場で鹿乃と悠真は、お互いにとぼけたふりを貫いた。
雰囲気を変えようと、鹿乃はすぐ話題を切り替える。
「母さん、もし来るなら、持ってきてほしい物があるの。あとでリスト送るね。」
母娘でひとしきり言葉を交わした後、鹿乃が通話を切ろうとしたところで、母の声が再び聞こえた。
「そうだ、鹿乃。今日、お兄ちゃんの誕生日よ。ちゃんと電話してあげてね? それと──数日前、彼そっちに来て母親と誕生日を過ごしたと言ったわ。もしかしたら今ロンドンにいるかもよ?会って、一緒に食事でもしたら?」
……その言葉に、鹿乃はようやく思い出した。
もうすぐ──湊の24歳の誕生日だった。
一ヶ月ほど前までは、何をプレゼントしようか悩んでいたのに。
今は、すっかり頭から抜けていた。
でも、母の前ではあくまで
鹿乃は静かにうなずき、「うん、わかった」とだけ答えた。
──湊が、今どこにいるのか。
本当は、考えたくもなかった。