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第24話

車を降りたあと、湊は鹿乃をどこかの密室へと連れ込んだ。

四方を分厚い壁に囲まれた、窓もなく空気の通わない閉鎖空間。

そして、鹿乃の身に着けていたスマホや財布など、すべてを取り上げると、彼はドアに鍵をかけ、たった一言を残した。

「数時間だけ、ここで大人しく待ってろ。お前のパスポートを取りに行ってくる。それさえ手に入れば──俺たちは、どこへだって行ける。」

そう言い残し、彼は鹿乃の反応も気にせず、足早に去っていった。

遠ざかる足音を聞きながら、鹿乃は拳を握り締めた。爪が手のひらに食い込む痛みで、必死に気持ちを落ち着かせる。

やがて彼女はしゃがみ込んで、これまでの情報を一つ一つ思い返しながら、どうすればこの状況から抜け出せるかを考え始めた。

思考を巡らせていると、ふいに別の足音が聞こえてきた。

──ヒールの音。神崎湊ではない。

鹿乃はとっさに立ち上がり、ドアを力いっぱい叩いた。

「誰か!助けて!」

足音はドアの前で止まった。

鹿乃が声を張ろうとしたそのとき、聞き覚えのある声がドア越しに響いた。

「……鹿乃、彼はあなたをどこに連れていくつもりなの?」

名取窈子──

希望の光が差し込んだかと思ったその瞬間、それはまたたく間に消え失せた。

墓地で別れて以来、彼女と会うのはこれが初めてだ。

こんな場所に現れたということは、彼女は湊のあとをこっそり追ってきたに違いない。

すでに婚約は破棄されたはずなのに──なぜ、まだ彼を諦めきれないのか。

そんなにも、彼が好きなのか?

そう気づいたとき、鹿乃の中である一つの希望が生まれた。

この絶望的な状況で、唯一の突破口かもしれない。

深く息を吸い、言葉を選びながら早口で話す。

「ポルトガルよ。あの人、私とそこで結婚するつもりなの。でも私は、そんなこと望んでない……」

その言葉を聞いた名取窈子は、乾いた笑い声をあげた。

「結婚?……あの人、本当に頭がおかしくなったのね。

あなた、あれだけ彼のことが好きだったじゃない。どうして今さら引こうとするの?」

相手が反応したのを確認すると、鹿乃は準備していた言葉を次々と口にした。

「彼が私に近づいたのは、母への復讐のためだったの。私はそれに気づいて、彼のもとを離れる決意をした。こっちに留学に来たのは、勉強のためもあるけど……私の婚約者もここにいるの。今月末には正式に婚約する予定で、母もそのために渡英してくる。だから私は、もう彼とは関係を断ちたい。あの人のせいで人生を壊されたくないの。」

それを聞いた名取は黙り込んだ。

時間がじりじりと過ぎる中で、鹿乃の心拍はどんどん速くなっていく。

それでも焦ってはだめだ──そう自分に言い聞かせながら、さらに揺さぶりをかける。

「聞いたよ、お母さんから。あなたたちの婚約、もう解消されたんだって? あなたもわかってるはず。あの人は正真正銘のよ。私のようになりたくなかったら、今すぐ距離を置いた方がいい。」

だが、その言葉を聞いた途端、名取窈子は怒気を込めた声で遮った。

「黙って! 私と湊は、二十年以上の付き合いなのよ。私たちのことに、部外者のあなたが口を出さないで!」

まさに、鹿乃の思惑通りの反応だった。

彼女は、すかさずを装って懇願する。

「私だって出て行きたいよ。でも彼は、私のパスポートを取りに戻ったばかりなの。帰ってきたらすぐ、私を連れ去るつもり。お願い……婚約者に連絡してくれない? 今日さえ逃げられれば、もう二度と彼の前には現れないから!」

再び沈黙が訪れた。

けれど今度ばかりは、鹿乃は焦らなかった。

──名取窈子なら、きっと動いてくれる。

そして予想は的中した。

数分後、ドアの向こうから声がした。

「……連絡先を教えて。」


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