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第二話 甘く幸せな夢

 ふと気がつくと、私の目の前にはいつも通っている高校の校門があった。外は明るいのに、周りには人影さえ見当たらない。


「ここは……学校……?」


 さっきまでベッドの上にいたはずなのに。

 ということは、これは夢?


「おーい、瑠璃ー。こっち、こっち!」


 どこかから、ほんのり低めの落ち着いた男の子の声が聞こえてきた。私を呼んでる?


 とりあえず行ってみようと声のした方に向かう。

 そうしたら、私の足はいつも通り――ううん、いつもよりもずっと軽かった。

 聞こえてくる声も、目の前に広がっている視界も、手足の感覚も、制服の肌触りも。夢だなんて思えないんだけど、ここは本当に夢の中の世界なのかな。


 視線を下げると、青色のパジャマを着て寝たはずなのに制服に変わっていた。黒地の長袖セーラー、赤いスカーフ、膝よりも少し長い丈のプリーツスカート。どこからどう見ても、うちの高校の制服だよね。


 やっぱりこれって、夢じゃなくて現実?

 私がただ学校前でぼんやりしてただけ? それにしては、まだ明るい時間なのに誰もいないのが気になる。


 もしかして、理想の夢の中だったりして。

 寝る前に願ったことが叶った?

 まさかそんなに上手くいくわけもないのに、つい期待しちゃう。


 ドキドキしながら校門をくぐり、校舎へと足を進める。


「瑠璃、こっちだ! おいらはこっちだぞ」


 校舎に近づくにつれ、男の子の声も大きくなっていく。


「どこにいるの? あなたは誰?」


 私も少しだけ声を張り上げ、男の子に呼びかける。

 ……あ。自分で思っていたよりも大きい声が出ちゃった。私、こんなに大きな声も出せるんだ。


「こっち、こっち! 来たら分かる!」


 こっちって言われても……。

 でも、たぶんもう男の子がいる場所にだいぶ近づいているはず。


 キョロキョロと周囲を見回していたら、校庭の隅にある木の下で、猫の着ぐるみを着た誰かが手を振っていた。


 ブンブンと手を大きく振っている人は、黒と白のハチワレ猫の着ぐるみを着ている。何で学校で着ぐるみなんて着てるの? それに、どうして私の名前を知ってるのかな。


 不思議に思いながらも、着ぐるみさんの方に急ぐ。


「久しぶりだな、瑠璃」


 着ぐるみさんの身長は小学校低学年ぐらいかな。

 彼の頭は、160センチの私の腰の辺りの位置にあった。


 右目は黄色、左目は水色のオッドアイ。

 着ぐるみさんは色違いの両目で優しく私を見つめ、モフモフの右手をそっと下ろした。


 んん? あれ。

 てっきり着ぐるみだと思ってたのに、なんか……。

 このモフモフの毛並みと目の感じ。作り物感が全くない。


 もう一度着ぐるみさんに視線を向け、じっくり見る。

 や、やっぱり着ぐるみじゃない、よね?


「えっ。ほ、本物の猫がしゃべってるの? ていうか、た、立ってる……!?」


 着ぐるみじゃないと気づいた瞬間、思わず叫んじゃった。


 猫が二本足で立って、人間と同じ言葉を話すなんてありえないよ。……夢の中だったら、何でもありなのかな?


「おいおい、猫だなんてよそよそしい言い方はやめてくれよ。まさかおいらのこと忘れちまったのか?」


 着ぐるみ改め猫が大げさに肩をすくめ、『一年ぶりの再会だってのに、薄情なやつだなぁ』とため息をつく。


 一年ぶりの再会。

 右目は黄色、左目は水色のオッドアイ。

 黒と白のハチワレ猫。


 二本足で立っている猫をもう一度見て、ハッと息をのむ。


「まさか……グレン……?」

「やぁっと気づいたのか。瑠璃は相変わらず抜けてるな」


 呆れたように笑いつつも、グレンが私を見つめる目はやっぱり優しい。


 本当にグレンなんだ……。

 グレンを見つめているだけで、涙が勝手に込み上げてくる。


「グレン……! 会いたかったよぉ……っ」


 えぐえぐ泣きながら、私よりも身長の低いグレンをぎゅっと抱きしめる。


「ったく、泣き虫なとこも全然変わってないな。せっかく会えたんだから、笑顔で迎えてくれよ」


 そんなことを言いながらも、グレンはモフモフの手を私に伸ばし、抱きしめ返してくれた。


 おばあちゃんの家に住んでいた頃のグレンよりもだいぶ大きくなって、人間の言葉まで話すようになっちゃったけど、確かにグレンだ。優しくて、いつも私の話を仕方ないなって態度で聞いてくれたグレンだよ。


 やっぱりこれは理想の夢の中なんだね。

 夢じゃなくて現実なら、どれだけ良かったかな。

 ううん、たとえ夢でも、もう一度グレンに会えて幸せ。

 だって、もう二度と会えないと思ってたから。


「再会の喜びは後でじっくり分かち合うとして、とりあえず早く行ってやったらどうだ。人を待たせてるんだろ」


 しばらくしてから、グレンはわずかに身体を離した。


「誰が待ってるの?」


 涙を拭き、グレンに聞き返す。


「何言ってんだ、お前の彼氏だろ」

「え、か、彼氏……!?」


 十六年間誰とも付き合ったことがないのに、ここでは彼氏までいるの? さすが夢の中。


「ほら、早く行ってやれよ」


 挙動不審になっている私に対し、グレンはやんわりと促す。


「あ、ありがと。とりあえず行ってみるね!」


 誰が待っているのか分からないけど、ずっと待ってもらってるのも申し訳ないし、ひとまず行った方がいいよね。


 『後でね』とグレンに手を振ってから、いつも使っている昇降口を目指す。


 彼氏って、誰なんだろう。

 ずっと会いたかったグレンにも再会できた。

 ここが理想の夢の中だとしたら、私の彼氏はもしかして……!


 さすがにそれは望み過ぎだって思うのに、自然と足が早くなっちゃう。


 二年生の昇降口、三組の下駄箱の前に、彼はいた。

 落ち着いた茶色の髪と瞳、たぶん180センチぐらいある長身にいつもの学ランを着ている彼――私の片想いの人、八雲流星くん。


 ほ、ほんとに八雲くんがいた――!


「おはよ。瑠璃に会いたくて、早く来ちゃった」


 目が合った瞬間、八雲くんはさわやかな笑顔で声をかけた。い、今、瑠璃って呼んだ……?


 え、てことは、本当に?

 八雲くんが私の彼氏なの?


「私も。流星くんに会いたかった」


 え、ちょ、な。わ、私ってば、何言ってるの? 

 流星くんなんて、そんな馴れ馴れしい。


 いつもだったら緊張でまともな受け答えも出来ないのに、今の私の口はなぜか滑らかに動いた。


「へへ。さ、行こ」


 八雲くんに促され、私は履いていたローファーを下駄箱に入れて、上靴に履き替える。


 八雲くんは私の隣に立ち、微笑ましそうな顔でこちらを見ていた。


「流星くん、私たちの関係って?」


 たぶんもう確定だと思うけど、念のために確認する。


「俺らの関係? 何でそんな……あ、そっかそっか。なるほどね。俺の口から言わせたいんだ?」


 八雲くんは一瞬不思議そうな顔をしてから、すぐにイタズラっぽい笑みを浮かべた。


 八雲くんって、こういう表情もするんだ……!

 さわやかな八雲くんも素敵だけど、ちょっとヤンチャな表情も良いかも。何から何までカッコよすぎて、心臓がギュッとなる。


「瑠璃は俺の彼女だよ。大好き」


 そう言って、八雲くんはとびきり甘く微笑む。


「ありがと、私も大好き」


 いつもの私ならきっと逃げ出していたはずなのに、やっぱり今の私の口はスラスラと動く。


「うん、こっちおいで」


 八雲くんは長い手を伸ばし、私を抱き寄せる。

 え、うそ、や、八雲くんに抱きしめられてるよ……?


 見た目よりも硬くて筋肉質な腕、広い胸。

 さっきグレンとハグした時はモフモフであったくて、安心した。けど、こ、これは、心臓が落ち着かないよ。


 今朝下駄箱で八雲くんに会った時は、今と同じように話しかけてくれたのに、ちゃんと返事をすることさえ出来なかった。


 でも、今の私は八雲くんとまともに話せてる。

 それどころか、ハグまで……!


 ここには死んじゃったグレンもいて、八雲くんともしっかり話せる私もいて、私は八雲くんの彼女。


 私、ずっとここにいたい。

 こんな幸せを知っちゃったら、起きた時に絶望しそう。

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