僕の車の中で前谷くんは終始無言だった。やはり怒っているのかな。今度遊ぶ時は、いくら詩織でもきっぱり断ろう。そして、約束の日に会うようにする。でも、それで嫌われなければいいが。こんなことを繰り返したら、友達もいなくなってしまうし。それは避けたい。友達と言っても、前谷くんを含めて二~三人しかいないが。
前谷くんの住んでいるアパートに着き車を停車した。
「今日は本当に悪かったね」
彼の表情を見ていると笑みはない。寧ろ不機嫌そうだ。でも、前谷くんは車から降りる際に、
「またね」
とだけ言って手を挙げた。
「うん、また誘うよ」
僕も手を挙げて彼を見送った。
前谷くんが部屋に入るのを見届けてから、僕は詩織のいるアパートに向かった。十分程走り、彼女のアパートに着いた。車をいつものように道路の路肩に駐車した。そして、車から降り彼女の部屋のチャイムを鳴らした。少ししてから中から詩織の声が聞こえた。「はーい」
「あ、僕だけど」
一瞬、沈黙が訪れた。そして、
「来てくれたんだ。来ないかと思ってた」
何だか詩織の声は嬉しそうに聴こえた。ドアの鍵を開けてくれ、ドアも開けてくれた。僕は、
「よっ!」
と言って手を挙げた。 詩織は笑みを浮かべて、
「いらっしゃい」
と言った。
僕は、部屋に入った。
「わがまま娘にはかなわないよ」
と言うと、
「あたし、わがまま?」
僕はニヤニヤしながら頷いた。僕は言った。
「でも、頼りにしてくれてるのかな、と思うと許せるよ」
「そうなんだ。新沼さんは心が広いね」
僕はそう言われて、声を出して笑った。
「でもね、今日会った友達は途中で帰る、と言ったら不機嫌そうな様子だったよ。だから、今度からは、約束通りに動くから」
言うと、詩織から笑顔が消えた。彼女は言った。
「友達とあたし、どっちが大切なの?」
僕は言われて呆れた。
「そういう子どもじみたこと言うなよ。どっちも大切だよ」
「ふーん」
「何か飲み物ないか? 喉乾いた」
詩織は冷蔵庫の中を見た。
「缶コーヒーと牛乳ならあるよ」
「缶コーヒー貰っていいの?」
彼女は頷きながら、缶コーヒーをくれた。
「ありがとう」
「いや、来てくれたお礼。そんなものだけど」
そういうと、詩織はまた笑った。可愛い。そう思ったことは言わないけれど。照れくさいから。僕は缶コーヒーを開栓し、一口飲んだ。
「微糖だな」
「うん、嫌だった?」
「いや、好きだよ」
「なら、良かった」
詩織はテレビをつけた。そして、こう言った。
「やっぱり、新沼さんがいる方が寂しくないね」
「そりゃ、そうだろう。独りでいるのとは違うよ」
「まあね」
テーブルの上にはビールの空き缶が二缶置いてあった。
「酔いは醒めたの?」
「うん、醒めた。二缶しか呑んでないからね」
僕はテレビを観ていると詩織は、
「ねえ、抱いてよ。せっかく来たんだし」
僕は、
「そうだな」
と言って、彼女に近付き唇にキスをした。