翌朝七時に僕は目覚めた。詩織の部屋に泊まってしまった。何か、付き合ってもいないのに、ダラダラしているなぁ。良くない。それに、今日、僕は仕事の日。自宅に帰って用意しないと。横にいる詩織はまだ気持ち良さそうに寝ている。起こしたら可哀想なので、起こさないように静かにベッドを出た。その時、詩織は寝言を言った。
「うーん……駄目だよ、あっくん……」
え? あっくん? 誰だろう、元カレだろうか。気になる。とりあえず服とズボンを履いて、スマホと財布をズボンのポケットに入れて、鍵を手に持ち、彼女の部屋を出た。鍵を閉めてないけれど大丈夫だろう。すると部屋の中から僕を呼ぶ声がした。戻ってみると、
「新沼さん……起こしてよ。独りにしないで……」
寂しいのか。もしかして詩織は心が病んでるのか?
そう思い、訊いてみた。
「それはわからないけれど、最近やけに寂しく感じる」
「なんでだろう。仕事で何かあったか?」
「あー! 仕事の話しはしないで! 苛々する!!」
やっぱり何かあったようだ。あまりしつこく訊くともっと苛々するだろうから、黙っていた。
「今日、仕事だ……嫌だなぁ……」
詩織の表情が暗くなった。何があったのだろう。でも、こちらからは訊かないでおこう。すると、
「あたしの話し訊いてよ! 何で何も言ってくれないの!?」
はあ!? と思った。なのでこう言った。
「詩織が仕事の話しはしないで、と言うから何も言わないんだぞ」「あー……そうだった。いや、聞いて欲しいんだけど、客からクレームがきてね、あたしが担当したわけじゃないのにあたしのところに来て、散々文句言われた。担当の女の子はちょうど休みでいなかったの」
「なるほどな、それは嫌になるよな」
詩織は黙っている。
「はあー……辞めよっかな……」
彼女は深い溜息を吐きながら言った。僕は尚も黙っていると、「何か言ってよ! もう!」
と怒られてしまった。難しい子だなぁ。なので僕はこう言った。「仕事、限界なのか?」
「ていうか、あのおっさんさえ来なければ大丈夫なのよ」
「店長に相談したか?」
「したけど、どうすることも出来ないって言ってた。そんな時ばかり店長は逃げるように事務所に行っちゃうの」
僕はスマホの時計を見ると時刻は七時半過ぎ。そろそろ帰らないと、支度の準備がある。そう伝えると、
「わかったわよ! そんなに帰りたいなら帰ればいいじゃない! あたしのことなんか構わなくていいから!」
詩織は怒っている、尋常じゃないくらいに。大丈夫だろうか。僕は言った。
「今夜また来るから。それまでお互い頑張ろうよ。僕だって嫌なことはあるよ。クレームもたまにくるし」
詩織は今度は黙っている。彼女は布団から出る様子もなく、僕とは反対の方を向いてしまった。仕事に行かないつもりだろうか。なので、言った。
「仕事に行かないのか? 無理しなくていいと思うぞ。休めないのか?」
詩織は髪の毛をクシャクシャにして泣き出した。情緒不安定になってるみたいだ。
「大丈夫か? 怒ったり泣いたりして。情緒不安定だぞ。病院に行ってみるか?」
「病院なんか行かない」
「そうか、わかった」
僕は言った。
「無理しない方がいい。そのおっさんも毎回来るんだろ? 一回や二回じゃないんだろ? 店長が何もしてくれないなら、本部に直接言ってみたらどうだ?」
詩織は黙ったまま動かないと思っていたら、喋り出した。
「仕事遅れるよ。あたしは大丈夫だから行っていいよ」
「本当に大丈夫か? 何か心配だ」
「……大丈夫だから。仕事は行く」
少し落ち着いてきたかな。
「じゃあ、僕、帰るから。また、今夜な」
詩織は何も言わなかった。