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第13話 情緒不安定

 翌朝七時に僕は目覚めた。詩織の部屋に泊まってしまった。何か、付き合ってもいないのに、ダラダラしているなぁ。良くない。それに、今日、僕は仕事の日。自宅に帰って用意しないと。横にいる詩織はまだ気持ち良さそうに寝ている。起こしたら可哀想なので、起こさないように静かにベッドを出た。その時、詩織は寝言を言った。

「うーん……駄目だよ、あっくん……」

 え? あっくん? 誰だろう、元カレだろうか。気になる。とりあえず服とズボンを履いて、スマホと財布をズボンのポケットに入れて、鍵を手に持ち、彼女の部屋を出た。鍵を閉めてないけれど大丈夫だろう。すると部屋の中から僕を呼ぶ声がした。戻ってみると、

「新沼さん……起こしてよ。独りにしないで……」

 寂しいのか。もしかして詩織は心が病んでるのか?

 そう思い、訊いてみた。

「それはわからないけれど、最近やけに寂しく感じる」

「なんでだろう。仕事で何かあったか?」

「あー! 仕事の話しはしないで! 苛々する!!」

 やっぱり何かあったようだ。あまりしつこく訊くともっと苛々するだろうから、黙っていた。

「今日、仕事だ……嫌だなぁ……」

 詩織の表情が暗くなった。何があったのだろう。でも、こちらからは訊かないでおこう。すると、

「あたしの話し訊いてよ! 何で何も言ってくれないの!?」

 はあ!? と思った。なのでこう言った。

「詩織が仕事の話しはしないで、と言うから何も言わないんだぞ」「あー……そうだった。いや、聞いて欲しいんだけど、客からクレームがきてね、あたしが担当したわけじゃないのにあたしのところに来て、散々文句言われた。担当の女の子はちょうど休みでいなかったの」

「なるほどな、それは嫌になるよな」

 詩織は黙っている。

「はあー……辞めよっかな……」

 彼女は深い溜息を吐きながら言った。僕は尚も黙っていると、「何か言ってよ! もう!」

 と怒られてしまった。難しい子だなぁ。なので僕はこう言った。「仕事、限界なのか?」

「ていうか、あのおっさんさえ来なければ大丈夫なのよ」

「店長に相談したか?」

「したけど、どうすることも出来ないって言ってた。そんな時ばかり店長は逃げるように事務所に行っちゃうの」

 僕はスマホの時計を見ると時刻は七時半過ぎ。そろそろ帰らないと、支度の準備がある。そう伝えると、

「わかったわよ! そんなに帰りたいなら帰ればいいじゃない! あたしのことなんか構わなくていいから!」

 詩織は怒っている、尋常じゃないくらいに。大丈夫だろうか。僕は言った。

「今夜また来るから。それまでお互い頑張ろうよ。僕だって嫌なことはあるよ。クレームもたまにくるし」

 詩織は今度は黙っている。彼女は布団から出る様子もなく、僕とは反対の方を向いてしまった。仕事に行かないつもりだろうか。なので、言った。

「仕事に行かないのか? 無理しなくていいと思うぞ。休めないのか?」

 詩織は髪の毛をクシャクシャにして泣き出した。情緒不安定になってるみたいだ。

「大丈夫か? 怒ったり泣いたりして。情緒不安定だぞ。病院に行ってみるか?」

「病院なんか行かない」

「そうか、わかった」

 僕は言った。

「無理しない方がいい。そのおっさんも毎回来るんだろ? 一回や二回じゃないんだろ? 店長が何もしてくれないなら、本部に直接言ってみたらどうだ?」

 詩織は黙ったまま動かないと思っていたら、喋り出した。

「仕事遅れるよ。あたしは大丈夫だから行っていいよ」

「本当に大丈夫か? 何か心配だ」

「……大丈夫だから。仕事は行く」

 少し落ち着いてきたかな。

「じゃあ、僕、帰るから。また、今夜な」

 詩織は何も言わなかった。

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