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 ミーティアル帝国、主要な皇族の状況


 皇帝――存命。現在は療養中。政務の大部分を、第一皇子と第一皇女に代行させる。


 第一皇妃――五年前に死去。第一皇子、第二皇女、第三皇女の母。

 第二皇妃――六年前に死去。第二皇子、第三皇子、第一皇女の母。

 第三皇妃――存命。帝国僻地にて静養中。第四皇子、第五皇子、第四皇女の母。

 第四皇妃――存命。ファルデア王国に亡命。第六皇子、第五皇女の母。


 第一皇子――存命。皇帝の政務を代行。

 第二皇子――十年前に死去。

 第三皇子――十年前に死去。

 第四皇子――十年前に死去。

 第五皇子――存命。第一皇女の補佐をする。

 第六皇子――存命。ファルデア王国に亡命。


 第一皇女――存命。皇帝の政務を代行

 第二皇女――存命。第一皇子の補佐をする。

 第三皇女――十年前に死去。

 第四皇女――十年前に死去。

 第五皇女――存命。ファルデア王国に亡命。


 継承権争いは現在、第一皇子陣営(第二皇女含む)、第一皇女陣営(第五皇子含む)で争われている。



 異様な光景という言葉、それは、どのような状況、どのような場であれは、適当であると思えるだろうか。


「「「…………」」」


 本来、その場が静まるかえることなど、まずあり得ない――今、そんな状況で明確に行動しているのは、その者たちだけ。


「――ようこそ、いらっしゃいませ。ここまで、よく頑張りましたね」


 その者たちが、懸命に歩んだ先に待っていたのは、誰もが讃えずにはいられないであろう、眉目秀麗という言葉がよく似合う美しい女性。薄緑色の長い髪と、そこから伸びる長い耳を、弾ませるように軽く動かしている彼女は、柔和な笑顔で、その者たちを迎える。

 その一方で、その様子を遠目に、苦々しい表情で眺める者たちがいる。


「……クソが――」


 そんなことを口にする若い男は、パリッとした黒を基調とした制服――ミーティアル帝国軍人とわかるそれに身を包む。軍帽から覗かせるのは紺色の髪、胸には黄金の徽章。

 その徽章は、ミーティアル帝国東方の国境地帯を治める大貴族――ラズィファーク公爵家の者であるということを示している。

 憮然とした表情の彼は、馬上にて、その者たち――ミーティアル帝国から逃げ出して、大森林地帯への亡命を望む、人族を除いた他種族の奴隷たち――が通りすぎるのを歯噛みしながら眺めることしか出来ないでいた。


「――若、手出しはいけませぬぞ」

「ああ、わかってる……クソっ!」


 若と呼ばれたその男も、その男を若と呼んだ老齢の軍人も、その二人の背後に整然と列をなす総勢五千の甲冑騎士たちも、本来ならばあり得ない異様な光景を壊すような、野蛮な振る舞いを控えていた。

 その土地は、ミーティアル帝国東方を治めるラズィファーク公爵領内に存在する国境地帯であり、ダスクード大陸東部、大森林地帯の西方の国境地帯。


 その土地の名は、フェルニス大平原。ダスクード大陸史上最強と今なお謳われている主――破滅級星五魔竜フェルニスが治めていた未開領域、その跡地である。


 異変が起きたのは、三週間ほど前。奴隷の一団がフェルニス大平原に現れると同時に、大きな樹をモチーフにした軍旗を掲げる者たちが姿を見せる。

 その異常事態に、ラズィファーク公爵家が反応。ミーティアル帝国北方へ遠征している公爵の留守を預かる藍髪の彼が、兵を率いて急行。陣を敷き、距離をとって睨み合いをすることになった。


 そして、今に至る。


「本当に愚かだ……意味がわからん……」

「…………」

「なぜ、俺は、こんなものを見なければいかんのだ……」

「…………」

「なぜ、帝国の民が、そんな表情をする……」

「…………」

「なぜ、涙を流し、逃げるように他国に向かう姿を見なければならぬのだ!教えろ、じい!」


 彼は、強く深く、憤っていた。守るべき帝国の民が――それが人族ではないとしても――涙を流して他国に逃げていく姿に、そんな感情を与えてしまっていることを帝国貴族として恥ずべきだと、自分自身の未熟さに激怒していたのだ。

 奴隷たちを虐げていたのは、ラズィファーク公爵領以外の者たちであることを、彼は知っている。しかし、自分に何かやれることがあったのではないか、あそこまで追い込まれる前に助けることができたのではないか、と、自責の念に駆られ、だからこそ、自分自身の不甲斐なさに怒りを覚え、奴隷たちが、自分たちの前を通過するたび――涙を流しながら憤慨していたのだ。


「若自身で答えを見つけなされ」

「ちっ……クソが!」


 蒼獅子――それは、ラズィファークの者たちの勇猛さを讃えた民たちによる名付け。だからこそ、その名に恥じることなき誇り高き生き様を、ラズィファークに生まれた者らは示す。

 ラズィファーク公爵家が、第一皇子陣営にも第一皇女陣営に加わることがないのも、帝国貴族たるもの、その忠義は皇帝陛下とミーティアル帝国、帝国の民に捧げているから。

 かの公爵家こそ、かつての帝国の象徴、その魂を、現代にまで受け継ぐ者たちの筆頭。

 そして、彼もまた、ラズィファークの三男として生まれ、高潔な魂を継いだ者のひとり。


 ――カイン=ラズィファーク。


 ラズィファーク公爵家の若き獅子である。



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