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 戦闘貴族――かつてダスクード大陸南部を平定したミーティアル帝国軍において中核を成した貴族たちの総称。ミーティアル帝国の技術の粋を集結した魔導武具をその身に纏い、乾坤一擲、我が身の命をかけて帝国の運命を切り拓かんと戦いに臨むその姿は、自国民も他国の者たちも、畏敬の念を抱いていた。

 現在、帝国魂とも呼ばれた殉死の精神は、一部の帝国貴族が継承している(主に、国境地帯などに領地を構える地方貴族)。



 ミーティアル帝国首都メティルード。帝国中央部に位置し、豪華絢爛を絵に描いたような帝城をもって帝国の威を示している巨大都市。そこに暮らすのは人族のみ。他種族は奴隷として飼われ、便利な道具として使われている。

 人族至上主義こそが理想、人族を讃えることこそが正義、世界を統べるべきは人族である。


 そこは、そういう場所である。


「――それで、どうする気ですの」


 夜も更けた頃、ミーティアル帝国帝城の一室にて、一組の比較的若い男女が顔を合わせる。時間も時間であることから、傍目からすると、まるで恋人の逢瀬にも見えるかもしれない。

 だが、この二人の関係性は、そのように甘く、幸せを享受できるようなものではない。


「……どうもこうもあるまい」

「わたくしは、このままで済ます気はございません。我が帝国に歯向かう愚かさ、身をもって思い知らせなければ気が収まりませんもの」

「……我が覇道の邪魔をさせる気はない。無論、貴様も例外ではない、が――」


 金髪の麗人――ミーティアル第一皇子にして皇太子――アレフ=ミーティアルは目を伏せ、ひとつ息を吐き、告げる。


「――第六の台頭、その可能性を、我は見過ごしはせぬ」

「ならば、今は一時休戦、よろしいわね」


 そのような言葉を口にする青髪の美女――ミーティアル帝国第一皇女――パメラ=ミーティアルもまた、皇太子アレフ同様、ここ一ヶ月の間に帝国で起きたトラブル、アクシデントの類いによって湧き出てきた可能性に危機感を覚えていた。


 この二人は本来、それぞれの陣営に分かれ、継承権を争う間柄。だが、そんな二人が顔を合わせてでも話し合わなければならない、それほどの事態が発生したということである。


 今回、帝国内で起きたことはいくつか存在するが、その中で、この二人が最も迷惑を被ったと感じる出来事といえば――


「――剣聖レヴァスに魔龍ベルヌスを失うだなんて……」

「実に忌々しい……」


 剣聖レヴァス、魔龍ベルヌスの大精霊化。この二者を失うことは、現在のミーティアル帝国にとって、間違いなく痛手。

 前者は、純粋な個人戦力の喪失。アダマンタイト級傭兵すら凌駕する戦闘能力――破滅級の魔物ですら葬り去る剣聖を失うのは、国家にとって損失に他ならない。

 そもそも、皇太子アレフも皇女パメラも、剣聖レヴァスを中心とした討伐隊に、国外の未開領域を秘密裏に攻略させて、破滅級の魔物を殺させていた、これまでに三度。


 その目的は、未開領域の主たる破滅級の魔物を、キメラの素材にすることである。


「キメラの素材調達、どうなさいますの?」

「……あやつらを向かわせる他あるまい」

「頭が痛くなるわね。未開領域がひとつ失われた上に、足踏みさせられるなんて……」


 そして、もう一つ。魔龍ベルヌスを失うことの意味とはなにか。まず、大前提として、国内の未開領域を資源供給の要として活用するのは、どこの国でも行われていることである。

 ベルヌス湿地帯も、帝国にとっては資源を、特に魔物の素材を獲得する場所である。

 そして、未開領域は、膨大な魔力を有する主がいなくなると、未開領域ではなくなる。

 つまり、魔龍ベルヌスがいなくなると魔素が薄くなり、未開領域ベルヌス湿地帯が、ただの湿地帯に変わるということを意味する。


 魔龍ベルヌスを失う意味とは、まさにこのこと、貴重な資源供給元を、帝国は失ってしまったのである。


 剣聖レヴァス、魔龍ベルヌス、その両者が、帝国にとって目の上のたんこぶである、あの精霊神ソーマによって失われた事実こそが、この二人の機嫌が損なわれた原因である。


 しかし、問題はこれだけに留まらない。


「……バルシアからの報告は全て目を通してあるな?」

「ええ……バルシアが商工ギルドに乗っ取られた……まさかキリエがしくじるなんて――」

「精霊神に直接乗り込まれてはな……問題は、あのセルゲイまでもが取り込まれたことだ」


 剣聖レヴァスと魔龍ベルヌスの大精霊の儀、それはバルシア闘技場にて執り行われた。

 その際、観衆の中にいた皇太子や第一皇女に繋がる帝国軍人が報告、ことの事態を知ることになり、そこからバルシアに起きた一週間のことも知ることになる。とはいえ、起きたこと自体は、単純明快。


 ミーティアル第六皇子エレン=ミーティアル、セルゲイ=ガーデス侯爵の両名が、ファルデア王国に亡命した。


 ただ、それだけのことである。


 このように、起きたこと自体は単純だが、起きた結果はそうではなく、ミーティアル帝国の現状が、混沌を極めるほど複雑なものにへと変わった。

 まず、ガーデス侯爵領都バルシアには、領主不在を穴埋めするために商工ギルドから代官わ派遣すると同時に、ここ十年のバルシアの政務調査が、商工ギルド主導で行われることに。

 もし、商工ギルドの介入を断れば、帝国内から全ての商工ギルドが撤退し、帝国内の物流インフラストラクチャーは機能を停止することになる。

 皇太子や第一皇女としては、商工ギルドにバルシアをいいようにされる訳にはいかない。だが、ここで商工ギルドの介入を断れば、バルシアの闇を知らない帝国貴族から取り返しがつかない反感を買うことは間違いない、静観の一手を取らざるを得ないということだ、


「……第六とセルゲイは間違いなく、あの女と合流するはずだ――」

「ええ、そうでしょうね……せっかく、あの忌々しい女を追い出せたのに……」

「……ファルデア王家に匿われてはな」


 十年前、キリエを中心として画策された計画は実施され、皇太子陣営にも第一皇女陣営にも肩入れしないバルファトス侯爵を暗殺し、キリエによって操られたセルゲイ=ガーデスをその後釜として、バルシアを、キメラ素材培養のための場所に作り替えた。

 この時に暗殺されたバルファトス侯爵は、結果的には第六皇子陣営ということになる人物なのだが、正確には、ある女性の陣営に席を置く者だった――


「……あの女は、間違いなく第六の後ろにつくはずだ、そうなれば――」

「厄介ね……帝国が割れるわよ……」


 その女性は現在、ファルデア王国に匿われている、皇太子や第一皇女からすれば、ある意味では、精霊神ソーマ以上に厄介な女性。


 彼女の名は――エレス。ミーティアル帝国第四皇妃の名である。

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