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第5話 :真の支配者



古城の地下に隠された密室は、冷たく湿った空気に満ちていた。燭台の炎が揺れ、壁に不気味な影を投げかける中、フレデリカ・フォン・エルシュタットの姿はまるで闇の女王のように浮かび上がっていた。彼女の金色の髪は、薄暗い光の中でなおも輝き、青いドレスは血のように赤い情熱を秘めているかのようだった。彼女の瞳には、冷酷な決意と、どこか陶酔したような光が宿っていた。


フェリックス・フォン・エルシュタットは、床に倒れていた。彼の手足は縄で縛られ、額には殴られた跡が赤く残っていた。ほんの数分前、フレデリカの隙を突いた彼は、彼女を押さえつけて優位に立とうとした。だが、それは彼の致命的な誤算だった。フレデリカの華奢な見た目からは想像もできない力と速さで、彼女はフェリックスの腕をひねり、近くにあった燭台で彼の頭を殴打したのだ。フェリックスは意識を失いかけ、抵抗する力も失った。


「フェリックス様、油断は禁物ですわ。」フレデリカの声は、まるで子守唄のように柔らかく、しかしその底には氷のような冷たさが潜んでいた。彼女はフェリックスの縄をさらに強く締め、彼が動けないことを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。


部屋の片隅には、アレクサンドル・フォン・エルシュタットが縛られたまま跪いていた。第一王子の顔は青ざめ、瞳には深い苦痛と、フレデリカへの複雑な感情が渦巻いていた。彼女の前章での行動――フェリックスとのキス――は、アレクサンドルの心を深く傷つけていた。だが、同時に、彼はその痛みの中に、彼女の愛の形を見出していた。彼女の愛は、優しさではなく、残酷さでしか表現されないものだった。


フレデリカは、フェリックスとアレクサンドルを交互に見つめた。彼女の唇には、薄い微笑みが浮かんでいた。それは、勝利者の微笑みでも、愛情の微笑みでもなかった。それは、すべてを支配する者の、絶対的な自信の表れだった。


「さあ、殿下。」フレデリカはアレクサンドルに近づき、彼の縄をゆっくりと解き始めた。彼女の指先は、まるで愛撫するように繊細に動いたが、その動きにはどこか儀式的な冷たさがあった。「これから、わたくしがあなたに贈るのは、これ以上ない屈辱ですわ。」


アレクサンドルは、彼女の手が縄を解く感触にわずかに震えた。彼の瞳は、フレデリカを見つめ、彼女の言葉を飲み込むように揺れていた。「フレデリカ……何を……」彼の声はかすれ、ほとんど聞き取れないほどだった。


フレデリカは微笑みを深め、アレクサンドルの縄を完全に解いた。彼女は一歩下がり、フェリックスの方を指さした。「殿下、弟君に口づけを。」彼女の声は、まるで命令する女王のように厳かだった。「男同士、しかも兄弟同士――これ以上ない屈辱を、お贈りしますわ。」


その言葉に、部屋の空気が凍りついた。フェリックスの顔が恐怖と絶望に歪んだ。「やめろ……やめてくれ、兄上っ……!」彼の叫び声は、密室に反響し、しかしフレデリカの冷たい視線によってかき消された。


アレクサンドルは、立ち尽くしたまま動かなかった。彼の瞳には、抵抗と服従が交錯していた。フレデリカの命令は、彼にとって耐え難いものだった。だが、彼女の愛――その残酷な愛――に縛られた彼には、逆らう術がなかった。彼はゆっくりとフェリックスに近づき、弟の顔を見つめた。


「兄上……やめろ、頼む……!」フェリックスの声は、涙に濡れていた。彼のプライド、彼の尊厳は、フレデリカの手によって粉々に砕かれようとしていた。


だが、アレクサンドルは静かに首を振った。「フレデリカ……命じてくださって、ありがとう……」彼の声は、まるで祈りのように静かだった。彼は王族としての誇り、兄としての威厳、すべてを脱ぎ捨て、フレデリカの命令に従った。彼はフェリックスの顔に手を伸ばし、ゆっくりと唇を寄せた。


その瞬間、フェリックスの叫び声が密室に響いた。「やめろぉっ!」だが、その声は虚しく、アレクサンドルの唇がフェリックスの唇に触れた。キスは一瞬だったが、その一瞬は永遠にも等しい屈辱をフェリックスに刻み込んだ。


フレデリカは、その光景を陶然と見つめていた。彼女の瞳は、まるで芸術作品を鑑賞するように輝いていた。「殿下の苦悶の顔……最高ですわ。」彼女の声は、まるで甘い毒のように響いた。「その顔を、誰にも渡したくありませんの。」


アレクサンドルは、フェリックスから離れ、フレデリカを見つめた。彼の瞳には、痛みと、彼女への服従が混在していた。「フレデリカ……これが、あなたの望む愛なのですね。」彼の声は、静かだが力強かった。彼は、彼女の愛の残酷さを理解し、受け入れていた。


フェリックスは、床に崩れ落ち、嗚咽を漏らしていた。彼の心は、フレデリカの策略によって完全に打ち砕かれていた。彼は、彼女の道具に過ぎなかった。彼女の愛は、アレクサンドルを支配するためのものであり、彼はそのための犠牲者に過ぎなかったのだ。


フレデリカは、ゆっくりとアレクサンドルに近づき、彼の頬に手を置いた。「殿下、あなたはわたくしのものですわ。」彼女の声は、まるで呪文のように響いた。「この屈辱も、この痛みも、すべてわたくしの愛の証です。」


アレクサンドルは、彼女の手の下で静かに頷いた。彼の心は、彼女の愛に完全に縛られていた。フレデリカの微笑みは、まるで夜の闇に咲く毒花のようだった。美しく、冷たく、そして絶対的な支配を象徴していた。


密室の空気は、なおも重く、燭台の炎が揺れるたびに、フレデリカの顔に新たな影が落ちた。彼女は、フェリックスとアレクサンドルを見下ろし、心の中で次の計画を練っていた。彼女の愛は、終わることのない舞台だった。そして、その舞台の主役は、常に彼女自身だった。



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