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第39話 短冊に願いを

休憩室で、煎餅をかじりながらダラダラとテレビを見ていた。


――ああ、今日は全国的に七夕なのか。


千歳はポリポリと音を立てる。私の知識が正しければ、北海道の七夕はひと月遅れでやってくるはずで、あんまり実感がわかない。


「短冊に願いを書いて笹に飾ると、願いが叶うんだってさ。迷信だけど」


テレビの特集を見ながら、千歳がぽつりと言うと――


「なんじゃあれは」


背後からリィナの声がした。指さす先には、テレビ画面いっぱいに映るカラフルな短冊と笹飾り。


「紙切れで願いが叶うとは、図々しいにもほどがある。腹も膨れぬではないか」


夢も希望もあったもんじゃない女神である。


「でもリィナの知り合いで、そういう願い叶える神様とかいないの?」


「おるにはおるが……だいたい我と親しいのは、死神とか貧乏神とかじゃな」


「慈愛の女神って、そっち系と仲良くするもんなの?」


「我は確かに慈愛の神。じゃが、この現世の生活で――廃れてしもうてな……」


「人のせいにするな!」


千歳が手元の煎餅でツッコミを入れると、


「そうだぞ女神リィナ。たるんでいるな!」


――どこかから、声が響いた。


「この声は……大地の神!?」


リィナが顔を上げて警戒するが、千歳は呆れたように空を見上げる。


「なんでこの時期に“大地”なのよ。七夕って“星”のイベントでしょ?」


ゴゴゴゴゴッ……!


――3階の休憩室なのに、なぜか床が揺れる。下から地面が盛り上がってくる?


「ちょっと待って。建物壊さないように、サイズ調整して出てきてちょうだい!」


千歳が制止すると……。


しゅるしゅるしゅる……。


――異常に謙虚なエフェクトとともに、普通サイズの大地の神が登場した。


「……我、大地の神なのに……(普通サイズ)」


見上げるでもなく、真正面から目が合うサイズ感。泣きそうな神である。


「で? 何の用?」


千歳が煎餅の食感を止めずに訊ねると、


「世の中、皆して星を見ておる。星に願いをしておる。我のことなんか誰も見ておらぬ……悲しい……」


「知らんがな!」


千歳の即答に、大地の神はしょんぼりとうつむく。


「じゃがここには、リィナをはじめ我を理解してくれる者が多々おる。きっとなんとかしてくれると思って、壮大な演出をして参ったのだが……」


「……依頼料くれるなら、話は聞いてあげてもいいけど?」


千歳が煎餅のかけらをぽいと投げながら言うと、


「ほんとうか!? まことか!? これが慈愛か!」


大地の神の目がキラキラと輝き出す。


「慈愛ではなくビジネスよ」


呆れたように千歳が言い捨てるのだった。


「千歳、なんか上からすごい音したけど、なにごとなのです!?」


――総務部の佳苗が、ドタバタと慌てて休憩室に飛び込んできた。


「(ヒィッ……破壊神!?)」


佳苗の姿を見るなり、さっきまで星にかまってもらえないと嘆いていた大地の神が、反射的に千歳の背後に隠れた。


「なにビビってんのよ」


千歳は眉をひそめるが、本人は状況を理解していない。


佳苗のほうは「なんなのです!?地鳴りと揺れと、あと土のにおいがすごかったのです!」とプンスカしている。


「お主、怖くないのか……?」


背後から震える声がした。


「数千年前……あの小娘の寝返りひとつで、我は宇宙の彼方まで吹き飛ばされたのだ。家に戻るまで五百年はかかった……!」


「何わけわからんこと言ってるのよ。夢でも見てろ」


千歳はため息交じりに振り返る。


リィナはというと、じと目で佳苗を見ながらひとこと。


「……そんな神話があったのか……?」


(あるかもしれん……なぜか否定できぬ……)


「とにかく、大地の神様だっけ?」


千歳は気を取り直し、近くのテーブルから紙とペンを取り出して、大地の神に渡す。


「これに、“僕にかまってください”って書いて、星にお願いしなさいよ」


「本末転倒じゃないか!!」


大地の神が即ツッコミするが、千歳は煎餅をかじったままそっけない。


「七夕って、そういうイベントだから」


「我は大地の神ぞ!? 星などに頼るなど……いや、しかし……それでかまってくれるなら……」


「なびくの早っ!」


「お願いごとを、星に託して……わかった、書く!」


しゃがみ込み、真剣なまなざしで短冊に「かまってください」と書く大地の神。


「こやつ、こんな神だっけ?」


と、リィナが小声でつぶやいた。



「……そうか」


がさごそ。


ポケットからおもむろに取り出したのは、求人票用の書類。


カウンターの上に広げると、ボールペンを走らせた。


『星の神様(臨時)募集! 仕事内容:短冊の願いを叶えること。即日勤務歓迎』


書き終えるや否や、求人票をふわりと空に投げる――


ピカッ!


紙は一瞬で異次元に転送された。


「千歳、また異次元に求人出したのか!?」


リィナが顔をしかめる横で、千歳はあっさりとうなずく。


「だって願い叶える人がいないと進まないでしょ?」


その瞬間――


ズシャァァァン!!


天井を突き破らんばかりの勢いで光が差し込み、星屑のようなきらめきとともに、めちゃくちゃ怒った顔の神様が現れた。


「なんなんだよ!! 今日、一年で一番忙しい日だぞ!?」


叫ぶその姿は、星の神様。


額に星の紋章、ローブの裾からは流星の尾がたなびいている。とても神秘的、だったはずなのに。


怒りで頬がピクピクしている。


「七夕の願いだけで全国一億人分あるのに! なんでこんなとこでアルバイトさせられるんだよ!? しかも臨時ってなんだよ臨時って!」


「……すごい、本当に来たのです」


佳苗が目を輝かせる。


「我の短冊……読んでくだされ!」


大地の神は星の神に短冊を突き出す。


「かまってください、だぁ? こちとらブラックホールの調整で寝てねーんだよ!!」


「お疲れ様です」


星の神の怒号に、大地の神が超絶低姿勢でペコペコしている。


もはやなんでもありの求人票である。


「なんとかなんない? あんた、願い叶える神でしょ?」


千歳が肩をすくめながら言うと、星の神は即答した。


「嫌だよ! こんな契約、無効だ! 僕は帰る!」


ふわっと浮かびかけたその瞬間――


「なんとかならないのですか?」


佳苗が首を傾げて声をかけた。


「ヒィッ! 破壊神!?」


星の神は反射的に千歳の陰に隠れる。


「……あんたまで何ビビってんのよ」


千歳のジト目が突き刺さる。


「お前怖くないのかよ!? 数千年前、あの子のくしゃみで惑星が五個爆発したんだぞ!? いいか!? 惑星だぞ!? 衛星とか、岩とかじゃねぇんだぞ!?」


「……また神話が増えたな」


リィナが静かにメモを取っている。


「……とにかく、僕も死にたくないからね!」


星の神は深呼吸をして、大地の神に向き直る。


「大地の神だっけ? なんとかしてあげたくても、僕にはもうどうしようもないのさ。でもね、君に願いなんかしなくても……この世界に住むすべての者が、言わなくても君に感謝して生きてるんだよ」


一瞬、室内が静まり返る。


「……大地がなかったら、植物は育たない。植物がなければ、動物も人間も生きられない。畑がなきゃ、米も小麦も芋も育たない。食物連鎖の根っこは、全部――君なんだ」


「……」


大地の神の目に、キラリと光るものが宿る。


「我……間違っておった……!」


しゃがみ込むように手を合わせる。


「これからは、己を恥じることなく……皆を幸せにするため、日々精進いたしまするッ!!」


「はいはい、じゃあ依頼料置いてってねー」


依頼料をふんだくると、


「これ給料」


千歳は容赦なく手を差し出し、ひょいと星の神に五円玉を握らせる。


「五円かよ!!」


「……私が見逃すと思った?」


千歳はにやりと笑って、星の神の手のひらを指差す。


「『今日いそがしい』『そろそろ帰りたい』『今週ノルマ五願』って、ぜんぶカンペに書いてあるよね」


「ぬぐぅっ……見られていたとは……!」


「ほらほら、戻りなさい。忙しいんでしょ?」


星の神はチクショーと叫びながら去っていった。



――その夜。


休憩室の片隅に立てかけられた笹には、社員たちの短冊が風に揺れていた。


『痩せたい(切実)』


『部下がほしい』


『クレームゼロ』


『プリン消えませんように』


『もうちょっとだけ寝かせて』


そして、その中央に――


『異世界から来たみんなを、いつかちゃんと帰しますように』


――そんな千歳の短冊が、こっそり吊るされていた。


「……叶うわけないか」


煎餅をかじりながら、千歳は天井を見上げる。


仕方ないか。特別だよ。


『応募職種:星の神の手伝い 希望条件:即帰宅可・出社義務なし・出来高性』


「……人手不足にもほどがあるだろ」


千歳のツッコミが、休憩室に静かに響く。


そして、七夕の夜は――静かに、でもどこか賑やかに、更けていった。

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