──第三部、完。
……じゃねぇよ!!
「完じゃない! 完じゃないからなっ!」
社長室の静寂を引き裂くように、私は机をバンッと叩いた。
可哀想なデスクは悲鳴のような音を上げている。さっきからごめんね。
「……冷静になれ、私。落ち着いて、整理しよう」
異次元に吸い込まれた彼らは、自分の力では帰れない。
けれど、私が出した“求人票”に応募してくれれば、こっちの世界に来ることはできる。
つまり、私は異次元で迷子になった人を唯一、安全に“呼び出せる”存在ってことだ。
そして、その人がうちで働いてくれたら──
「異次元転移埴輪でご帰還!! ってわけだよね!」
思わず立ち上がる。これは……これはすごい!
「……これ、よくない!? いや、めっちゃよくない!? 完璧な異世界回収&帰還サイクルじゃん!」
私は興奮のまま、開発部へと突入した。
あの、元・弥生時代の埴輪職人(現・開発主任)──ヨモツに話をするために!
「ヨモツ、聞いて! これ、革命だよ! 完璧なシステムに気づいちゃった!」
彼は素焼きの壺に足を突っ込みながら、いつもの無表情で答える。
「……いや、その埴輪、帰れるの三分間だけだぞ」
「さんっ……ぷん……?」
「うん。三分後には、またこっちに戻される」
「短っっっっ!!」
「ていうか最初に言ったよな。“短いからクレーム来るぞ”って」
「……聞き流してた。いや、今聞いたわ! てか、三分って、コンビニのカップ麺より短いんですけど!?」
「あと、帰れる場所も選べん」
「いやもうそれほぼ意味ないじゃん!!」
「完全ランダム。たとえば、“あ、ここは実家の近くだ……川の匂いが……懐かし……あっ”って言ってる間に、タイムアップ」
「……道の駅のソフトクリームより短命!!」
私はその場でうずくまった。
……ほんとに、誰も帰りたがってなくてよかった。
あんな“バグ寸前の呪いの埴輪”を本気で使ってたら、帰還どころか精神崩壊まっしぐらだよ……。
私はそっと開発部を後にした。
帰還計画、完全にご破算。
けど、まぁ……命があるだけマシってことで。
⸻
「……もう、なんのためにここまで頑張ってきたんだろ、私……」
私はデスクに再び顔を沈めた。
モニターの中のExcelは「ERROR」と叫び、私の心も同じ画面を表示していた。
「……困ったもんじゃのう」
横で茶をすすっているのは、我が社の守護神──リィナ。
神の威厳をまといながら、くつろぎすぎである。
「まるで職を失った商人のようじゃ、千歳。どこぞの大金持ちに拾われて、無職で遊び暮らすでもなければ、立ち直れぬのではないか?」
「別に金持ちになりたかったわけじゃないしさ……」
──そうだ。
就職活動で全敗して、何もできなくて、それでもここまで来たのは……
「誰かを元の世界に帰す」って、目標があったから。
その目標が消えた今、ぽっかり空いた心をどうしていいのか分からない。
「……あ、ちなみにハクジョウ曰く、今年度の営業利益は50円だったらしいぞ」
「えっ!? ちょ、待って!? 50円!?!?」
「毎回ビルが壊れるじゃろ。大地の神が来た時も床の修繕費がな……。
埴輪も、あちこちで毎日爆破しておるし」
「それ地味に大問題では!? えっ、赤字どころか、存在してるのが奇跡の会社なのでは!?」
「まあまあ、それはさておき──」
リィナはスッと茶菓子をつまみながら、何気なく言う。
「隣のビルが、売りに出されておった」
「へぇ、不動産も厳しいんだね……って、何?」
「買っておいたぞ」
「はぁあああああああああああ!?!?!?!?」
「5億じゃ」
「いやいやいやいや!! 何考えてんの!? 桃鉄じゃないんだから!?」
「神のオーラを見たら、不動産屋がひれ伏しておったのでの。割とスムーズにいった」
「そういう話じゃないっての!! てか、ビル増やしてどうすんのよ!!」
「神殿に立て直すつもりじゃ。転職ができる神殿じゃ」
「それ、ただのハローワークだよね!?」
はぁ……。
もうやだ……でもなんか笑えてきた……。
私はまた、デスクに顔を沈めた。
Excelも、私も、神も、埴輪も、だいたいバグってるこの会社。
けれど、こんな会社があっても……まぁ、悪くないかも。
というわけで、第三部。本当に終わり!