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第4部 新事業開始(大丈夫?)編

第42話 ピコリーナホテル・ステラ開業!

「で、リィナが勝手に買ってきたこのビル……どうすんの、マジで?」


私は隣のビルの前で腕を組み、深々とため息をついた。


隣接した十二階建てのビル。外観はそこそこキレイで、築年数は古いものの、耐震補強済みらしい。だけど──


「これさ、ローン何年? 月々の支払いって……いくらなの?」


「ふふ、驚くがよい。神価格で、毎月五百万じゃ!」


「ご、五ひゃ──!? ちょ、待って待って! 月五百万!? 年間六千万!? てことは、十年ローンって──」


「総額六億じゃな。利子込みでな」


「利子一億ぉぉぉぉぉ!? ぼったくられてるじゃねーかああああ!!」


これもう詐欺の域じゃない?

いや、たぶん神のオーラで押し切られた系の取引……。


神様って、そういうチカラの使い方するの!?


「いや……神が買ったから神価格なのでは……?」


隣でクロエが冷静にボソリ。やめて、その地味に効く言い方やめて。


「ていうか、うちのビル、今も空きフロア多いんだけど? これどうすんのよ、ほんとに」


「ふふん、案ずるな千歳よ。これは神殿にするのじゃ! 奥におる老人に話しかければ、転職可能じゃぞ!」


「それハローワークじゃん!!」


神の神殿=職業斡旋所。発想が現代にベッタリすぎるだろう。なにその俗物神。


「だったら、いっそホテルにでもしたら?」


と、クロエがぽつりと提案する。


「……ホテル?」


「うん。まるごと一棟あるなら、宿泊施設に改装できるし。今って泊まれるの、魔王様の簡易宿しかないじゃん?」


「たしかに……でも、そんな簡単にホテルなんてできるもんなの?」


「ここ、札幌駅前よ? 立地最高。ビルとしても十分価値あるし。それに──求人票がある限り、スタッフはいつでも集められるのよ?」


──そう。異世界を含めて人材募集できるのは、我が社だけの強み。


「しかもね?」


クロエがにやりと笑う。


「私たちもそこに住めば、毎日掃除してもらえるし、ルームサービスも受け放題!」


あ、それ完全にダメになるやつだ。


クロエは小悪魔だけど、そういう人間的堕落には敏感だ。


でも、たしかに社員の生活環境を考えると、それも悪くないかもしれない。


──ピコリーナの社員たちは、給料は出ているものの「使い道がない」で有名だ。


というのも、ビル内で衣・食・住がすべて完結していて、希望すれば服や食事も支給される(ただしラインナップは微妙に変わる程度)。


外に出ない。金も使わない。なんという自給自足。


だから営業利益が50円なのか!?


とはいえ問題もある。


社員の大半が“社宅という名の空き部屋”に暮らしているが、掃除はしないし、ゴミの分別も怪しい。


たぶんだけど、一番ヤバいのはクロエの部屋。


ともあれ、新ビル改装に向けて求人を出すことにした。


建築、内装、大工系──とくに第8話以来出番のなかったドワーフのおじさんの再登場が期待される。


すると──


「すみませーん!」


ワハハと盛り上がっていた私に、数名の男性が声をかけてきた。


「あの、僕たち……このビルで以前働いていた者です」


「おお……そうだったんですか」


「はい。思い出もあるので、もしよければ……再雇用してもらえませんか?」


「いいですけど……ホテルになる予定なので、かなり忙しいですよ? うちの社員も利用しますし」


「構いません! なにせ、前の社長、ハラスメント選手権・世界一だったので!」


……おい、どんな会社だったんだ、おとなりさん。


ドワーフのオジサンひとりに任せるのはさすがに無理があると判断し、建築・修繕に長けたドワーフを数名追加で募集。


将来的に本社が爆破されたとき、安価に修繕できる可能性を考慮しての求人である。


……って、爆破前提なのやめたい。


さらに、旧ビルの元従業員──総勢20名では人手不足なので、ホテル運営に必要な人材も異世界からがっつり募集。


「トイレ掃除の他に、部屋掃除もするぞ?」


魔王が言い出した。


「いやいや、無理じゃない? 四天王入れても五人でしょ?」


私が返すと、魔王は神妙にうなずき──


「……余の友に“悪魔王”がいる。奴に声をかけてみる」


そう言って、魔王は額に手を当て、なにかを念じはじめた。


直後──空間がざわめき、ビルの前に「いかにも悪魔です!」という連中がワラワラと登場。


マジで出てきた。なんだこの人脈(人じゃないけど)。


その中には、なぜかクロエの元カレまで混じっていた。


「え……なんであいつ……」


クロエが引き気味に目をそらす。その間も、元彼は堂々と挨拶してきた。


「お久しぶり、クロエ。俺は今、“ベッドメイキングの悪魔”と呼ばれている」


知らん。誇らしげに言われても知らん。


他にも──


「こやつは“枕チョイス抜群の悪魔”じゃ」


「こやつは“床ペロの悪魔”と呼ばれておる」


ネーミングがもはやギャグ。履歴書に絶対書けないやつらばかりだ。


「……あの、私の部屋は自分でやるから! 本当に! 入らないでね!」


私は即座に宣言した。床ペロとか絶対イヤだ。


──ちなみに、私がその場を離れたあと。


魔王の友人である“悪魔王”が、部下にこう念を押していた。


「いいか、お前たち。破壊神のお部屋はくれぐれも丁重に扱え。埃ひとつ……いや、毛一本落ちていたら破滅と思え」


……悪魔王、現実的な危機管理できてるな。




「女神の部屋を悪魔が掃除するとは、時代じゃな……」


リィナが感慨深げに呟くが──


「アンタ働いてないでしょ。ホテル代も払えないんだから、前に住んでた“自称・聖域”の押し入れに戻ってよ」


「神の扱いが……ひどい……」


リィナは目を伏せた。


でも、それは完全に自業自得だと思う。




悪魔たちの登場にビビる元従業員たち。


「あ、彼らコスプレイヤーなんです」


「……あ、そうなんですか!」


こいつら大丈夫か?


悪魔たちには人間の姿になるよう指示し、ビルの一階にはバーを設けることにした。


五分亭は喫茶店なのでアルコール提供はしていない。ダークエルフたちも限界が近い。


これも募集するかと求人票を出したところ──


「待て、千歳。その神域は我が管理しよう。ゆえに我もここに住まうぞ」


リィナが宣言してきた。


客に神のお告げとか言い出しそうだが、ニートよりはマシだ。


きちんと利益を出すよう念を押すと、彼女はコクコクと神妙に頷いた。


それを見ていた元従業員たちは──


「あの子、神に命令してる……。若いけどすごい子なんだろうな」


と、心の底から尊敬の眼差しを向けていたという。


部屋数は、1フロアあたり10部屋──それが常識のはずだった。


「12階建てだから、1階を従業員の更衣室や休憩室に使うとして……残り10フロア。つまり100部屋ね」


私はスマホの電卓を片手に、ぽちぽちと計算していく。


「一部屋一泊2万円として、満室で1日200万円……! まあ、ランニングコストや人件費、材料費もあるけど……うん、意外と利益出るかも!」


千歳が少しだけ明るい表情を浮かべた、そのときだった。


「なに言ってんだ。空間操作で、ワンフロア100部屋は用意するぞ?」


「──えっ?」


久しぶりに登場したドワーフのオジサンが、さらっと恐ろしいことを口にする。


「内装も最高級にするから、宿泊料金も高くして構わんぞ?」


「いや、高すぎても誰も来ないから! ランク分けしてね!? スタンダードとかプレミアムとか、そういうやつ!」


「任せとけ!」


めちゃくちゃ頼もしいけど、勢いだけで全部進んでいくのちょっと怖い。


だが結果的に──


札幌駅前に、前代未聞の“全1,000部屋”の巨大ホテルが一夜にして完成してしまったのだった。


もちろん、ホテルのレストランは1階にあるのだが──


「無理! 1,000部屋規模の宿泊客を1階だけでさばけるか!」


ということで、ピコリーナ本館内の「五分亭」も一気に拡張。にもかかわらず、それでも足りなかった。


最終的に、ピコリーナ本館の最上階すべてを改装し、高級レストランを開業するという流れになった。


──そして、ピコリーナ本館の施設構成は以下のように整理された。



【ピコリーナ本館・施設構成】


● 1階:受付ロビー

 ・アパレル部門(キリが夜だけ半透明で接客)

 ・五分亭(エルファ&ダークエルフ40名)

 ・埴輪などの土産物屋(ヨモツ&ネロ)

 ・呪われた巫女&神官による受付窓口(※レミットの負担軽減のため)


● 2階:トレーニングジム(セラス)

 ・隣に「リラックスルーム」も新設(回復系スキルの練習場兼マッサージ)


● 3~9階:事務フロア「ピコリーナ事務所」

 ・部署ごとにゆるく仕切られており、会議室や食堂、仮眠室なども完備

 ・社長室は9階に設置


● 最上階:高級レストラン「ピコリーナドーム」

 ・昼は社員食堂、夜は完全予約制のフレンチコース



これらとは別に、新設されたホテルは「ピコリーナホテル・ステラ」と命名された。


すべての部屋には個性派悪魔たちや魔物による過剰なまでのベッドメイキングと枕チョイスが施され、客からは「なんか怖いくらい快適」と口コミされている。


なお、レミットは「受付は好き」と言いつつも、1日3交代制にしないと過労死待ったなしだったため、呪われた神官・巫女を数名追加採用。


「……あの、呪いって受付業務に必要なんですか?」


と聞いたら、


「必要です。ミスをしたとき、自分に呪いが跳ね返るようにすることで集中力が上がるんです」


という謎理論が展開された。たしかに緊張感は出るかもしれないけど、それ会社としてはどうなんだ……。


ともかく、こうしてピコリーナ・カンパニーは本社機能と宿泊施設を兼ね備えた、謎のメガ複合企業体として進化を遂げた。


なんかもう、どこに向かっているのか全然わからない。


でもまあ、うまくいってるっぽいから……いいか。


そう、千歳はひとまず、納得することにしたのだった。


追伸。リィナの聖域という名のバーは3名しか入れないらしい。

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