ピコリーナホテル・ステラ――それは札幌駅前に存在する、見た目だけはごく普通の雑居ビルにして、内部は謎の異次元構造。
ワンフロアに百を超える部屋、地下に広がる迷宮のような倉庫群、ついには天空に浮かぶスイートまで。
SNSではこう評されていた。
「見た目ただの雑居ビルなのに、なんか中が無限に広い」
「温泉あったら完璧だな。あと埴輪はなんでいるの?」
「温泉ねぇ……」
社長室のソファでふんぞり返る千歳は、手にしたお茶を飲みながらつぶやいた。
「地下、温泉掘れないかなぁ。確か、あそこ昔魔王封印してた空間だよね」
現在、地下調査は開発部のヨモツ&ネロコンビが担当中。が、魔法トラップだらけでまったく進んでいないらしい。
そのとき。
「収支決算書、できたぞぃ」
財務部長ハクジョウが、紙一枚持ってトテトテ登場。白髪の仙人スタイルだが、居眠り癖と記憶喪失癖がある。
「はいはい、どれどれ……って」
利益:20円
「猫ババしてないよね?」
「よう見てみぃ。社員福利厚生費じゃ。全員ホテル住まい、ルームサービス使い放題。2フロア社員寮化。そりゃ利益なんぞ出るわけないわい」
「え、私……みんなのために社長やってんの……?」
千歳は頭を抱えたが、そのとき――
ピロン♪
スマホが鳴った。
『連休にお父さんと遊びに行くね! 久々に千歳の暮らしも見たいし♪』
「……うちの両親が来る!?」
⸻
その日の夕方、総務部会議室
「第5095回緊急円卓会議、開始なのですっ!!」
篠宮佳苗が、ぶりっ子ボイスを封印し、仁王立ちでホワイトボードを指し示す。
「千歳のご両親――すなわち、ピコリーナ家の《将軍様》と《御局様》が来社されるのです!!」
「な、なんと……!」
「で、でも別に危機じゃないのでは……?」
「いいえ! 大・危・機なのです!!!」
佳苗はズバァン!とホワイトボードに文字を走らせる。
【社長バレ=親孝行壊滅】
「千歳はずっと“新人OLです~社長とか絶対ムリ~”って言ってるのです!」
「つまり……親に社長だって知られたら?」
「即クビです!!(妄想)」
千歳「いや、クビにはならないけど!? でも絶対知られたくない!!!てか、私いなくなったらこの会社終わりだからね? みんな無職だからね?」
「というわけで――」
全員が立ち上がる。
「『社長バレ阻止作戦~将軍様と御局様をお迎えせよ!~』を、開始するのです!!」
⸻
週末、札幌駅
千歳は震えていた。
「……バレたら私、終わり……親孝行ゼロどころか、謎ホテルアンド多角経営して利益が20円の社長やってるって知ったら……!」
キィンと音がして、向こうから両親が登場。
父・無口、新聞とコーヒーが似合う男。最近のブームはエスコンフィールドでの観戦、
母・健康オタクかつおしゃべりマシン。最近の口癖は「玄米を食べなさい」。
「千歳~元気だった? 野菜は? 食物繊維は?」
「ぼちぼちだよ~! ほらホテル行こう!」
引きずるようにして、ピコリーナホテルステラへ。
⸻
ホテルステラ・ロビー
「おおお……す、すごいロビーだな!」
「まぁ! 天井が宇宙……?」
父が天井を見上げ、母が足元の発光床を凝視する。
「いらっしゃいませ……この世とあの世のあわいにて、おくつろぎください……」
受付のレミットが、今日も通常営業の幽霊ボイス。隣には半透明の本物幽霊キリが頭を下げている。
「……あの世?」
「うっかり幽界と繋いでしまった。レミット、切り替えスイッチ!」
「了解……サナギモード、解除……」
レミットが小さくくるりと回転し、「人間モード」へ変化(見た目変わらない)。
そこに現れるショージ(巨人)
「将軍様、御局様、こちら荷物……」
片手で両親のトランク2つをヒョイと持ち上げ、天井に届きそうな巨体で奥へ。
「すごい筋肉……どこかの力士かしら?」
「さすが都会……いろんな人が働いてるんだな……」
⸻
社員全員、土下座!
エレベーター前には社員全員が整列。
「我らが将軍様! 御局様! ようこそおいでくださいました!!」
全員ズシャアッ!と土下座。
母「……え?」
父「え?」
「最近、水戸黄門が社内でブームなんだよ」
「……あ、あれか。副将軍のやつか」
「従って今日より、お二人は名誉将軍・御局様としてお迎えしまする!」
父母「え、えぇ……そんな……」
社員たちはマジで拝んでいた。
⸻
社員たちがずらりとロビーに整列し、将軍様・御局様を迎える準備が整ったそのとき。
館内に、ふいに荘厳な鐘の音が響き渡った。
――ゴォォォォォン……!
「おや、今の音は……?」
天井に広がる宇宙のような天蓋が、金色の星々と共にゆっくりと回転を始める。
その中心に、神々しい紋章が浮かび上がった。
「神界より、降臨す……!」
受付前に設置された無意味な台座に、突如として神光が炸裂する。
バァァァァアアアアアン!!
光の柱が天に伸び、風が巻き起こり、全社員が思わず顔を伏せるその中――
姿を現したのは、神界第一位の大女神・リィナ! まさかの再登場。
純白の羽衣をたなびかせ、頭上には七つの輪光、背には無限のステンドグラス。
足元には金色の蓮が咲き、天の階段を一段一段下りてくるように彼女は現れる。
「見よ……この光を。この神々しさを。そして、全人類が求めし高貴なる威厳を……!」
「リィナ出す必要性ある?」
「うわ、いつもの倍くらい光ってる気がするのです」
リィナは宙に浮いたまま、優雅に将軍様と御局様の前にひざまずく。
「尊き将軍様。慈しみ深き御局様。神界においてさえ、伝説のごときお二人の名は囁かれております」
「えっ……?」
「我が仕えるこのホテル――いえ、神の殿堂ピコリーナステラは、お二人を迎えるためにこそ存在するのじゃ!」
天井から金粉が舞い、どこからか聖歌隊の歌声(録音)が流れ始める。
社員全員「おおおおおおおお……!」
母「ねえ……今、神って言ったよね?」
父「……言ったな」
リィナは、まっすぐ母を見つめて言う。
「さあ……共に、至福のひとときを。天界にすら届く、最高のおもてなしを……!」
千歳(心の声):「演出長っ!!」
社員(心の声):「絶対に社長じゃない感がすごい!!」
そして次の瞬間――リィナはふわりと反転し、舞台袖に退場する女優のように、優雅に奥へ消えていった。
「神退場、確認しました」
受付のレミットが小声で報告。
「BGM切ります」
キリが天井のスピーカーを操作し、天界音楽がフェードアウト。
受付のレミットがぼそりとつぶやく。
その手には、**降臨時に押す専用の“女神ボタン”**が握られていた。
「演出用BGM……停止。金粉噴射……自動終了。台座、温度高め。次回は冷却強化を……」
母「えっ、今の演出だったの!?」
父「……でも、なんか本物感あったぞ……」
レミットはうっすら笑う。
「リィナは、“神っぽい演技力”だけは……無限なのです……」
そこへ――
「レミットさん、舞台設定切り忘れてます!」
サァァァァ……
横から、黒髪ロングの幽霊OL・キリが、
半透明状態でふわっと登場。
「ここの空間……さっきまで冥界に繋がってました……すみません、私、人と光が苦手で……」
「いや待って、今こっちが謝りたいんだけど!?(千歳)」
キリは申し訳なさそうにペコリと頭を下げ、手に持った“あの世の書類”をすっと片づける。
だがその直後――
「さっすがリィナ様、出るたび光の消費量が違うわよね~♡」
ビシッとヒールを鳴らして現れたのは、
スーツばっちり決まった営業広報の女――クロエ。
「将軍様~御局様~♡ ようこそおいでくださいました~♡ うちの会社、演出と宣伝にだけはガチなんですのよ♡」
「……なんか急に現代感きたな」
「そうね、女神からの落差がすごい……」
クロエはウィンクして、両親の前にビシッと名刺を差し出す。
「営業広報担当、クロエ・アマリリスでございます♡ お困りの際は“全部なんとかする係”にお申しつけくださいませ~♡」
キリ「……私は、お困りごとがあると消える係です……」
クロエ「そこは出ようよ!」
千歳(頭抱えながら):「もう情報過多すぎるでしょこれ……」
すると、バシュウゥッ!
スモークと共に現れたのは――黒スーツにネクタイ姿の魔王。
「我こそはピコリーナ・カンパニー社長――マ王一(まおう・はじめ)!」
「まおう……?」
「“まおう”と書いて“まおう”と読みます」
「それはそのままなんだな……」
「将軍様、御局様。社を代表して厚く歓迎申し上げる。我ら一同、忠義を尽くす所存!」
ズゥゥン……!
演技とは思えぬ迫力。さすが魔王。
「千歳、さっきの女神といい本物みたいだね」
「コスプレイヤーなの。うちの会社」
⸻
最上階・埴輪ロイヤルスイート
案内されたのは「ロイヤルスイート埴輪付き」。一泊500万円(社員は500円)。
「埴輪が……整列してる……!」
「ねぇ……一人、ウィンクしてない?」
「社員製だから動くんだよ。安心して」
「安心できない!!」
⸻
夜、父母の部屋にて
「千歳、良い会社に入ったのねぇ」
「将軍扱いはともかく……悪い気はしなかったな」
「社長さん、ちょっと魔王だったけど、あんたに優しかったねぇ」
「そ、そうだね(私だけど)」
「ちゃんとお礼言いなさいよ? 社長さんに」
「うん(言われたいよ毎日!)」
「それにしてもこんな立派な部屋に泊まれるのも千歳のおかげだ。親孝行してくれてありがとうな」
「いえいえ」
「温泉があったらなお良かった」
やっぱそうなるんだよなぁ。
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こうして両親の来日初日は無事終えたかもしんない。
追記。リィナの女神演出費用を聞いて頭が痛くなった。