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第43話 両親が来る 前編

ピコリーナホテル・ステラ――それは札幌駅前に存在する、見た目だけはごく普通の雑居ビルにして、内部は謎の異次元構造。


ワンフロアに百を超える部屋、地下に広がる迷宮のような倉庫群、ついには天空に浮かぶスイートまで。


SNSではこう評されていた。


「見た目ただの雑居ビルなのに、なんか中が無限に広い」


「温泉あったら完璧だな。あと埴輪はなんでいるの?」


「温泉ねぇ……」


社長室のソファでふんぞり返る千歳は、手にしたお茶を飲みながらつぶやいた。


「地下、温泉掘れないかなぁ。確か、あそこ昔魔王封印してた空間だよね」


現在、地下調査は開発部のヨモツ&ネロコンビが担当中。が、魔法トラップだらけでまったく進んでいないらしい。


そのとき。


「収支決算書、できたぞぃ」


財務部長ハクジョウが、紙一枚持ってトテトテ登場。白髪の仙人スタイルだが、居眠り癖と記憶喪失癖がある。


「はいはい、どれどれ……って」


利益:20円


「猫ババしてないよね?」


「よう見てみぃ。社員福利厚生費じゃ。全員ホテル住まい、ルームサービス使い放題。2フロア社員寮化。そりゃ利益なんぞ出るわけないわい」


「え、私……みんなのために社長やってんの……?」


千歳は頭を抱えたが、そのとき――


ピロン♪


スマホが鳴った。


『連休にお父さんと遊びに行くね! 久々に千歳の暮らしも見たいし♪』


「……うちの両親が来る!?」



その日の夕方、総務部会議室


「第5095回緊急円卓会議、開始なのですっ!!」


篠宮佳苗が、ぶりっ子ボイスを封印し、仁王立ちでホワイトボードを指し示す。


「千歳のご両親――すなわち、ピコリーナ家の《将軍様》と《御局様》が来社されるのです!!」


「な、なんと……!」


「で、でも別に危機じゃないのでは……?」


「いいえ! 大・危・機なのです!!!」


佳苗はズバァン!とホワイトボードに文字を走らせる。


【社長バレ=親孝行壊滅】


「千歳はずっと“新人OLです~社長とか絶対ムリ~”って言ってるのです!」


「つまり……親に社長だって知られたら?」


「即クビです!!(妄想)」


千歳「いや、クビにはならないけど!? でも絶対知られたくない!!!てか、私いなくなったらこの会社終わりだからね? みんな無職だからね?」


「というわけで――」


全員が立ち上がる。


「『社長バレ阻止作戦~将軍様と御局様をお迎えせよ!~』を、開始するのです!!」



週末、札幌駅


千歳は震えていた。


「……バレたら私、終わり……親孝行ゼロどころか、謎ホテルアンド多角経営して利益が20円の社長やってるって知ったら……!」


キィンと音がして、向こうから両親が登場。


父・無口、新聞とコーヒーが似合う男。最近のブームはエスコンフィールドでの観戦、


母・健康オタクかつおしゃべりマシン。最近の口癖は「玄米を食べなさい」。


「千歳~元気だった? 野菜は? 食物繊維は?」


「ぼちぼちだよ~! ほらホテル行こう!」


引きずるようにして、ピコリーナホテルステラへ。



ホテルステラ・ロビー


「おおお……す、すごいロビーだな!」


「まぁ! 天井が宇宙……?」


父が天井を見上げ、母が足元の発光床を凝視する。


「いらっしゃいませ……この世とあの世のあわいにて、おくつろぎください……」


受付のレミットが、今日も通常営業の幽霊ボイス。隣には半透明の本物幽霊キリが頭を下げている。


「……あの世?」


「うっかり幽界と繋いでしまった。レミット、切り替えスイッチ!」


「了解……サナギモード、解除……」


レミットが小さくくるりと回転し、「人間モード」へ変化(見た目変わらない)。


そこに現れるショージ(巨人)


「将軍様、御局様、こちら荷物……」


片手で両親のトランク2つをヒョイと持ち上げ、天井に届きそうな巨体で奥へ。


「すごい筋肉……どこかの力士かしら?」


「さすが都会……いろんな人が働いてるんだな……」



社員全員、土下座!


エレベーター前には社員全員が整列。


「我らが将軍様! 御局様! ようこそおいでくださいました!!」


全員ズシャアッ!と土下座。


母「……え?」


父「え?」


「最近、水戸黄門が社内でブームなんだよ」


「……あ、あれか。副将軍のやつか」


「従って今日より、お二人は名誉将軍・御局様としてお迎えしまする!」


父母「え、えぇ……そんな……」


社員たちはマジで拝んでいた。



社員たちがずらりとロビーに整列し、将軍様・御局様を迎える準備が整ったそのとき。


館内に、ふいに荘厳な鐘の音が響き渡った。


――ゴォォォォォン……!


「おや、今の音は……?」


天井に広がる宇宙のような天蓋が、金色の星々と共にゆっくりと回転を始める。


その中心に、神々しい紋章が浮かび上がった。


「神界より、降臨す……!」


受付前に設置された無意味な台座に、突如として神光が炸裂する。


バァァァァアアアアアン!!


光の柱が天に伸び、風が巻き起こり、全社員が思わず顔を伏せるその中――


姿を現したのは、神界第一位の大女神・リィナ! まさかの再登場。


純白の羽衣をたなびかせ、頭上には七つの輪光、背には無限のステンドグラス。


足元には金色の蓮が咲き、天の階段を一段一段下りてくるように彼女は現れる。


「見よ……この光を。この神々しさを。そして、全人類が求めし高貴なる威厳を……!」


「リィナ出す必要性ある?」


「うわ、いつもの倍くらい光ってる気がするのです」


リィナは宙に浮いたまま、優雅に将軍様と御局様の前にひざまずく。


「尊き将軍様。慈しみ深き御局様。神界においてさえ、伝説のごときお二人の名は囁かれております」


「えっ……?」


「我が仕えるこのホテル――いえ、神の殿堂ピコリーナステラは、お二人を迎えるためにこそ存在するのじゃ!」


天井から金粉が舞い、どこからか聖歌隊の歌声(録音)が流れ始める。


社員全員「おおおおおおおお……!」


母「ねえ……今、神って言ったよね?」


父「……言ったな」


リィナは、まっすぐ母を見つめて言う。


「さあ……共に、至福のひとときを。天界にすら届く、最高のおもてなしを……!」


千歳(心の声):「演出長っ!!」


社員(心の声):「絶対に社長じゃない感がすごい!!」


そして次の瞬間――リィナはふわりと反転し、舞台袖に退場する女優のように、優雅に奥へ消えていった。


「神退場、確認しました」


受付のレミットが小声で報告。


「BGM切ります」


キリが天井のスピーカーを操作し、天界音楽がフェードアウト。


受付のレミットがぼそりとつぶやく。


その手には、**降臨時に押す専用の“女神ボタン”**が握られていた。


「演出用BGM……停止。金粉噴射……自動終了。台座、温度高め。次回は冷却強化を……」


母「えっ、今の演出だったの!?」


父「……でも、なんか本物感あったぞ……」


レミットはうっすら笑う。


「リィナは、“神っぽい演技力”だけは……無限なのです……」


そこへ――


「レミットさん、舞台設定切り忘れてます!」


サァァァァ……


横から、黒髪ロングの幽霊OL・キリが、

半透明状態でふわっと登場。


「ここの空間……さっきまで冥界に繋がってました……すみません、私、人と光が苦手で……」


「いや待って、今こっちが謝りたいんだけど!?(千歳)」


キリは申し訳なさそうにペコリと頭を下げ、手に持った“あの世の書類”をすっと片づける。


だがその直後――


「さっすがリィナ様、出るたび光の消費量が違うわよね~♡」


ビシッとヒールを鳴らして現れたのは、

スーツばっちり決まった営業広報の女――クロエ。


「将軍様~御局様~♡ ようこそおいでくださいました~♡ うちの会社、演出と宣伝にだけはガチなんですのよ♡」


「……なんか急に現代感きたな」


「そうね、女神からの落差がすごい……」


クロエはウィンクして、両親の前にビシッと名刺を差し出す。


「営業広報担当、クロエ・アマリリスでございます♡ お困りの際は“全部なんとかする係”にお申しつけくださいませ~♡」


キリ「……私は、お困りごとがあると消える係です……」


クロエ「そこは出ようよ!」


千歳(頭抱えながら):「もう情報過多すぎるでしょこれ……」


すると、バシュウゥッ!


スモークと共に現れたのは――黒スーツにネクタイ姿の魔王。


「我こそはピコリーナ・カンパニー社長――マ王一(まおう・はじめ)!」


「まおう……?」


「“まおう”と書いて“まおう”と読みます」


「それはそのままなんだな……」


「将軍様、御局様。社を代表して厚く歓迎申し上げる。我ら一同、忠義を尽くす所存!」


ズゥゥン……!


演技とは思えぬ迫力。さすが魔王。


「千歳、さっきの女神といい本物みたいだね」


「コスプレイヤーなの。うちの会社」



最上階・埴輪ロイヤルスイート


案内されたのは「ロイヤルスイート埴輪付き」。一泊500万円(社員は500円)。


「埴輪が……整列してる……!」


「ねぇ……一人、ウィンクしてない?」


「社員製だから動くんだよ。安心して」


「安心できない!!」



夜、父母の部屋にて


「千歳、良い会社に入ったのねぇ」


「将軍扱いはともかく……悪い気はしなかったな」


「社長さん、ちょっと魔王だったけど、あんたに優しかったねぇ」


「そ、そうだね(私だけど)」


「ちゃんとお礼言いなさいよ? 社長さんに」


「うん(言われたいよ毎日!)」


「それにしてもこんな立派な部屋に泊まれるのも千歳のおかげだ。親孝行してくれてありがとうな」


「いえいえ」


「温泉があったらなお良かった」


やっぱそうなるんだよなぁ。



こうして両親の来日初日は無事終えたかもしんない。


追記。リィナの女神演出費用を聞いて頭が痛くなった。

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