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第46話 月のウサギ

ピコリーナ本館・休憩室。


今日もソファに陣取る魔王と女神リィナ。


二人がテレビにかじりついていた。


「ついに民間人が月に降り立つ――月面基地計画、始動!」


ニュースキャスターが満面の笑みで叫ぶ。


「……ふむ。この世界では、月が存在するのじゃな」


「そうだな。余のいた世界では、八回くらい粉砕されていたからな」


リィナと魔王が、まるで天気の話のようにサラッと物騒なことを言い合っていた。


「月って……そんなに壊れるの!?」


千歳が思わず割り込む。


「破壊神がそこら辺の小石をポイっと投げて、こう……ポフンとな」


「ポフンじゃ済まないでしょ!? 惑星規模の災害だってば!」


「うむ、月の残骸が降ってきて世界が滅んだこともあったの」


「うっかりで滅んでる!!」


千歳はツッコミながらも、テレビに映る白く輝く月面を見つめる。


「……でも月ってロマンあるよね。一度行ってみたいな。子供の頃、うさぎが餅ついてるって本気で信じてたわ」


「では行ってみるか、月へ」


「気軽に言ってるけど、宇宙空間って空気ないのよ? 無重力だし、ペシャンコになるって!」


「神の加護があればそんな環境、無効じゃ」


「じゃあ一人で行ってみなよ」


「ペシャンコになったらどうするのじゃ!」


「だから神の加護があるって言ったでしょ!!!」


千歳の叫びが休憩室に響く。


「……では、準備するか。月面視察の装備を」


魔王が唐突にモップとバケツを持ち出し、バケツをかぶる。


「それ、宇宙服のつもり!?」


「宇宙は清掃から始まるのだ」


「始まらないよ!!」


「我も行くぞ。女神仕様の“月面用神器”を発注しておいたのじゃ」


「Amazon感覚で神器頼まないで!!」


千歳がツッコミに疲れてソファに倒れ込んだ、そのとき。


「ちょっと待つのじゃ魔王。あれを見よ!」


リィナがテレビ画面を指差す。月面映像に、ぽつんと小さな影。


「……ウサギ?」


「ウサギじゃな?」


「えっ、ウサギ!? あんなところに!?」


「ウサギが生きておる以上、神たる我らがペシャンコになる道理はない! よし、行くぞ千歳!」


「待って待って待って! ウサギが大丈夫だから私たちも大丈夫理論って何!?ていうか、あのウサギ、餅を……喉に詰まらせて苦しんでる!?」


「げほげほっ……誰か……水を……!」


「求人票ー!!」


千歳は咄嗟に、異次元求人票を天に放り投げた。


【職種:月面ウサギ 救助対象】

【条件:餅つきに失敗して喉を詰まらせている者】


――ぴゅんっ!


ふわりと光が降りて、白くふわふわな月のウサギが現れた。手には木槌、足元には餅の山。涙目でゲホゲホとむせている。


千歳は慌てて水を渡す。


「ありがとう……まさか本当に詰まっちゃうとは……やっぱチモシーか人参がいいですね」


「チモシーって何よ!?」


「草です。ウサギの胃腸にやさしい……」


「解説はいいってば!ていうか、なんで日本語しゃべれるの!?」


「求人票に“日本語できる方歓迎”って書いてあったので」


「そのへんの条件ちゃんとしてるんだ……ていうか、月って異次元扱いなの!?」


ウサギが申し訳なさそうに頭を下げる。


「でもすぐ帰らないと、かぐや姫様に怒られちゃいますんで。おいとま――」


「恩は恩で返せ、馬鹿者め」


どこからか、冷ややかで優美な声が降ってきた。


全員が顔を上げる。


天井が割れるように月光が射し、そこから――


「かぐや姫!?」


黒髪をなびかせた、着物姿の絶世の美女がふわりと舞い降りた。月の光に包まれたその姿は、まさに月の姫。


「地球の皆様。ご迷惑をおかけしました。私は月の監督者、かぐやでございます」


「まさか……本当にいたとは……!」


「竹から生まれたかぐや姫だよね!?」


「この世界ではそう伝えられておりますね」


魔王とリィナは小声でささやき合う。


「竹から生まれた? 植物ではないか?」


「姫ということは神より格下じゃな」


「いやいやいや! なんでそんなマウント取り合うの!?」


かぐや姫はウサギを見てうなずく。


「この者、助けていただき感謝します。よって、我らも恩を返しましょう。――そちらの千歳殿と申したか。何か望むものは?」


「え、えぇっ!? いや、私は別に――」


「……では、地球の食文化を学ばせてください。我が月の文化に、何か持ち帰れる知見を」


「え、ラーメン行く? 近くの屋台、うまいよ?」


「らーめん……? それは……どのような……」


――10分後。


ピコリーナ本館の近くの屋台「らぁめん亀八」。


湯気の立ち昇るどんぶりを前に、かぐや姫は一口すすった。


ずずっ……


「……」


その瞳が震える。


「これは……」


「どう?」


「……もはやこれは……天界の滋味……いや、罪……!」


「罪!?」


「この深い塩気……絶妙な油膜……とろけるチャーシュー……。こんなものを地上の民が気軽に食していたとは……!」


「すっごい語るじゃん」


かぐや姫の箸が止まらない。


「レンゲという神器、すばらしい。ずっと飲める……スープが無限……もう魂持っていかれてる!! 千歳殿、これを……月に輸入させていただきたい」


「えぇ!? 」


「頼みましたよ。千歳殿」


――こうして、かぐや姫は帰っていった。


てか、ウサギ連れて帰らないの?



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