ピコリーナ本館・休憩室。
今日もソファに陣取る魔王と女神リィナ。
二人がテレビにかじりついていた。
「ついに民間人が月に降り立つ――月面基地計画、始動!」
ニュースキャスターが満面の笑みで叫ぶ。
「……ふむ。この世界では、月が存在するのじゃな」
「そうだな。余のいた世界では、八回くらい粉砕されていたからな」
リィナと魔王が、まるで天気の話のようにサラッと物騒なことを言い合っていた。
「月って……そんなに壊れるの!?」
千歳が思わず割り込む。
「破壊神がそこら辺の小石をポイっと投げて、こう……ポフンとな」
「ポフンじゃ済まないでしょ!? 惑星規模の災害だってば!」
「うむ、月の残骸が降ってきて世界が滅んだこともあったの」
「うっかりで滅んでる!!」
千歳はツッコミながらも、テレビに映る白く輝く月面を見つめる。
「……でも月ってロマンあるよね。一度行ってみたいな。子供の頃、うさぎが餅ついてるって本気で信じてたわ」
「では行ってみるか、月へ」
「気軽に言ってるけど、宇宙空間って空気ないのよ? 無重力だし、ペシャンコになるって!」
「神の加護があればそんな環境、無効じゃ」
「じゃあ一人で行ってみなよ」
「ペシャンコになったらどうするのじゃ!」
「だから神の加護があるって言ったでしょ!!!」
千歳の叫びが休憩室に響く。
「……では、準備するか。月面視察の装備を」
魔王が唐突にモップとバケツを持ち出し、バケツをかぶる。
「それ、宇宙服のつもり!?」
「宇宙は清掃から始まるのだ」
「始まらないよ!!」
「我も行くぞ。女神仕様の“月面用神器”を発注しておいたのじゃ」
「Amazon感覚で神器頼まないで!!」
千歳がツッコミに疲れてソファに倒れ込んだ、そのとき。
「ちょっと待つのじゃ魔王。あれを見よ!」
リィナがテレビ画面を指差す。月面映像に、ぽつんと小さな影。
「……ウサギ?」
「ウサギじゃな?」
「えっ、ウサギ!? あんなところに!?」
「ウサギが生きておる以上、神たる我らがペシャンコになる道理はない! よし、行くぞ千歳!」
「待って待って待って! ウサギが大丈夫だから私たちも大丈夫理論って何!?ていうか、あのウサギ、餅を……喉に詰まらせて苦しんでる!?」
「げほげほっ……誰か……水を……!」
「求人票ー!!」
千歳は咄嗟に、異次元求人票を天に放り投げた。
【職種:月面ウサギ 救助対象】
【条件:餅つきに失敗して喉を詰まらせている者】
――ぴゅんっ!
ふわりと光が降りて、白くふわふわな月のウサギが現れた。手には木槌、足元には餅の山。涙目でゲホゲホとむせている。
千歳は慌てて水を渡す。
「ありがとう……まさか本当に詰まっちゃうとは……やっぱチモシーか人参がいいですね」
「チモシーって何よ!?」
「草です。ウサギの胃腸にやさしい……」
「解説はいいってば!ていうか、なんで日本語しゃべれるの!?」
「求人票に“日本語できる方歓迎”って書いてあったので」
「そのへんの条件ちゃんとしてるんだ……ていうか、月って異次元扱いなの!?」
ウサギが申し訳なさそうに頭を下げる。
「でもすぐ帰らないと、かぐや姫様に怒られちゃいますんで。おいとま――」
「恩は恩で返せ、馬鹿者め」
どこからか、冷ややかで優美な声が降ってきた。
全員が顔を上げる。
天井が割れるように月光が射し、そこから――
「かぐや姫!?」
黒髪をなびかせた、着物姿の絶世の美女がふわりと舞い降りた。月の光に包まれたその姿は、まさに月の姫。
「地球の皆様。ご迷惑をおかけしました。私は月の監督者、かぐやでございます」
「まさか……本当にいたとは……!」
「竹から生まれたかぐや姫だよね!?」
「この世界ではそう伝えられておりますね」
魔王とリィナは小声でささやき合う。
「竹から生まれた? 植物ではないか?」
「姫ということは神より格下じゃな」
「いやいやいや! なんでそんなマウント取り合うの!?」
かぐや姫はウサギを見てうなずく。
「この者、助けていただき感謝します。よって、我らも恩を返しましょう。――そちらの千歳殿と申したか。何か望むものは?」
「え、えぇっ!? いや、私は別に――」
「……では、地球の食文化を学ばせてください。我が月の文化に、何か持ち帰れる知見を」
「え、ラーメン行く? 近くの屋台、うまいよ?」
「らーめん……? それは……どのような……」
――10分後。
ピコリーナ本館の近くの屋台「らぁめん亀八」。
湯気の立ち昇るどんぶりを前に、かぐや姫は一口すすった。
ずずっ……
「……」
その瞳が震える。
「これは……」
「どう?」
「……もはやこれは……天界の滋味……いや、罪……!」
「罪!?」
「この深い塩気……絶妙な油膜……とろけるチャーシュー……。こんなものを地上の民が気軽に食していたとは……!」
「すっごい語るじゃん」
かぐや姫の箸が止まらない。
「レンゲという神器、すばらしい。ずっと飲める……スープが無限……もう魂持っていかれてる!! 千歳殿、これを……月に輸入させていただきたい」
「えぇ!? 」
「頼みましたよ。千歳殿」
――こうして、かぐや姫は帰っていった。
てか、ウサギ連れて帰らないの?