千歳は困っていた。
まさか月からやってきたウサギが、ピコリーナ・カンパニーで働くことになるとは……誰が予想できただろうか。
しかもこのウサギ、爆発的人気を誇っている。
いや、そりゃそうだ。立って喋るウサギなのだ。見た目は“月面系もっちりマスコット”。耳はぴこぴこ、目はうるうる、餅をつけばふわっふわ。
──見た瞬間にSNSでクロエが写真を投稿し、それが大バズり。
翌日には「ピコリーナの奇跡」として、なぜか信仰対象になりつつある。
ちなみに説明は「着ぐるみなんです」とごまかした。ふなっしー的なやつ。
身長30センチで誰が入ってるのかは永遠の謎である。いや、誰も入ってないけど。
でもうちは、夜中にフラダンスしながら刃物を振るう埴輪を売ってる会社だ。
立って喋るウサギがいても何もおかしくない。というか、むしろマトモな方である。
結果、喫茶部門では「月うさぎ餅セット」が連日完売。
跳ねながら接客する姿に、子どもは笑い、大人は泣いた(感動で)。
「……ウサギ効果、すげぇ……」
客の群れを遠目に眺めながら、千歳はぽつりと呟いた。
その隣で、何かを噛みしめるように震える影がひとつ。
「全部……ウサギに持っていかれた……!」
声の主は、埴輪職人のヨモツである。
「我が社のアイドル枠は……埴輪だったはずなのに……!」
「そんなの決めてないし……」
千歳は心の中でそっと否定した。言い争う気力はない。
──だが、本題はそこじゃない。
問題は、月側からの要求である。
「……ラーメン、どうやって送ればいいの……」
ことの発端は、月に住むかぐや姫からのメッセージだった。
『ウサギを置いていくから、そっちはラーメンを送ってください』
なんていうか、ざっくりすぎる。交渉とは。
ウサギが来たのは事実だし、こちらとしても無視はできない。
でも宇宙にラーメンを送る手段なんて、こっちにあるわけ──
「これはもう、買収しかないのです!」
唐突に現れたのは、総務部のぶりっ子担当・佳苗。笑顔は天使、やることは割と悪魔。
「買収って……どこを?」
「ラーメン屋さんですぅ! ピコリーナ直営のラーメン工場を建てて、そこから宇宙輸送網を築くのです! 名づけて『月麺計画』なのです!」
「壮大すぎるわ!」
「だってぇ~? もし宇宙でラーメンが流行ったら、ニュースで特集組まれて、私がテレビでインタビューされちゃったりして~?」
ちゃっかりカメラ目線の練習まで始める佳苗。
あかん、これは社長バレコースだ。
「ダメダメダメ! 地上波禁止! 絶対に!」
千歳は慌てて叫ぶ。今朝も母親から「最近テレビであなたの会社が映ってたとか聞いたんだけど!?」と怒られかけたばかりである。
──その時だった。
「聞こえたぞ、千歳よ」
ピカーッと神々しい光が降り注ぎ、そこに現れたのは女神・リィナ。
「汝、今ラーメンを宇宙に通す術を探しておるな?」
「ちょ、タイミングが完璧すぎる!」
「この件、我も興味がある。かつて神界でも“異世界ラーメン”が大流行しておったのだ」
いや、神界の食文化どうなってんの。
「ゆえに──我は、ラーメン神を召喚できる!」
「そんな神いるの!?」
「名はラーメンマン!」
「却下だよ! なんかもう色々引っかかる!」
もういい、これは最終手段だ。
「……異次元求人、出してみるか」
千歳は、異次元に向けて求人票をぽいっと送信した。
内容は『月でラーメンを作りたい方募集』。
──数時間後、応募数4000件。
「え、なんで!?」
応募者の肩書もバグっていた。
・銀河系覇王系ラーメン職人(スープ継ぎ足し1000年)
・透明度が物理法則を無視する錬金塩ラーメン師
・雷鳴一閃・豚骨流(チャーシューが帯電)
・宇宙の果ての孤島で700年煮込んでいた者
「異次元、カオスすぎる……」
さすがの千歳も頭を抱えた。
「これ、かぐや姫本人に来てもらって選んでもらった方が早いよね……?」
というわけで、ウサギを経由してかぐや姫を召喚。
結果──
「面接だけで……4000杯……食べろと申すのでございますか?」
「……やっぱ飽きますよね……三人目くらいで」
「しかも……ラーメンを送るって話ではなかったのでしょうか?」
「チッ、バレたか」
職人を送ってごまかそうとした千歳、無念。
するとリィナが思いついたように、
「千歳よ。ラーメンならショージが月まで配達できるぞ?」
「え、ショージって出前もできたの!?」
「無論じゃ」
最初から言えよッ!!
「……で、この4000人はどうするのじゃ?」
「うーん……月に送り込むか」
⸻
数日後、月面。
ピコリーナ製ラーメン屋台が無数に並び、宇宙服を着ていない職人たちがラーメンを煮ていた。
テレビ画面越しにその様子を眺めるリィナと魔王。
「本日、月面にて『ラーメン横丁』が発見されました! そこだけ、なぜか空気がある模様です! 現在、客はゼロです!」
「……世界中が困惑しておるな。お主のせいじゃよ」
「ていうか無重力でラーメンってどうやって作ってるの?」
「それを言ったら、ウサギの餅も浮くであろう?」
「……それもそうか」
ピコリーナ・カンパニーは、今日も宇宙を突き進むのであった?
追記。月の人口4.001人。だそうだ。