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第47話 月にラーメンを

千歳は困っていた。


まさか月からやってきたウサギが、ピコリーナ・カンパニーで働くことになるとは……誰が予想できただろうか。


しかもこのウサギ、爆発的人気を誇っている。


いや、そりゃそうだ。立って喋るウサギなのだ。見た目は“月面系もっちりマスコット”。耳はぴこぴこ、目はうるうる、餅をつけばふわっふわ。


──見た瞬間にSNSでクロエが写真を投稿し、それが大バズり。 


翌日には「ピコリーナの奇跡」として、なぜか信仰対象になりつつある。


ちなみに説明は「着ぐるみなんです」とごまかした。ふなっしー的なやつ。


身長30センチで誰が入ってるのかは永遠の謎である。いや、誰も入ってないけど。


でもうちは、夜中にフラダンスしながら刃物を振るう埴輪を売ってる会社だ。


立って喋るウサギがいても何もおかしくない。というか、むしろマトモな方である。


結果、喫茶部門では「月うさぎ餅セット」が連日完売。 


跳ねながら接客する姿に、子どもは笑い、大人は泣いた(感動で)。


「……ウサギ効果、すげぇ……」


客の群れを遠目に眺めながら、千歳はぽつりと呟いた。


その隣で、何かを噛みしめるように震える影がひとつ。


「全部……ウサギに持っていかれた……!」


声の主は、埴輪職人のヨモツである。


「我が社のアイドル枠は……埴輪だったはずなのに……!」


「そんなの決めてないし……」


千歳は心の中でそっと否定した。言い争う気力はない。


──だが、本題はそこじゃない。


問題は、月側からの要求である。


「……ラーメン、どうやって送ればいいの……」


ことの発端は、月に住むかぐや姫からのメッセージだった。


『ウサギを置いていくから、そっちはラーメンを送ってください』


なんていうか、ざっくりすぎる。交渉とは。


ウサギが来たのは事実だし、こちらとしても無視はできない。


でも宇宙にラーメンを送る手段なんて、こっちにあるわけ──


「これはもう、買収しかないのです!」


唐突に現れたのは、総務部のぶりっ子担当・佳苗。笑顔は天使、やることは割と悪魔。


「買収って……どこを?」


「ラーメン屋さんですぅ! ピコリーナ直営のラーメン工場を建てて、そこから宇宙輸送網を築くのです! 名づけて『月麺計画』なのです!」


「壮大すぎるわ!」


「だってぇ~? もし宇宙でラーメンが流行ったら、ニュースで特集組まれて、私がテレビでインタビューされちゃったりして~?」


ちゃっかりカメラ目線の練習まで始める佳苗。


あかん、これは社長バレコースだ。


「ダメダメダメ! 地上波禁止! 絶対に!」


千歳は慌てて叫ぶ。今朝も母親から「最近テレビであなたの会社が映ってたとか聞いたんだけど!?」と怒られかけたばかりである。


──その時だった。


「聞こえたぞ、千歳よ」


ピカーッと神々しい光が降り注ぎ、そこに現れたのは女神・リィナ。


「汝、今ラーメンを宇宙に通す術を探しておるな?」


「ちょ、タイミングが完璧すぎる!」


「この件、我も興味がある。かつて神界でも“異世界ラーメン”が大流行しておったのだ」


いや、神界の食文化どうなってんの。


「ゆえに──我は、ラーメン神を召喚できる!」


「そんな神いるの!?」


「名はラーメンマン!」


「却下だよ! なんかもう色々引っかかる!」


もういい、これは最終手段だ。


「……異次元求人、出してみるか」


千歳は、異次元に向けて求人票をぽいっと送信した。


内容は『月でラーメンを作りたい方募集』。


──数時間後、応募数4000件。


「え、なんで!?」


応募者の肩書もバグっていた。


・銀河系覇王系ラーメン職人(スープ継ぎ足し1000年)

・透明度が物理法則を無視する錬金塩ラーメン師

・雷鳴一閃・豚骨流(チャーシューが帯電)

・宇宙の果ての孤島で700年煮込んでいた者


「異次元、カオスすぎる……」


さすがの千歳も頭を抱えた。


「これ、かぐや姫本人に来てもらって選んでもらった方が早いよね……?」


というわけで、ウサギを経由してかぐや姫を召喚。


結果──


「面接だけで……4000杯……食べろと申すのでございますか?」


「……やっぱ飽きますよね……三人目くらいで」


「しかも……ラーメンを送るって話ではなかったのでしょうか?」


「チッ、バレたか」


職人を送ってごまかそうとした千歳、無念。


するとリィナが思いついたように、


「千歳よ。ラーメンならショージが月まで配達できるぞ?」


「え、ショージって出前もできたの!?」


「無論じゃ」


最初から言えよッ!!


「……で、この4000人はどうするのじゃ?」


「うーん……月に送り込むか」



数日後、月面。


ピコリーナ製ラーメン屋台が無数に並び、宇宙服を着ていない職人たちがラーメンを煮ていた。


テレビ画面越しにその様子を眺めるリィナと魔王。


「本日、月面にて『ラーメン横丁』が発見されました! そこだけ、なぜか空気がある模様です! 現在、客はゼロです!」


「……世界中が困惑しておるな。お主のせいじゃよ」


「ていうか無重力でラーメンってどうやって作ってるの?」


「それを言ったら、ウサギの餅も浮くであろう?」


「……それもそうか」


ピコリーナ・カンパニーは、今日も宇宙を突き進むのであった?




追記。月の人口4.001人。だそうだ。

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