ソフォスアクシ公爵のもとに、隣国の法律家から1通の手紙が届いた。
内容は、ドンネステ博士夫妻が移動魔導具の事故で命を落としたという知らせだった。
加えて、博士の遺言書の写しが同封されていた。
「サンディ・ドンネステの後見を、公爵に託す」
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公爵はまず、補佐に調査を命じた。報告によれば、夫妻はサンディが学校行事で不在の間、観光地で事故に遭ったという。
――断崖の絶景が広がる場所だと聞く。きっと、最期まで幸せな時間を過ごしたのだろう。
親友夫妻の死を悼みながら、公爵は4年かけて練った計画を思い出した。
「博士、あなたの想いは、私が引き継ごう」
すぐに日程を調整し、サンディを迎える手配に入った。
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出迎えの場に現れたサンディは、 絵図の少年そのままに、大人びた姿だった。
「博士夫妻は立派な方だった。心から哀悼の意を表する」
「ありがとうございます。父は、母を失うことを一番恐れていました。だから……ふたりが共に旅立てたことは、せめてもの救いです」
声を震わせながらも礼を失わないその少年を、公爵は静かに抱きしめた。慰めるつもりが、自身の哀しみも重ねていた。
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数週間後。サンディは公爵家に引き取られ、マクシムの側近としての教育が始まった。
革の眼帯と木製の義眼はサンディにとってお守りのような存在だった。
装着するたびに、厳しい教えと優しい愛情が蘇る。
夜、復習の手を止めたサンディは、父の言葉を思い出す。
「人を守る者は、自分の力を知り、正しく使え」
サンディは鏡を見る。父の作った義眼を覆う母お手製の眼帯を見つめた。
「父さん、母さん……僕はこの力を、無駄にしない」
その目の奥には、封じられた対の目の力が静かに成長し続けていた。
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精霊眼。
過去の魔力痕跡を視覚化する希少な魔法能力。
具体的には「過去視」などができる。応用して「幻惑」などもできる。
精霊眼の能力は個体差が大きく、派生能力を含めた総合力は「対の目」と呼ばれる相棒によって左右される。
対の目は精霊眼の力を補完・安定させ、視野や精度を飛躍的に引き上げる。
しかし、精霊眼と対の目は、個人の魔力の波長で繋がっている。
力を奪い取られた場合、その簒奪者と対の目は繋がらない。
つまり、対の目は奪われた精霊眼には反応しない。
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これらの複雑な仕組みを、サンディは深く理解していた。
サンディが側仕えとして仕えるマクシムもまた、若き魔術研究者である。主従というよりは、互いを高め合う研究仲間だった。
ふたりのやり取りは、かつて公爵と博士が交わした議論を彷彿とさせた。
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マクシムに仕えて3年後。
サンディは右目の奥に、言葉にできない温かさを感じた。
高揚感。懐かしさ。運命めいた予感。
――失われた何かが近くに留まっている。
そんな昂ぶる思いに突き動かされたサンディは、「何か」の方に向かった。
そっと眼帯に触れる。義眼の魔導具を慎重に操作する。
そして、御者控え室の扉の前に立った。
そこから、サンディとノンナの人生を大きく変える物語が始まろうとしていた。