リリアーヌは、恥辱に胸がふさがる思いだった。
家族の罪に目を背け、ただ恩恵だけを受けていた。
ノンナを見下し、傷つけ、それを「楽しい」とさえ思っていた。
――あのとき、心から、笑っていたのだ。
いま思えば、吐き気がするほどだ。
――私……どうして、あんなことをして、何も感じなかったの?
姿勢を保とうとしたが、指先がわななき、握ろうとした拳に力が入らない。
喉が詰まり、小さな嗚咽が漏れそうになる。 ……「ふぇっ」と子どものような声がこぼれかけて、慌てて飲み込む。
――貴婦人らしく。せめて、形だけでも。
そう思って立ち続ける。
だが、心の奥ではもう、座り込んで泣いていた。
――私も、母上と同じ。
自分のことしか見えていなかった。ノンナが泣く顔を、ただ、面白がっていた。
膝が崩れそうだった。いま立っていられるのは、ただの惰性だ。
公爵の力強い閉会の辞が終わると、貴族たちは一斉に席を立ち、退出していった。
残された場に、重たい沈黙と緊張が淀む。
護衛がそっと彼女の横に立ち、低い声で言った。
「少々お待ちください」
柔らかい口調だったが、その意味は明白だった。
――逮捕されるのね、私。
考えようとすればするほど、脳が白く霞んでいく。
問いばかりが浮かび、答えはどこにもなかった。
視界が揺れ、息が浅くなる。
そのとき、ロルウンヌ子爵セオドアがマクシムとのやり取りを終え、こちらへと歩いてきた。
「リリアーヌ。お前も……この件に関わっていたのか?」
声に、かつての優しさはなかった。
セオドアはずっと、リリアーヌを可愛がり甘やかしてきた。
しかし、いま、セオドアは罪人と悟った者に厳しく問いかけていた。
リリアーヌはうつむき、唇を噛んだ。
喉が締まり、言葉が出ない。こんな感覚は、生まれて初めてだった。
「……はい……リリアーヌは……ノンナを……いじめてました。母上から……ノンナの力を、魔法で……分けてもらって……」
喉が焼けるように痛い。けれど、逃げるわけにはいかない。
彼女は顔を上げ、震える声で、最後まで言った。
「……あとで、全部話します。取り調べも、罰も……受けます。もし……もし、許されるなら……ノンナに……謝りたいんです……」
セオドアは、しばらく姪を見つめていた。
そして、静かにため息を吐く。
「そうか。ならば、そこに座っていなさい。お前の母と、私が話をする。……お前も、それを聞くべきだ」
***
リリアーヌは席に座り、震える手を膝の上に置いて、目の前の光景を見つめていた。
向かい合って座るのは、エリゼーヌとセオドア。
場に残っているのは、ノンナ、サンディ、公爵家の人々、虚ろなドナルド、そして沈黙に包まれた護衛たち。
エリゼーヌの瞳には、怒りと拒絶が燃えていた。
そこに、微かな怯えも混じっている。
彼女は優雅に首を傾け、震える唇でささやくように言った。
「兄上……どうか、アレの幻に惑わされないで。ノンナは私たちの名を貶める魔女です。災いの力を持つ、悪意に満ちたひねくれ者……」
それは、狂った言葉ではなかった。
信じきっている者の声だった。真剣に、心から、兄を説得しようとしていた。
「私たちの善意を、ねじまげ、罠に変える……アレは、そんな災いの力を持っているのですよ」
その声には、継子への憎悪と……見当違いな哀れみが滲んでいた。
セオドアは、何も答えなかった。ただ、その言葉を受け止めていた。
エリゼーヌの視線が、ノンナに向かう。
ノンナは、動かない。微笑みも怒りもない。
ただ、静かに、まっすぐに、継母を見返していた。
その視線に、リリアーヌの背筋がぞわりと冷たくなる。
――ああ、母上はまだ罪を認めていない。あの目……まだ勝とうとしている。あれは、
他人の力を、再配分魔法で根こそぎ奪ってきた者。
目の奥に、まだ渇きが見えた。諦めてなどいない。
リリアーヌは、胸の奥で何かが静かに崩れるのを感じた。
母に向けていた信頼。希望。願い。
そのすべてが粉々になった。
もう、二度と……元には戻らない。
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