ロルウンヌ子爵セオドアがマクシムに歩み寄った。
いつもの柔和な表情は影を潜め、その背筋には明らかな緊張が走っていた。
リリアーヌは、おじが何か重い決断を下そうとしていると直感した。
マクシムは少し離れた位置で、護衛と共にエリゼーヌを監視していた。
厳重な警戒を隠そうとしていない。
「マクシム・ソフォスアクシ卿、発言をお許しください」
セオドアの声は静かだが張り詰めていた。
本来は公爵嫡男よりも上位の身分。
それにもかかわらず、彼は明確に頭を下げていた。
「ロルウンヌ子爵閣下、どうぞ」
「この後の話は、身内として見るに堪えません。できれば、私から妹に問いただしたく存じます」
リリアーヌは、これまで聞いたことのないおじの重々しい声にぶるっと震えた。
マクシムは皮肉を滲ませた笑みを浮かべる。
「かばうおつもりですか?」
「いいえ」
セオドアは一瞬言葉を選び、視線を上げた。
「妹が重い罪を犯したのは事実です。当時の当主である父は他界しております。私は現当主として、責任を逃れるつもりはありません。その前に、せめて妹と向き合いたい」
マクシムはしばらく沈黙したのち、軽く眉を上げた。
「信じてあげないのですか? ご自分の妹ですよ」
セオドアはわずかに笑ったが、どこか虚ろだった。
「私は長年、世界中の品を見てきました。金銀財宝……新旧の魔道具。すべてにおいて見極めるべきは、魂の真贋です」
セオドアはエリゼーヌを一瞥し、マクシムの目を見据える。
「ノンナ嬢の力は本物です」
その一言が、リリアーヌの心に波紋を広げた。
――おじ上が……母上ではなく、ノンナを選んだ。
ずっと、心のどこかで分かっていた。 目を背けていただけだった。
映し出された記憶は……紛れもなく、本物だった。
ノンナの映し出す記憶は、偽物などではないと、リリアーヌにも分かった。
ソフォスアクシ公爵が一歩前に出た。騎士団長の風格をそのままに、威厳ある声を広間に響かせた。
「皆様。本日はご臨席いただき、感謝申し上げます。ここにお集まりの方々には、ノンナ嬢とその母君の名誉回復の証人となっていただきたく存じます」
声は穏やかだが、確固たる信念を含んでいた。
「ノンナ嬢は、亡きユリア・アウレスピリア嬢が
集まった貴族たちの表情は硬く、誰もがうなずいていた。
公爵の声が静かに広間を満たした。
「ユリア嬢は不当な陰謀の犠牲となりました。ノンナ嬢が明らかにした記憶は、それを裏付ける証しです」
声は穏やかだが、武人の断固たる気迫が響いていた。
「正式な裁きは後日行われます。しかし、本日示された事実を、皆様の記憶に刻んでいただきたい。正義は静かに、しかし確かに行われねばなりません」
一瞬の沈黙。
その場にいた誰もが、ゆっくりと、重くうなずいた。
公爵は誇り高く背筋を伸ばし、穏やかに言う。
「我々貴族には、真実を守り、次代へと責任をつなぐ義務があるのです」
その場にいる誰もが、再びうなずかざるを得なかった。
リリアーヌは立ち尽くしていた。
ノンナの名誉は回復された。母の罪は……暴かれた。多くの貴族がその暴露に立ち会った。
――そうしたら……私の居場所は?
部屋の空気が変わっていくのを、肌で感じた。
足元の現実が、静かに、でも確実に崩れていく。
……あまりにも鮮やかに、恥が迫ってくる。
――私、無邪気にノンナを虐めていた……。
今さらの後悔が、声にもならずリリアーヌの喉を塞いだ。