目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第2話 運命の再会

香織は実家に戻ると、両親に温かく迎えられた


「お帰り、香織」


母親は玄関で待っていた

白髪が増え、皺も深くなっていたが、優しい笑顔は昔のままだった


「ただいま、お母さん」


荷物を置いて居間に入ると、父親が新聞を読んでいた


「帰ってきたか」


父親は新聞から目を離さずに言った

でも、その声には安堵が滲んでいた


夕食の席で、両親は離婚のことには触れなかった

ただ、「ゆっくり休みなさい」とだけ言ってくれた

その優しさに、香織は涙が出そうになった


自室に戻ると、高校時代のままの部屋が待っていた

本棚には参考書が並び、机の上には写真立てが置かれていた

俊介と撮った写真・・・海をバックに、2人で笑っている


香織は写真を手に取った

あの頃は、永遠に一緒にいられると信じていた、でも・・・


翌朝、香織は早起きして散歩に出た・・・潮風が心地よい

防波堤まで歩くと、漁師たちが網を繕っていた


「香織ちゃんじゃないか」


顔見知りの漁師が声をかけてきた


「お久しぶりです、山田さん」


「東京から帰ってきたのか、都会の生活はどうだった?」


「まあ・・・それなりに」


香織は曖昧に答えた


母親の勧めもあり、香織は街の散策を続けた

高校への通学路を歩いてみた

桜並木の道は、今は緑の葉が茂っていた

春には美しい花のトンネルになる道

俊介と手をつないで歩いた道


高校の前を通り過ぎ、商店街へ向かった


途中、初めてデートした小さな映画館があった

今は閉館してしまっているが、建物はそのまま残っていた


そして図書館・・・赤レンガ造りの古い建物は、街のシンボル的存在だった

香織は懐かしさに引かれて中に入った


独特の本の匂い、静かな空気、そして柔らかい照明

すべてが記憶の中と同じだった


香織は2階の学習室へ向かった

ここで俊介とよく勉強した


向かい合って座り、時々顔を上げては微笑み合った


青春の甘い思い出


図書館の奥、文学のコーナーを歩いていると、見覚えのある後ろ姿があった


背の高い男性が、本棚の前で立ち読みをしている


まさか・・・


香織の心臓が高鳴った、足音を忍ばせて近づく


男性が手にしているのは、村上春樹の小説だった・・・俊介が好きだった作家


「俊介君?」


香織の声に、男性が振り返った

それは紛れもなく、高校時代の恋人、俊介だった


10年の歳月は彼を大人の男性に変えていたが、知的な眼差しは昔のままだった

黒縁の眼鏡、きちんとした身なり、そして少し疲れた表情


「香織・・・」


俊介の顔に驚きと、そして複雑な感情が浮かんだ

手にしていた本を棚に戻し、香織に向き直った


「まさか、ここで会うなんて」


「私も驚いた、いつ戻ってきたの?」


「三日前かな、仕事の関係で」


「仕事?」


「ああ、地方創生のプロジェクトでね・・・この街も対象地域になったんだ」


2人は図書館を出て、近くのカフェに入った


「ブルーマウンテン」という名前の、昔はなかったお洒落な店だった


「随分変わったな、この街も」


俊介が窓の外を見ながら言った


「新しい店も増えて」


「でも、基本は変わってないわ」


香織はカプチーノを注文した、俊介はエスプレッソ


「東京での生活は長いの?」


「大学からだから、もう17年か・・・香織も東京だったんだろう?」


「ええ。夫の仕事の関係で」


「夫・・・」


俊介の表情が少し曇った


「元夫、よ」


香織は訂正した


「離婚したの・・・それで実家に」


「そうか・・・」


沈黙が流れた・・・でも、それは気まずい沈黙ではなく、お互いの人生の重みを感じる沈黙だった


「君は?結婚は?」


香織が聞くと、俊介は首を横に振った


「仕事ばかりでね。気づいたら独りだった・・・付き合った人はいたけど、結局・・・」


俊介は言葉を濁した


「最後に付き合った人にも言われたよ・・・『あなたには他に好きな人がいるでしょう』って」


「それは・・・」


「否定できなかった」


俊介は香織の目を見つめた・・・その瞳には、10年前と同じ感情が宿っていた


2人は昔話に花を咲かせた

大学生活のこと、仕事のこと、そして東京での生活


でも、どこか上辺だけの会話だった

本当に聞きたいこと、言いたいことは、お互いに胸の奥にしまっていた


「香織、明日時間ある?」


別れ際、俊介が言った。


「え?」


「昔みたいに、海まで行かないか?」


香織の心臓が高鳴った

高校時代、2人でよく行った海


初めてキスをした場所

初めて愛を確かめ合った場所

そして、別れを決めた場所


「・・・うん」


香織は頷いた。理性では断るべきだと分かっていても、心が言うことを聞かなかった


その夜、香織は眠れなかった

俊介との再会が、心を激しく揺さぶっていた

枕元に置いた携帯を何度も見た


俊介からメッセージが来ていた


『明日、10時に駅前で待ってる、楽しみにしてる』


シンプルなメッセージ・・・でも、その奥にある感情が、香織には痛いほど分かった


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?