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第4話 三角関係

夕方、香織は「海猫」に向かった

港の近くにある古い居酒屋で、高校時代から営業している店だった


店に入ると、既に数人の同級生が集まっていた


「香織!」


「久しぶり!」


口々に挨拶され、香織は懐かしさに包まれた

修二が奥の座敷から出てきた


「来てくれたんだ」


「約束したでしょ」


修二の笑顔は、午後の出来事を忘れさせるほど温かかった


宴会が始まると、昔話に花が咲いた

誰が結婚した、誰が離婚した、誰が成功した・・・10年という時間は、それぞれに違う人生を歩ませていた


「そういえば、俊介も帰ってきてるらしいな」


誰かが言った


「ああ、仕事でだろ?相変わらずエリートだな」


「香織、会った?」


突然の質問に、香織は盃を持つ手が震えた


「ええ、偶然図書館で」


「へえ、どうだった?」


「別に・・・普通よ」


香織は努めて平静を装った

でも、修二の視線を感じた

彼は何か察しているようだった


宴会が進むにつれ、酒も回ってきた

香織も久しぶりに飲み過ぎていた


「なあ、香織」


修二が隣に座った。他の同級生たちは、カラオケで盛り上がっている


「今日、俊介と会ってたんだろう?」


香織は驚いて修二を見た


「どうして・・・」


「この街は狭いからな、誰かが海で見かけたらしい」


修二は苦笑した


「別に責めてる訳じゃない、昔の恋人と会うのは自然なことだ」


「修二君・・・」


「ただ、一つだけ言わせてくれ」


修二は香織の目を真っ直ぐ見つめた

酔いのせいか、その目は少し潤んでいた


「俺、ずっと香織のこと忘れられなかった」


「修二君、お酒が・・・」


「聞いてくれ」


修二は香織の手を握った


「高校の時から、ずっと好きだった・・・でも、香織は俊介と付き合ってて、俺は親友だったから、何も言えなかった」


修二の告白は続いた


「卒業して、香織が東京に行って、俺は地元に残った、結婚もした・・・でも、どこかで香織のことを考えてた」


「それは・・・」


「笑われるかもしれないけど、結婚してる間も、香織のことを思い出すことがあった・・・初恋って特別なんだな」


修二は自嘲的に笑った


「それで、離婚したあと、香織が帰ってきたって聞いて・・・運命かもしれないって思った」


「修二君、私は・・・」


「分かってる。俊介のことがまだ好きなんだろう?」


香織は答えられなかった


「でも、俺と付き合ってみないか?」


単刀直入な申し出に、香織は戸惑った


「俊介みたいに格好良くないし、東京で成功もしてない・・・でも、香織を大切にする自信はある」


「修二君・・・」


「すぐに答えなくていい・・・ゆっくり考えてくれ」


その時、店のドアが開いた


入ってきたのは俊介だった


「おお、俊介!」


同級生たちが歓声を上げた。


「久しぶりだな、みんな」


俊介は笑顔で応えたが、香織と修二を見て、表情が少し曇った


「隣、いいか?」


俊介は香織の反対側に座った


修二、香織、俊介


高校時代と同じ並びだった・・・でも、あの頃とは何もかもが違っていた


「乾杯しよう」


誰かが音頭を取った


「再会に!」


「乾杯!」


グラスがぶつかる音が響いた


香織は、両隣の男性の視線を感じながら、酒を飲んだ


宴会は続いたが、3人の間には微妙な空気が流れていた


俊介と修二は表面上は昔と同じように話していたが、どこかぎこちなかった


「そろそろ帰ろうか」


10時を過ぎて、香織が立ち上がった


「送るよ」


俊介と修二が同時に言った

二人は顔を見合わせた


「大丈夫。歩いて帰れるから」


香織は苦笑した


「でも・・・」


「本当に大丈夫」


香織は店を出た


後ろから足音が聞こえてきた

振り返ると、俊介が追いかけてきていた


「香織」


「どうしたの?」


「話がある」


俊介は香織の腕を掴んだ


「今じゃなきゃダメ?」


「ああ」


二人は港の方へ歩いた


係留された漁船が、穏やかに揺れている

街灯の明かりが水面に反射して、幻想的な雰囲気を作り出していた


「修二に告白されたんだろう?」


俊介が単刀直入に聞いた


「・・・ええ」


「それで?」


「まだ何も答えてない」


俊介は安堵の表情を見せた・・・そして、香織に向き直った


「香織、正直に言う」


月明かりの下、俊介の表情は真剣だった


「俺はまだ香織を愛してる。10年経っても、気持ちは変わらなかった」


「俊介君・・・」


「東京で何人かと付き合った・・・でも、誰といても香織のことを思い出した・・・香織の笑顔、香織の声、香織の温もり・・・」


俊介は香織の両手を握った


「もう一度やり直せないか?今度こそ、離さない」


香織の目に涙が浮かんだ


「でも、私たちは一度別れたのよ」


「それは若かったから、今は違う」


「本当に?また同じことの繰り返しにならない?」


「ならない!!!俺は変わった!!!君も変わった・・・だから今度は・・・」


俊介は香織を抱き寄せた

香織は抵抗しなかった

俊介の胸に顔を埋めて、その温もりを感じた。懐かしくて

心地よくて、そして苦しかった


「でも、修二君は・・・」


「修二の気持ちも知ってる、あいつは良い奴だ、香織を幸せにできるかもしれない」


俊介は香織を少し離して、その顔を見つめた


「でも、俺は諦めない!!!もう一度、逃したくない」


その時、別の足音が聞こえてきた


「やっぱりここにいたか」


修二だった・・・酔いは醒めているようで、真剣な表情をしていた。


「修二・・・」


「話は聞かせてもらった」


修二は俊介を見据えた


「お前はいつもそうだ・・・欲しいものは全部手に入れる」


「修二、そんなつもりは・・・」


「高校の時もそうだった、成績も、スポーツも、そして香織も」


修二の声には、長年の想いが込められていた


「でも、今回は違う!!!俺も戦う」


「修二君、やめて」


香織が2人の間に入った。


「私は物じゃない!!!取り合うものじゃない」


「分かってる。でも・・・」


修二は香織を見つめた。


「香織、俺を選んでくれ!!!俊介は一度君を捨てた!!!でも俺は違う!!!ずっとこの街で、君を待ってた」


「待ってたって・・・」


「ああ、おかしいだろう?結婚もしたのに・・・でも、心のどこかで、いつか香織が帰ってくると信じてた」


3人の間に、重い沈黙が流れた・・・波の音と、遠くの車の音だけが聞こえる


「今夜はもう遅い」


香織が口を開いた


「みんな、頭を冷やしましょう」


「香織・・・」


「お願い、今は1人にして」


香織は2人を残して、足早に立ち去った


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