「さて、あんたがこいつらのご主人様だね。これだけの奴隷を運んでいるとなると、奴隷商人かい?」
山賊の首領らしき女が俺に聞く。
そいつはずんぐりむっくりした体型をしていて、顔立ちは日本人の男そっくりだ。
こういう奴、学校の柔道部に一人はいたなあ。
「おや? あんたも……ガルド族か」
俺の顔を見た首領がそういう。
ガルド族?
ああ、ヴェルが言ってたな、南の方に俺そっくりの部族がいるって。
これか、なるほど日本人の男そっくりだ。これなら、女しかいないこの世界とはいえ、誰もが俺のことをガルド族(の女)だと思うだろう。
あくまで地球上の美的感覚でいうなら、の話だが、なんとも残念な部族だ。
「ああ、そうだ、俺もガルド族だ」
とりあえず、そう返事しておく。
「そうかい。このあたりでガルド族を見かけるのは珍しいね、あたしくらいしかいないと思ったけど」
同じ部族だと知って、少し馴(な)れ馴(な)れしい口調になる首領。
ジロジロ俺の耳を見て、
「子持ちか……ラスカスの聖石が二つともないな、若く見えるけど、あんた、結構年いってるんだね」
「まあね、よくいわれるよ」
「ちっ、ラスカスの聖石もない年増(としま)は、奴隷として売るにも値段がつかねえんだよな」
「そうだろう、だから俺だけでも逃してくれよ」
話を合わせておくのが得策だろう。
なにしろ……。
ちらり、と馬車の方に目をやる。
馬車のそばには五人の女の子――つまり、皇帝ミーシアと女騎士ヴェル、それに奴隷姉妹のキッサとシュシュ、そして夜伽(よとぎ)三十五番が後ろ手に縛られ、膝を地面についた状態で座らされていた。
ミーシアとヴェルは奴隷に扮(ふん)しているので、貴族階級の人間だとは思われていないはずだ。ミーシアは髪の毛がほこりまみれだし、ヴェルは折檻(せっかん)の跡に見えなくもない傷跡が顔や身体のあちこちにある。
どこからどう見ても、『主人に冷遇されている奴隷』としか思えない、はずだ。
皮肉にも、むしろ本物の奴隷であるはずの夜伽三十五番が、いちばん小(こ)綺(ぎ)麗(れい)にしている。
こいつらと遭遇した時、ヴェルは抵抗する気まんまんのようだったが、相手は武装した十五人と魔獣三頭。
こちらは法力を使い切ってる上に、マナの移転法の副作用で一切法術が使えないのだ。
普段通りの力が出せるならヴェル一人で一分もあれば片付くだろう。
だが、今はそうはいかない。
山賊たちは魔獣を連れているし、こいつらの中にはある程度戦闘法術を使える奴が何人かはいてもおかしくはない。
というか、戦闘法術が使えなけりゃ、こんな世界で山賊なんてやってられないだろう。
こっちは六人とはいえ、俺たちは今現在戦闘法術を使えないし、戦えば負けるのが目に見えていた。
だから、戦おうとするヴェルを止め、俺たちはこうして無抵抗に捕まっているわけだ。
山賊たちは、奴隷五人をこうして縛り上げ、その主人である俺に対して尋問を始める。
幸い、俺のことは縛らないでおいてくれた。
……俺ごとき、簡単に殺せると思っているのだろう。
奴隷として売ることもできない俺に、特に価値はないと判断したのかもしれない。
首領は俺に剣を突きつけて言った。
「でだ。あんた、なにか、あたしらの得になるような話、あるかい? あるなら聞こう、ないならあんたをここで殺しておさらばだ。奴隷どもはちょうだいしていくけどね」
俺は目の前の剣先を見る。
恐怖は感じない。
心は平静だ。
日本にいた頃にこんな目にあったら、その場にへたりこんで泣きながら命乞いしていたはずだけど。
いろいろなこと――特に、リューシアとの戦闘を経験したせいか、俺も肝が座ってきたようだ。
「そうだな――そこのハイラ族の二人――」
俺はキッサとシュシュを指して言う。
「帝都で買ったんだが、いい値段したんだ」
「で? そんなのは見りゃわかるさ、南へ連れて行けば高値がつくだろう、南方はハイラ族が珍しいからね。あんたがわざわざ南じゃなくて西へこいつらを運んでいる理由は知らんが」
「こいつらは商品じゃなくて、俺の玩具(おもちゃ)として買ったからな。あいつらの首輪見てみろ」
首領は目を細めてキッサたちの首輪を見る。
「……ずいぶん高そうな首輪させてるね……これは……拘束法術つきだね?」
「ああ、帝都で大枚はたいて法術をかけてもらったんだ。――俺が死ぬと、こいつらも死ぬ法術をね。俺から三十マルト離れても死ぬ」
よく言われることだが、嘘(うそ)をつくコツは、話の中に真実を混ぜ込むことだ。
首領がくいっと顎を動かすと、手下の一人が乱暴にキッサの髪の毛を掴(つか)んで顎をあげさせ、首輪を眺める。
「確かに、かなり強力な拘束法術がかけられてます」
手下の報告に首領は、
「金かけて趣味悪いことするね……待てよ、ということはお前を殺したらこいつらも死ぬってことかい?」
「まあ、そうなる」
首領は剣を下ろす。
「こいつら……南方地方に連れて行けば一人金貨五枚……いや七枚で売れる……その法術を解除するにはどうしたらいいんだい?」
「今教えたら俺が殺されるから教えない。二人合わせて金貨十四枚だ、俺を逃してくれると約束するなら教える。俺を殺せばゼロだ」
とにかく、今はいい考えが浮かばない。殺されたらなんにもならないので、とりあえず時間稼ぎをしておこう。
ちっ、と舌打ちをし、あからさまに不機嫌な顔をする首領。
剣を納めると、
「お前を殺しても石貨一枚にもなりゃしない、いいよ、こいつの術式を解いてとっととどっかにいきな。……そこの黒髪もいい値になるかもしれないし、帝都の騒乱さまさまだ」
ん?
黒髪、というのはミーシアのことだろうか?
「ロフル族の子供の奴隷なんて、価値がないはずよ!」
縛られたまま、ヴェルが大声をあげた。
「うるせえ、奴隷は黙ってな!」
手下の一人がヴェルの顔面に蹴りを入れる。
固い靴の裏で思い切り蹴られたヴェルの鼻から、つう、と血が一筋流れ落ちる。痛そうだな……。
ロフル族ってのは、つまり、ミーシアみたいな黒髪で黒い瞳の種族なんだろう。
皇帝であるミーシアがロフル族ってことは、おそらく、帝国の中枢を占める民族はそのロフル族なのかもしれない。
数が多ければ奴隷も多いってことだろうか?
この世界の奴隷というのは、種族や血筋でそうなるものではないらしい。
首領は、ぽたぽたと鼻血を地面に落とすヴェルをつまらなそうに眺めながら、
「お前らも帝都から逃げ出してきたんだろうから知ってるだろ? 帝都で反乱が起きたんだよ」と言う。
「それは知ってる、だから西に逃げてきたんだ」
俺がそう答えると、首領は驚くべきことを言った。
「宰相のエリン公とイアリー家の当主が、皇帝陛下をかどかわして退位させ、帝位を簒奪(さんだつ)しようとしたんだそうだ」
「はぁっ!?」
ヴェルが抗議の声をあげたが、またもや蹴りをくらっている。痛そう。
っていうか、なんだよ、俺たちの方が反逆者にさせられているのかよ。
「……騒ぎが起こったとは思っていたが、そんな話だったとは知らなかったな」
俺がそう言うと、首領は得意気に続ける。
「ははん、あたしらの情報網をなめてもらっちゃ困るよ。皇帝陛下とイアリー家の当主が個人的に仲が良い、ってのは帝国中が知ってることだが――」
へえ、そうなのか、有名人は交友関係も知られてるんだな、まあ有名人の交友関係の話題ってのはいつの時代、どこの国でも庶民の娯楽になるもんだ。
「――どうも、皇帝陛下とイアリー家の当主はそれだけじゃなくて、ねんごろな仲……わかるだろ? そういう関係だったらしい……それで今回の簒奪劇は、皇帝陛下と『つがい』になりたいイアリー家の当主と、帝位を簒奪したいエリン公が絵を書いたんだってよ。まあ、イアリー家は上級貴族だがマーキ族だから、皇帝の子どもは産めても皇帝に子どもを産ませることはできないからな。それに、皇帝陛下の気持ちだってわからんでもないさ、今の皇帝、実の母親と姉を暗殺されてるんだもんな、皇帝陛下も地位を投げ出したくなるってもんさ」
……暗殺。
それは、初めて聞いた。
ヴェルは顔面血まみれにして首領を睨(にら)みつけ、ミーシアは聞いていないかのように顔を伏せてピクリともしない。
首領は続ける。
「エリン公は魔王軍まで使って帝都を掌握しようとしたが、結局捕まって処刑されたそうだ。ただ、イアリー家の当主は皇帝を言葉巧みに騙(だま)して連れ去って、今は行方しれずらしい。おそらく皇帝陛下を奴隷かなにかに偽装させてイアリー家の領地に連れて帰るつもりだろうって話だ」
「ずいぶんと、詳しいな」
詳しすぎるだろこいつ。おかげでヘンナマリが今回の反乱にどう正当性をもたせているのかがわかったが。どっからそんな情報を得てるんだ、山賊のくせに。
「ふふん、ほら、あれをみてみな」
自慢気に首領が指差したのは、キッサたちと同じハイラ族なのだろう、白髪紅目の女だった。
馬並の大きさの、六本の脚を持つ犬の魔獣、フルヤコイラがそいつによりそっている。
それだけじゃない。
その足下に、何羽もの鳥が地面をついばんでいた。もちろんただの鳥ではない、大きさはそんなでもないが、俺たちを襲ったゾルンバードと同じように、くちばしに牙がはえている。おそらく、魔獣の一種だろう。
「伝書カルト……」
キッサが呟(つぶや)く。
「お、お前もハイラ族だから知ってるみたいだね。あの魔獣は一日で千カルマルトは飛び、かなりの重量の荷物も運べる。あいつが操れば大陸中の人間と自由に連絡がとれるんだ、あたしらの情報が早いのもこいつのおかげさね」
なるほど。
それで、帝都で反乱が起きたことを知り、帝都から逃げてくるであろう人々を襲おうとここで待ち伏せしてたってわけか。
しかし、まさか俺たちが逆賊にされているとはな。
「で、だ。皇帝不在の帝国政府としては、逆賊のエリン公も処刑したことだし、いったん皇帝陛下には帝都に戻っていただきたいそうだ。退位は認めるから、マゼグロンクリスタルを平和的に次の皇帝に渡して欲しいんだと。……で、西に向かうロフル族の子供の奴隷はね、皇帝陛下かもしれねえから、帝都に連れていって面通しするとそれだけで銀貨三枚、もし皇帝陛下だったら金貨千枚をくれるんだそうだ。……まさかとは思うが、お前、イアリー家の騎士じゃあ、ないよねえ? もしそうだったら人生最高の幸運ってやつだけどさ」
くっそ、こいつ、まじで幸運な奴らだ、いや、俺たちが不幸なのか?
まさかはいそうですというわけにもいくまい。
俺は努めて冷静に、
「イアリー家の騎士ってのは俺と同じガルド族なのか? 違うだろ?」と言う。
「ああ、違うさ。金髪のマーキ族だ。お前がイアリー家の当主なわけがねえ。だけど、騎士様も奴隷に変装してるってことも、あるよなあ? そして、部下を奴隷商人にしたてあげる――ありそうなことさ」
首領はヴェルの顔を見て目を眇(すが)めた。
マーキ族……ヴェルみたいな金髪碧眼(へきがん)の民族のことだろう。
そういえば、この世界や帝国の民族構成ってどうなってるんだろう。あとでキッサに訊(き)いてみよう、……この場を生き残れたら、の話だが。
首領は固太りした大きな身体を揺らして、
「皇帝陛下を誘拐したイアリー家の当主ってのが……十代後半のマーキ族。それに――」
今度は俺の顔を舐(な)めるように見る。
「――ガルド族に似た、従者を一人連れているそうだ……まさか、このロフル族の奴隷が皇帝陛下ってことは、ないよなあ?」