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44 罪とご褒美


「ダリュシイの魔石によって命ず、我が敵は汝(なんじ)が敵なり!」


 ハイラ族の手下が叫んだ。

 次の瞬間、


「ガフッ!」


 という唸(うな)り声(ごえ)とともに、三頭のフルヤコイラが俺の方を向く。

 体高二メートル、六本の足を持った犬の魔獣。

 鋭い牙をむき出しにして俺に敵意を向けている。

 この世界に来て初めて闘った相手がこいつだった。

 あの時は超びびったけど、今なら。


「あいつを殺せっ!」


 手下の声とともに、


「ガウッ」


 フルヤコイラたちは三頭同時に俺へと飛びかかってくる。

 俺は硬貨を握りこんだ右手に意識を集中させる。すると、ライムグリーンの光の剣はムチとなった。


「おらぁっ!」


 叫びながら腕を振ると、そのムチはフルヤコイラの身体をあっさりと捕らえる。

 光のムチが身体を透過した瞬間、


「ガフッ? ガフ、ガフウン」


 三頭のフルヤコイラはその場に倒れこみ、二度と動かなくなった。


「……は?」


 驚きの表情を浮かべるハイラ族の手下、今度はそいつにむかってムチを振るう。

 頭の中で、リューシアの最期の姿が思い浮かぶ。

 殺したくは、ねえなあ。

 でも、やらなきゃやられる。

 すまん、こんな世界、こんな時代に産まれてきた運命を呪ってくれ。

 ムチの先端が、ハイラ族の頭部をかすめる。


「ふはっ……」


 次の瞬間、そいつは大きな息を吐き出したかと思うと、その場にばったりと倒れた。


「……っ! てめえ!」


 首領が怒りの形相で俺に剣を向け、口の中でもごもごと何かを唱えた。

 と、首領の剣が炎で包まれる。

 他の手下も俺に向けて武器を構えた。


「エージ、矢がくるわよ!」


 ヴェルの声、なるほど二時方向から青白い光に包まれた矢が俺に向かって飛んでくる。


「うおぁぁぁ!」


 叫びながら右手をかざすと、さきほどまでムチだったライムグリーンの光が、今度は半径数十メートルはあろうかという扇形になる。山賊の集団すべてを覆うに十分な大きさだ。


「まとめてやってやるぜ!」


 仰ぐようにしてその扇を山賊たちへと振り下ろす。矢はあっさりと消失し、山賊たちの法術もすべて無効化されて雲散霧消した。

 リューシアや飛竜に比べると、この山賊たちの力なんて子供同然だ。


「な……んだ、これ……」


 首領は、そう呟(つぶや)いた直後、ライムグリーンの光で包まれた。

 光の扇が消え去ると、あとに残ったのは地面に倒れる十五の身体と、静寂だけだった。

 一分もかからなかった。

 まさに瞬殺。

 我ながら自分の力に驚く。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 肩で息をする。

 木々が生い茂る山中の街道。

 馬車に繋(つな)がれた馬が、ヒヒン、といななく。

 遠くで魔獣のものではない鳥の鳴き声が聞こえる。

 たった今、ここで殺し合いがあったとは思えないほどの長(のど)閑(か)さだ。

 まあ、目の前には人がごろごろと転がっているんだけど。

 敵だけじゃなくて味方までもが地面に転がって悶絶(もんぜつ)してるんだけど。


「うううううあのあのあのあのおわおわおわったらぜぜぜぜひひひひおねねねがいひます、ふひぃふひぃ……」


 夜伽(よとぎ)三十五番が、もう我慢できない、といった声をあげた。

 あ、そうだ、こいつらは今副作用で苦しんでいるんだった。

 シュシュを除く四人は、粘膜直接接触法の禁断症状に襲われている上、俺から思い切り蹴飛ばされたのだ。

 彼女たちはカタカタと身体を震わせながら地面をのたうち回っている。

 もちろんヴェルもそうなのだが、この状態でもきちんと矢が飛んでくるのを把握して俺に教えてくれたのはさすがヴェル、としか言いようがない。

 うーん、とりあえず、一応、序列ってもんがあるから、地位の順でいくか。

 ……すまん、夜伽三十五番、お前は一番最後だ……。

 とりあえずミーシア、ヴェル、キッサ、三十五番の順序で、縛られたままの彼女たちを抱きあげ、口づけをしていく。

 ちなみにヴェルにキスをしたあと、彼女には頭突きをくらった。 

 まあ自業自得だから、仕方がない。鼻の奥がジンジンするぜ。



「これは……すごいことかも、しれません……」


 俺との粘膜接触で禁断症状が収まったキッサは、冷静さを取り戻した声でいった。縛られていた手首が痛いのだろうか、そこを撫(な)でさすっている。


「あのリューシアですら、他人の命ごとマナや法力を吸い取っていました。リューシアの法力を補充できるほど体内にマナを蓄えられる人間は、そうは多くないはずなのです。でも、エージ様は粘膜直接接触法によって他人から法力を受け取ることができ、その上副作用も出ない……。そしてこれだけの戦闘力がある……。この世界の戦争のあり方を根本的に変えるほどです……」

「そうなのか?」

「はい。例えば、一人で飛竜を倒してしまうほどの力をもった騎士様ですら、一人だけの力では戦争に勝てません。なぜなら数千、数万の兵が動く戦争ともなると、かならず双方に法術障壁を展開できる術士がいるからです。騎士様ほどの力があれば、敵方に強力な法術障壁を生成する術士がいたとしても、その障壁を破壊することは可能でしょう。ですが、その時点で騎士様はマナのほとんどを使い果たしている可能性も高い、となると、個人の力だけでは大勢がぶつかりあう戦闘をすべてコントロールすることは難しい……でも」

「そうね」


 ヴェルがキッサの言葉をひきつぐ。


「キッサの言うとおりよ、誇張やうぬぼれ抜きで、確かにあたしは帝国内でも有数の戦闘能力を持っている。でも、体内に蓄えたマナには限界があるわ、それはエージ、あんたも知ってるわよね。あたしの力をいつどこでどのタイミングで使うのか、それが戦闘のキモみたいなところはある。リューシアとの闘いみたいにほとんど個人対個人ならともかく、多数がぶつかり合う戦争ともなると特にね。まさか戦闘中にパルピオンテ移転法みたいな、二時間もかかる方法で他人からマナを受け取る暇なんかないし」


 ヴェルは、自分の鼻血を布で拭き取りながら続ける。


「リューシアの奴は奴隷からマナを補充してたけど、そのための奴隷を戦闘のたびに用意するのは大変だったはずよ。補充するたびに殺しちゃうことになるしね。でも、あんたはそのマナの補充を人的消耗なしで、しかも粘膜直接接触法で瞬時に行うことができるってことになると……。そこの夜伽奴隷みたいなのを十人から二十人、どうにか確保すれば、あとは戦闘中ずっと最大出力の法術を使い続けることができる、あんた一人で戦争を遂行できるってことになるわね」

「いいえ、それどころでは、ありません……」


 今度はミーシアが、まだ痛いのだろう、お腹(なか)を抑えながら小さな声で言う。


「タナカ・エージ、あなたは国家の秘宝、マゼグロンクリスタルの力を制御できることを見事に示してくれました。宮廷法術士が大掛かりな準備とともに数人がかりでやっと制御できる力、正直、私は成功の確率は一割、いえ、一分もないと思っていたのですが……」


 え、そうなのか。

 うん、まあそうかもしれない、なにしろ国家の秘宝というくらいだ。

 ミーシアにしてみれば、どんなに成功確率が低くても、親友の命を助けるためだったのだ、それに賭けるしかなかったのだろう。


「さすがにタナカ・エージ、あなたの力でもマゼグロンクリスタルの力を使用したあとには意識を失ってしまいましたが、でも、どうでしょう、今の話を総合すると、戦闘の最も重要な場面で、私があなたのそばにいて、マゼグロンクリスタルの力を解放すれば……」


 クリスタルの法力増幅を、戦闘法術に使ったらどうなるのか。

 俺なら大掛かりな準備も、時間がかかる移転法も必要ない。

 ただ単に、誰かからマナを受け取り、さらにミーシアとキスすればそれでいい。

 ただし。


「それやると、元気なのは俺だけで、俺の周りの人間はみんな副作用に苦しむことになるな……」


 俺がそう言うと、ヴェルが答える。


「ま、死ぬよかましでしょ、……いや、死んだほうがましレベルでつらいけど、ほんとに死んじゃうわけじゃないし。ヘタすると、敵味方だれも死なない……」

「いやいや、だれも死なないってことはないだろ……」

「いえ、見なさい、ほら」


 ヴェルが、地面を指さす。

 そこには、山賊の首領の、死体。

 死体?


「う……うう……」


 死体がうめいた、いやそんなわけがない、つまりこいつはまだ死んでいないのだ。


「だけど、俺の法術は精神を破壊するからこいつはもう……駄目だろ?」

「いえ、前にも言ったけど、知り合いに攻撃的精神感応の持ち主がいるのよ、あんたと同じね。あんたが元いた、ええと、ニホン? とかいう国では、ジュードーとかいうんだっけ」

「ちが……」


 違うといいかけてやめた、そうだ、そういうことにしてたんだった、忘れてた。


「ああ、ジュードーには似た技がある」


 と言い直しておく。


「うん、そいつはね、あんたほどの力はないけど。でも、魔獣程度ならそれで殺せていたわ。より高度な知性と精神を持つ人間相手だと、むしろ殺すまでいかなかった、気絶させるとか一時的に記憶喪失にさせるとかそんな感じ。あんたとキッサが闘ったとき、昏倒(こんとう)させてたでしょ。あ、同じだ、ってピンときたのよね」


 いやあれはたまたま偶然にふりまわしたカバンがあたっただけ……なのだが、まあ、それもそういうことにしておこう。


「でね、エージ、たぶん、あんたもそろそろこの力のコントロールが効くようになってきたと思うんだけど……」


 首領の頭を、ヴェルがコツン、と蹴る。


「うぐ……うう……あ!?」


 日本人男性にそっくりな顔をしたガルド族の首領が、目を開けて飛び起きた。


「な、な……? いったい、なにが……?」


 首領は呆(ぼう)然(ぜん)として、きょとんと俺の顔を見る。


「ほらね。見ててわかったけど、リューシアの時に比べると、あんた随分手加減してたようだから。まあ、いずれにしてもお手柄ってことにしとこうかな、こいつらからはまだまだ情報を引き出したいしね」


 そして、俺をジロリと見て、


「あと、お仕置きもね。あたしはともかく、ミーシアにあんなことして……。ミーシアは身体を鍛えてるわけでもない普通の女の子なんだから、もしも大怪我(おおけが)してたらどうすんのよ、状況的に仕方がなかったかもしれないけど、それでもさ……」


 そうだった、俺は十二歳の女の子のお腹に、ガチな回し蹴りを入れてしまったのだ。

 俺はミーシアに向かって膝を揃(そろ)えて座る。

 ミーシアが皇帝陛下だとかそんなことは関係なしに、俺は男として許されない行為をしてしまったのだ。


「陛下、さきほどは本当に申し訳ございません! どんな罰でもお受けいたします!」


 本心からの謝罪の言葉とともに、土下座する俺。

 額を地面にこすりつける。

 十二歳の女の子をガチで蹴ったんだもんなあ。

 まだスネにミーシアのやわらかいおなかの感触が残っている。


「――死ぬかと思いました……」


 ミーシアの声。


「すみませんっ」

「あんな強く蹴っ飛ばされたのは生まれて初めてです……。ヴェルはいつも手加減してましたし」

「ごめんなさいっ! お身体大丈夫ですか?」

「まだズキズキします。第五等程度の臣下にお腹を蹴られるなんて……」

「申し訳ございません!」

「私なんて身体が小さいから、軽くふっとばされましたし……痛くて苦しくて惨めに地面にころがることしかできませんでした」

「申し訳っ……」

「ふ、ふふふ……惨めに……蹴飛ばされて痛がって踏み潰された虫けらみたいみたいにこんな汚い地面でのたうちまわってもうほんと、なんにも考えられなくてああ私はゴミみたいな存在だなあとか思ったら、ふ、ふふふ、ふふふふ、くすくすくす……すごく、なんか、こう、すごく……ふふふふ」

「……………………」


 うん、なにかこのドMロリ女帝陛下に対してコメントするのはやめておこう。

 別にだからといって、俺が守るべき女の子を蹴ったのが許されるわけじゃない。


「痛くてつらくて苦しくて、とても、いい感じでした……」


 などと意味の分からない供述をする十二歳皇帝陛下の頭を、親友でもある臣下の騎士、ヴェルがパカーンと平手ではたいた。


「あんたなにいっちゃってんの……。喜んでどうすんのよ、怒りなさいよ!」

「え、でもエージが私に敵意をもってこんなことするわけないし、信頼している相手に痛めつけられるのって、……いいよね?」

「いくないわよっ! ……ま、こいつが敵意をもってないのは確かだろうけど。さっきだって一人だけ逃げようと思えばできただろうし。でもね、ミーシアと、あと私に蹴りをいれやがったんだから。こんな奴、こうしてやるのが一番よ!」


 そういってヴェルが土下座している俺の後頭部をグリグリと踏みつける。

 ま、女の子を蹴飛ばしてこのくらいですむならいいか。


「ミーシアも思い切り踏み潰してやりなさい。不躾(ぶしつけ)な行いをした臣下には、ちゃんと罰を与えないと示しがつかないわ」

「え? こう?」


 ロリ女帝の小さな足が、こわごわと俺の後頭部を踏む。

 んでもって、むしろ足でマッサージしてくれてるのかと思うような優しい力で、クニクニと踏みにじられた。

 ……あっ!

 なるほどぉっ!

 十二歳のか弱い少女に頭を踏まれてる……。

 なるほど、なるほど、なるほどぉ!

 いいっ! いいよ、これっ!

 ありがとうございますっ! ありがとうございますぅっ!


「あれ……っ? いつもこういうの、やられる方がいいのに、やってみると悪くないなあ」


 などと呟く、少女帝。

 うんうん、SはMになれないけど、Mの人はSにもなれるからね!

 ああ、俺も結構、こういうの、好きかもしれない……。

 女の子に踏まれるなんて、うん、罰どころかご褒美だぁ……。

 さて。

 ご褒美タイムも終わったところで、まだやらなきゃいけないことがある。

 山賊から全国から集めたという情報を引き出せるだけ引き出さなきゃな。

 そして、伝書カルト。

 通信手段を手に入れたのだ、次は、情報戦だ。



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